5

 翌日――二月三日、花日の誕生日。

 日付が変わると同時に、ぱぁん! と盛大なクラッカーの音が鳴り響いた。

「おめでとうございますわ〜!」

「花日〜、おめでとう〜!」

 クラッカーを両手に握る二人と、にこにこと顔を綻ばせる花日の前にはトランプの山。

 翌日が花日の誕生日だということではしゃぎまくった有楽の提案により、日付を越えるまで終わらないカード大会が繰り広げられていたのだ。

「えへへ、ありがとぉ……」

「ケーキ持ってこよケーキ!」

「お馬鹿、それは夜のパーティー用ですわ。今食べてどうしますの?」

「えー、食べちゃおうよ〜! 深夜零時に食べるクリーム盛り盛りケーキ、これぞ背徳! 夜の分は花日と一緒に選んで買えばいいじゃない?」

「私も今食べたい」

 二人は目をキラキラさせて、じりじり桃李ににじり寄った。

「お願い、桃李様!」

 さすが親友と言うべきか、打ち合わせをしたわけでもないのに完璧なタイミングで完璧に声が重なる。

 桃李は深く深くため息をついた。

「……しっかたありませんわね!」

「やったぁー!」

「その代わり、最初の一口はわたくしが頂きますわ!」

「それこそお馬鹿! 最初の一口はどう考えても花日でしょ!」

「私は一番大きいひときれ貰えれば、最初に食べるのは誰でもいいけど……」

 花日が控えめに口を挟むと、有楽はしばらく考えてから、ビシィッと桃李に指を突きつけた。

「じゃあ最初の一口は桃李ちゃんが食べてもいいけど、その代わりケーキの半分は花日のものだからね」

「なんで貴方が交渉しますの? まあ別に構いませんけれど」

 桃李がさらりと銀髪を肩の後ろに跳ね除ける。

――交渉、成立。

 上機嫌で有楽はケーキを取りに行き、桃李は食器を用意する。花日はにこにこしている。

「はーい、こちらがあたしと桃李ちゃんが腕によりをかけて選んだ、花日のバースデーケーキでーすっ!」

「ぺるあああ……」

 目の輝きが最高潮に達し、全身と奇声で喜びをあらわにする花日。

 ぱっと広がったケーキには花の形をした砂糖菓子がたっぷりとあしらわれ、その上から粉砂糖がまぶされて、まるで花畑のようだった。

 身を乗り出してそれを覗き込み、花日はごくんと唾を飲む。

「美味しそう……可愛い……」

「蝋燭消すのと歌は夜にやるから、今回は蝋燭節約のため、純粋にミッドナイト甘いお菓子を楽しみましょうってことで。さて、じゃあ花日、改めて」

 ごほん、と咳払いをする有楽、正座したまま花日にきちんと向き直る桃李。


「誕生日、おめでとう」


「……うんっ。ありがとう、二人とも! じゃあ早速、」

「ちょほーっと待った! その前に!」

 花日が手を合わせようとした矢先、有楽が花日とケーキの間に腕を滑り込ませる。

 花日は反射的に後ずさってそれを避けた。

「えっ、なに? まだなにかあるの?」

「お馬鹿、あれは夜のパーティー用ですわ」

「違うのをお昼くらいに花日と買いに行けばいいじゃん〜! 今は手作り編、昼はみんなでお買い物編、夜はちょっと高級なプレゼント編!」

 冷静に一刀両断する桃李に、再びすり寄る有楽。

 二人の会話を聞いていた花日は萌黄色の瞳を見開く。

「プレゼント⁉ えっ、そんなにたくさんいいの?」

「いいのいいの。花日がいなかったら、今のあたしはいないからね」

「みょっ……みょう……あ、ありがと、有楽……」

「そして有楽と花日がいなければ、今のわたくしもいませんわ。ご自分の生誕を誇りなさいませ」

「うううぅぅ……」

 花日は真っ赤になって近場の布団に突っ伏した。

「う、嬉しいけど恥ずかしい……なんで二人ともそういうことをさらっと言うの……」

「だって当たり前の事だもん」

「当然の帰結ですわ」

 二人はまったく動じずに、ごそごそと紙袋を持ち出してくる。

「ほら花日ー、顔上げてー」

「泣く子も泣き出すプレゼントですわよー」

 花日はまだ耳を赤くしたまま、もぞもぞと布団から抜け出して二人の前にぺたんと座った。

「……はい。なあに?」

「てってれー! 開けてみて開けてみて!」

「ふやー、どれどれ…………わ」

 紙袋を開いた花日は、一瞬声をのんだ。

「……はああああぁ……!」

 そのてのひらが取り出したのは、三つの透明な袋と、その中に入った布製のブレスレット。それぞれ色違いで、同じ刺繍が施されている。

「これ……もしかして、お揃い?」

 ブレスレットを透かして、掠れた声が花日の唇から漏れる。

「そう! 手作りお揃いアクセサリーだよ〜」

「有楽と花日、あれだけ仲がいいくせに、お揃いをひとつも持ってないって聞きましたの。まったく呆れ返りますわ」

「普段の仕事のときは汚れちゃうけど、たまに皆でお出かけするときとか、ちょっと一息つきたいときとか〜、こういうのがあったら嬉しいねって桃李ちゃんと話して、頑張って作ったんだよ〜。刺繍はちょっと拙くて申し訳ないんだけど」

 かわるがわる説明する二人の親友に、桃李の目はどんどん潤んでいく。

「ううん……ううん、そんなことない」

 花日はぎゅうっとブレスレットを胸に抱きしめて、心の底から嬉しそうに微笑んだ。

「ありがとう。……ほんっとにありがとう、二人とも! 今日、私の人生で最高の誕生日かも!」

 有楽と桃李は、笑って顔を見合わせた。

 有楽はへにゃっと、桃李は不敵に。

「いえいえ、どういたしまして」

「その最高、今夜塗り替えてみせますわ」

 最高の一日と最高の夜に向けて、三人の夜は更けていく。



「花日様、本当におめでとうございます」

「うん、戦ちゃん、ありがとね」

 その日の午前中には火亜と戦も花日の元を訪れ、戦は昨日のうちに作ったメッセージカードを手渡した。火亜に教わってせっせと折った四つ葉の色紙も貼ってある。

 もっと実用的なもののほうがよかったのでは、と戦はぎりぎりまで躊躇っていたものの、花日は歓声をあげて喜んでいた。

 火亜はまだ花日のことをよく知らないので実質戦の付き添いだったが、「おめでとう」と微笑んだだけで有楽と花日は失神しかけていたので、プレゼントなど贈ろうものなら大惨事になっていたかもしれない。


 ひとしきりお礼とお祝いを言い合ってから、花日たちと笑顔で別れる。

 火樹銀花宮へと帰る道のりでも、辿り着いてからも、戦はずっと初めての友達の誕生日に興奮冷めやらない様子だ。

 それを優しく見つめ、たまに戦が口を開けば穏やかに頷いていた火亜は、戦の話が止まったところでふと思い出したように口にした。

「……そういえば戦、昨日、僕が何を考えているかわからないと言っていたけれど」

「えっ……い、言いましたか……?」

 言われた当人の戦はきょとんと首を傾げる。必死に記憶をたぐり寄せると言ったような気もしてくるが、ほとんど無意識に近かったので、そこまではっきりとは思い出せない。

「桃李が来たときだよ。覚えていない? 桃李に、どうやったら僕の感情を出せるか聞いていた」

「……あっ、ああ! 申し訳ありません、その、悪く言ったつもりはなくて」

「知っているよ。僕が言いたいのはそこじゃない」

 火亜はほのかに火の粉が散るように、ぽうっと微笑んだ。

「――言えばいいんだよ」

 一瞬何を言われたのか、何を指しているのかわからずに、戦は呆気にとられた。

 火亜は静かに微笑んだまま、ゆるやかな口調で繰り返す。

「聞けばいい。戦が聞きたいことなら、僕はそれに応えるから」

「……でも、その……火亜様は優しいので、なにか、隠しているかもしれない、と、思ってしまうので」

「僕は戦に嘘はつかない」

 戦の言葉に重ねるように、火亜ははっきりと言った。

 真剣で、真摯な声だった。

 その瞳も、声も、炎のように揺らめく、熱く、まっすぐな。

「それがたとえどんなに優しい嘘であっても、絶対にだ。約束しよう。僕は、火亜は戦を騙したり、欺くようなことはしない」

 火亜はそこで息を吸うと、一拍置いて、ふっと息を詰めて、そして続けた。

「たとえ僕が世界中を騙すことになったとしても、君が願うなら本当の答えを教えよう。必ず。そのときは、僕は――きっと、逃げないよ」

 それは、暗闇をかきわける光の一筋のような。

「……わかり、ました」

 妙に真剣さを含んだ声色に少し戸惑いながらも、火亜がそういうのならと戦は頷く。

 火亜はその答えを聞いてやっと緊張を解くように、けれど緊張が増したように笑む。

「戦の誕生日も、もうすぐだね。何か欲しいものがあれば、考えておいて」

 空気を変えるように話題を変えて、火亜は煌めく瞳を細めた。

――なんでもいい。何を贈ったって、どんな言葉で祝ったって足りないけれど。


 君が生まれていなければ。

 僕は今、ここに居ないのだから。

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地獄邂逅レーゾンデートル 二 未来を繋いだ君は生まれて 音夢音夢 @onpurin

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