第29話 お茶会

 夜。

 アッシュはパチッと目を覚ました。

 自分の部屋で、辺りはまだ真っ暗。

 目覚めが良いせいか、すぐ寝付けそうにはなかった。


 喉が渇いてしまった。

 トコトコと1階へ下りていく。


「誰かいる……」


 居間から小さな明かりが見えた。

 こんな遅い時間に一体誰なのか。


 幽霊かも。

 恐る恐る顔を出すと、


「あら、アッシュ」


 プラスだった。

 先客のプラスが椅子に腰を掛け、テーブルでお茶を飲んでいた。


 アッシュは胸をそっと撫でおろす。


「どうかした?」

「眠れなくてさ」

「フフッ、わたしも」

 

 向かい側の椅子に腰をかける。


 2人は無言でお茶を飲んでいたが、


「はあ、色々あったわね」

「どうしたのさ」


 プラスは湯呑を見ている。


「ううん。ちょっと色々思い出していたのよ」


 これまでのことをお話しした。


 思えばプラスに拾われてから色々なことがあった。

 それは記憶がないことを忘れるほど忙しい日々だった。

 何度か死にそうにもなったが、その分楽しいこともたくさんあった。


「もしプラスがAランクになったらさ」

「ん?」

「もうオレは必要ないのかなって」


 以前、プラスからAランクになれと言われていた。

 もうすぐプラスがそのAランクになるため、自分の存在意義がなくなってしまう。

 ここを出て行かなければいけないのか。

 アッシュは不安だった。


 そんなことを知りもしないプラス。

 キョトンとして言う。


「何を言っているのかしら? あなたもなるのよ、アッシュ」

「えっ?」

「あなたも支部長になればギルドが拡大するわ」


 プラスは熱弁した。

 自分が支部長になっても、所詮一つの教区しか支配できない。

 それではハンター不足の問題は解決しない。

 そこでアッシュにも支部長になってもらい、別の教区でもギルドを作ってほしい。


「いずれ中央教区もわたしのモノにするわ! だから協力しなさい!」


 良い意味でどこかの老人と近い。

 プラスの野望は巨大であった。


「それにね」


 優しく微笑んだ。


「あなたはもう大事な家族よ」

「家族……」

「そう、家族よ。わたしの!」


 なぜか胸を張って威張りだす。


「だからずっとここにいてね」


 突然、アッシュが顔を下に向けた。 


「どうしたの?」

「な、なんでもないさ」


 その声は震えている。

 急に涙がこみ上げてしまい、見られないようとっさに隠した。


 こういうのに弱いことは知らなかった。

 自分を拾ってくれたのがプラスでよかったと心の底から思っていた。

 

 アッシュの身体が少し震えている。

 プラスはそのままにしてあげた。

 そういうことにも気づけるようになった。

 少しは親の代わりになってあげられているようで、やはり誇らしくなる。


 落ち着いたのか、アッシュが口を開く。


「イーナス」

「ん?」

「オレの名前、イーナスって言うらしい」

「イーナス?」


 ザイコールからそう呼ばれていた。


「へえ~、それがあなたの本当の名前なのね」

「全くピンと来ないけど」

「ちょっと残念」

「残念? なにがさ?」

「なんでもないわ。こっちの話」


 兄ではないかも。

 そう思うプラス。


 だが、そんなことはとっくに分かっていた。

 顔はよく似ているが雰囲気や話し方が全然違う。

 アッシュはアッシュだ。

 そちらの方が良い。


「これからはオレのこと……」

「いいえ! あなたはこれからも『アッシュ』よ!」


 即答した。

 プラスは自分が与えた名前を気に入っている。

 それはアッシュも同じで、これからもそう呼んでほしいと思っていた。


「これからもよろしくね、アッシュ!」

「こちらこそ、プラス」


 2人は笑顔になる。

 まるで仲の良い姉弟みたいだ。

 

 ずっと笑顔だった。


 しかし、それは突然、恐怖に変わる。


「──お2人とも、こんな夜遅くに何をなさっているのですか?」


 嫌な視線。

 メイドのステラが覗いていた。


「ス、ステラ……」


 ろうそくの明かりで、顔だけを不気味に照らしている。


「もうとっくにおやすみの時間です。プラス様もですよ」

 

 夜更かしは大きくなれない。

 たとえ家主だろうと許されない。


「いくわよアッシュ!」

「わかったさ」


 寝室まで駆け上がった。







 ──一方その頃、ここは第四教区。

 街の中心からは少し離れ、人が寄り付かないさびれた所。


 一軒の家がポツンと、不自然に建っていた。

 夜遅くにまだ明かりが灯っている。


「茶だ」


 グレン=レオストレイト。

 テーブルにお茶を置いた。


「気が利くな、グレン」


 ザーク=ザイコール。

 それを有難く受け取る。


 ここは第四教区にあるザイコールの隠れ家で、2人はそこに身を隠している。

 戦いで負った傷の手当のために少し遅れてしまった。

 ようやく到着して、ゆったり腰を下ろしている所だ。


「やはりお主の入れる茶は上手い」

「世辞はいい」


 全身に包帯を巻いて顔が見えないザイコール。

 お茶を褒められ、まんざらでもなさそうなグレン。


「どうした、ザイコール」


 ふと、全身包帯男はため息を吐く。 

 グレンが気にかけた。


「研究所が潰れてしまって残念でな」

「あの悪趣味な研究か」

「おかげでワシの努力も全てパーじゃ」


 ザイコールは、教会地下で見つけた広大な部屋を改造し、イービルの研究に勤しんでいた。


「何の研究をしていた」

「人をイービルにする研究じゃ。両者は似て非なる部分がある」


 これに成功すれば、謎多きイービルの解明に大きく近づけるのではないかと。

 イービルを支配できたのなら、この国では神も同然。

 あの傍若無人な教王を倒すのもそう難しくはない。

 

 そんな時、あの少年を見つけた。

 

「イーナスと言ったな。ヤツをどこで」

「ほう、気になるか?」


 グレンはうなづく。

 あの少年はかつての宿敵、スターバードのナッシュに酷似している。

 不運にも決着をつけることはできなかった。

 今でも古傷がうずく。


 そのことはザイコールもよく分かっている。


「おいおい話してやろう。じゃがお主の方はどうじゃ? 大事な娘を置いてきて」

「レクスはあの方が強くなる」

「変わらんな。グレン」


 少々いきすぎた父親に、ザイコールは呆れてお茶を飲む。


「これからどうする」


 今の自分たちは指名手配されている。

 結構、絶望的な気もしなくはない。

 グレンが尋ねた。


「何事も、傷を治してからじゃ」


 ザイコールは傷口を優しく撫でた。

 2人の若者から容赦のない暴行を受けたことを思い出す。

 軽いトラウマになっていた。

 

「なに、心配するでない。この第四教区には知人がおってな。まずはヤツに合う」

「知人?」

「そうじゃ、気の合う研究者がな。ワッハッハッハッ!」


 ザイコールの笑い声が、


「ワッハッハッハッハッ!」

 


 街中に響き渡る。

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お姉さんと進むギルド王国 二月ふなし @tapical_25

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