ニコちゃん先生の土曜夜市
・みすみ・
ニコちゃん先生の土曜夜市
人々でにぎわうアーケードの下を、6人組の男女がゾロゾロと歩いてきた。
40~50代の男女4人、30代の男が1人、20代の女が1人と、性別も年もバラバラだ。
みんな、反射材の入ったレモンイエローのベストを着て、白い
腕章には、赤いゴシック体で、「青少年見守り」と書かれている。
「The PTAですなぁ……って、あれ、うちの高校じゃね?」
今日は、彼女の
ふらりと現れて、友だちの和馬にかまってもらっている。
「そんでもって、ニコちゃん先生と、
和馬と類が3月まで通っていた高校の先生ふたりと、おそらくは保護者たちだ。
7月の毎週土曜日の昼3時から夜9時まで、地元商店街が主体となった
かき氷に、からあげ、ヨーヨーすくい、くじ引き、手作りの
7月なので、アーケード街のところどころに大きな竹が飾られている。そばの机には短冊とペンが置いてあり、願いを書いてつるせるようになっている。
このあたりの地域は、今でも、旧暦の7月7日に七夕をまつるのだ。
商店街で居酒屋をやっている和馬のうちも、毎年、店の前に小さなブースを作り、冷たいジュースやビール、簡単なつまみを売っている。
和馬は、目下、お手伝いの
「ニコちゃん先生〜、川窪センセ〜っ」
ほとんど
「アルバイトか! がんばれよ」
川窪が、大声で
虹子が、川窪に、ひと言ふた言何かを告げた。
「家の手伝いか! 感心だな! ますます、がんばれよ!」
家の手伝いではあるが、無給ではなかった和馬は少々バツが悪かったけれど、
「ありがとうございまーす!」
と、返事をした。
一団が通り過ぎたあと、
「なあ、和馬」
と、類が言った。
「ニコちゃん先生とは、いま、どうなってんの?」
「どうもこうも、2、3週間に1回くらい、うちの店に食べに来てくれておりますが?」
和馬は、背後の「居酒屋・わか
「それだけ?」
「それだけ」
類が、信じられないという表情で、
「へたれか」
わざとらしく、ため息をついた。
「いいんだよ。どうせオレは、オレのペースでしかやれないんだから」
かれこれ3年以上のつきあいとなる類は、軽く肩をすくめ、
「そりゃそうだ。和馬だもんな」
と納得した。
そのあと30分ほど、和馬としゃべったり、立ち寄る客に気さくに話しかけて笑いを取ったりしてから、
「じゃあな」
と、類は帰って行った。
9時になったので、和馬がせっせと
「こんばんは」
急に横から声をかけられて、和馬はびくっとした。
「あ、先生、お疲れ」
「うん、疲れたよ」
虹子は素直にうなずく。
あの目立つレモンイエローのベストも、腕章もつけていなかった。ぶじに、お
えり元がくしゅくしゅっとなったフェミニンな白い七分そでのブラウスに、すっきりとした紺色のパンツ姿。バッグが小さいのは、土曜日だからだろうか。
虹子は、ピンクのニューバランスのスニーカーを
「スニーカー」
和馬は無意識に声に出した。
「そう、見守り活動には、動きやすい靴で来ること、というのが決まりでね。ちぐはぐでしょう? でも、保護者さんといっしょだから、あまりラフな
虹子は
和馬は、思わず、ははははと笑う。
「そのスニーカー、かわいくていいと思う」
「え、そう? まあ、このスニーカーはね、お気に入りなんだけどね」
とたんに、虹子は、頬を
「うん、かわいい」
もう一度、和馬は言った。
2回目の「かわいい」は、スニーカーのことでは、なかったのだけれど。
「ニコちゃん先生、今日の突き出し、ゴーヤのお浸しと、枝豆が選べるよ」
「ゴーヤ」
虹子が
「ゴーヤの方の仕込みは、オレが手伝った」
「な、なに、その圧」
虹子がひるむ。
「中でどっちにするか、ゆっくり考えてよ。さあ、どうぞ」
和馬は、右の手のひらを上に向け、すいと水平に動かして、うやうやしく虹子を通す。
虹子は、しんけんな顔をして、
「ゴーヤか……。ゴーヤ、なのか……」
と、呟きながら、とことこと和馬の前を通り抜け、藍染めののれんをくぐった。
「いらっしゃいませ! あら、先生、ようこそ」
店の奥から和馬の母親の声がする。
「こんばんはー。また来ました〜」
元気な小ウサギみたいな虹子の声が聞こえた。
和馬は、さっさと片付けを済ませようと、
「よっ、しょ」
ビール缶の入った発泡スチロールの箱を持ち上げた。
―終―
ニコちゃん先生の土曜夜市 ・みすみ・ @mi_haru
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