第2話


 翌日、「にゃおん」と鳴いた猫を抱えて、ぼくはママにお願いした。


「ねこちゃん、飼いたい。じょーそーきょーいくにいいんだよ」

「そんな言葉どこで覚えたの?どうせお父さんからでしょ!?ほんと無駄なことばかり教えて」


 ママの言うお父さんとは、パパではなく、じいちゃんだ。


「どこで拾ったか知らないけど、捨ててきなさい」


 取りつく島もなかった。せっかく、おしっこお姉さんが猫に化けたのにだ。


「さて、困ったわね。美人なママさんだし、美男子に変身して色仕掛けも難しそう」


 公園のベンチに座り、今後の作戦を練るぼくたちは、携帯食の干し肉を食べてる。


「びじん?お姉さんのほうがずっときれいだよ?」


 思ったことをそのまま告げた。小顔だし、腰回りは細く、脚も長い。オッパイだってママより2回りくらいデカいし、赤ちゃん産まれたら絶対ミルク代が浮く。


「はいはい。そりゃどうも」


 褒めたのにどこ吹く風。もしかしたら服が原因かもしれない。


「ごめんね。その服、ぱんぱんだから、キツいよね」


 タンスの奥にあった巻きスカートのワンピースをお姉さんには着てもらってる。

 特別な服じゃない。なのに公園を通りすがる男性冒険者はもちろん、女性冒険者すら立ち止まり眺めて行く始末。


「すんげー、美人だな」「きゃあー!!めちゃくちゃカッコ良くない?」「乳でっか」「どこのイケメンだろ!?組合(ギルド)に問い合わせしなきゃ!」


 人だかりが出来てた。口ぐちに、お姉さん【だけ】を褒めてる。


「はぁ……ぼく、じいちゃんみたいにはなれないのかな」


 老若男女問わず大人気!お姫様からもモテモテ!と言ってたじいちゃんが羨ましい。


「……なんでジジイ?今の姿がいいと思うぞ。ワイシャツとジーンズだけで注目される美青年なんだし」


 ぼくの服もパパのタンスから引っ張り出してきてた。体だってご近所さんにバレないようにと、大人に変身させてる。


「ねぇ、お姉さんのおっぱいからミルクでる?飲みたい」


 干し肉は塩辛い。喉が渇いた。


「な、何言ってんだよ。ふざけんな!」


 キッ!とぼくを睨(にら)みつけたお姉さんは、すぐ地面に視線を落とす。

 なぜか、ぼくを見るとおしっこが出そうになるらしい。


「ぼく、ふざけてないよ。パパはママのミルク飲むし」

「どんな夫婦だよ!赤ちゃんプレイとか普通じゃねーし!」


 ……へぇ、普通じゃないんだ。


「じゃあ、ふつうって何?」


 地面を見たままお姉さんは黙り込んだ。人だかりを気にしながら声を絞り出す。


「は、挟むんだよ」


 新事実!オッパイはミルクを出すためのものじゃなかった。


 お姉さんの一言は、ぼくの心を刺激した。

 両眼をキラキラさせて尋ねる。


「何をはさむの?いま、はさめる?」


 また、キッ!と睨(にら)みつけて、すぐ目をそらしたお姉さんは挙動不審(きょどうふしん)に陥(おちい)る。


「い、今だと!?ま、まだ初体験も終わってないのに、いきなり公衆の面前で挟むとか、難易度高すぎだぞ」


 挟むのは何だろう。サンドイッチ大好き。


「ハムサラダマヨネーズがいいな」

「何だよそれ!どれが何かわかんねーよ!」


 違うらしい。恥ずかしがってるから、内緒話にしたいのかな?


「じゃあ、何?」


 ぼくは肩と肩が触れるくらい近づき、耳元でささやいた。

 周りのギャラリーがザワザワし始めたけど……何かあったんだろうか。


「そ、そりゃ……ウインナーとかフランクフルトとか」


 考えたことなかった。


「まるでホットドッグみたいだね」

「……まるでっつーか、まんまだよ」


 冒険者たるもの、非常食としてウインナーやフランクフルトを持参するのもアリかもしれない。


「んー、でもさ。オッパイにフランクフルトはさんでどうするの?ミルクとからめてたべちゃう?」


 公園の長椅子に腰掛けてた隣のお姉さんは、両膝に握りしめた両拳を乗せ、ぼくと目を合わせないように、じっと地面を見てた。


「お、お、お前、わざと言ってるだろ!?見つめられたら逆らえないからって、公開処刑する気か!」


 お姉さんは憤慨し始める。


「クソが!ここまで極悪非道な主人は初めてだ!叶うことなら契約破棄して死にたい!」


 困った。怒ってる理由がわからない。


「アタシにだってプライドがある!物言わぬオモチャじゃないんだ!」


 またギャラリーがざわめき出す。「ケンカ?別れたらチャンスじゃね?」「あーん、どうしよ。整形魔法練習しとけば良かった?」などと意味不明なこと言ってる。


 あ……そう言えば、じいちゃんが言ってた。


『大切なのはムードじゃからの。ただヤレばいいってもんじゃない。互いの立場もある。考えても見ろ。いくらワシが東西南北中央最強無敵の大英雄だとしても瞬殺したら、相手のプライドずたずたじゃて。もし応援に来てる故郷の連中がいたら当然メンツが立たん。じゃからワシは一方的には責めない。ピンチになったフリをする。耳元で囁(ささや)く。魔法の言葉【もうイッちまいそうだ!】をな。相手はいい気分になるし、盛り上がるじゃろ?』


 よくわからない言葉もあるけど、確かにそうだ。物語の主人公が魔王に出会っても、いきなり殺しはしない。ぐだぐだと話を聞いて、今までの謎を答えあわせして、ラストバトル。戦いだって瞬殺禁止。お互いに見せ場を作らなきゃいけない。お互いに凄いところを見せ合ったほうがカッコイイ!


「正直に言うね。ぼく、怖かったんだよ。お姉さんを見てるだけで、【もうイッちまいそうだ!】から」

「……は?」


 パチクリしながらお姉さんは、ぼくを見た。今度はそむけない。じっと見つめてくる。


「だから、お姉さん強いから、見るだけで、【もうイッちまいそうだ!】なんだ。それが悔しかったから、いじわるしたの」


 どうだろう?じいちゃんが言ってくれたように、うまくピンチになったフリができただろうか?もしかしたら大英雄の魔法【もうイッちまいそうだ!】は、ぼくには早かったかもしれない。


「……さ、最初から……そう言えよ」


 お姉さんは照れた。もしかしたら魔法大成功!?


「……そっか。まあ、そうだよな。見つめられなきゃアタシが負けるわけないんだし」


 見るからに怒りゲージは急降下。よくわからないけど、納得してくれた。


「あとね。お姉さんのこと、オモチャとか思ったことないよ」


 そう、みんな仲良く笑っていられるほうがいい。


「ああ……もういい。悪かった。アタシは自分のことばかり考えてた。男には男のプライドがあるよな。確かにアタシも若い頃は、100万回くらいイカせたらわざとイキそうなフリした覚えあるよ。一方的だと可哀想だし、挑戦者もいなくなるからな!」


 理解できない言葉だらけだけど、お姉さんの笑顔は可愛い。喜怒哀楽が激しい。一緒にいて楽しい。


「お姉さんの名前、おしえて」


 知りたい。ちゃんとした名前を。


「名前?いや、名前は……」

「パパやママに紹介できないからおしえて。ぼくのこともアデルって呼んで欲しいな」


 当たり前のことを言った。猫に化けて飼えないなら、正直に言うしかない。一緒に住みたいと。


「ぼくはお姉さんとずっと一緒にいたいから、家族の許可がほしいんだよ」


 特にママは名前を言わないとオッケーしない。

 パパみたいになるはずだ。


『明日飲みに行くからお小遣い欲しい』

『誰と?』

『誰って、同僚の冒険者だけど』

『名前は?フルネームで。所属してる組合(ギルド)も言って。すぐ確認するから。あと訪問する飲食店の名前、場所、時間。もちろん門限(シンデレラタイム)破ったら許さない』


 そして最後はいつもこう。


「やましいことがないなら、言えるよね?」


 ぼくは、ママと同じ台詞を吐き、お姉さんはーー黙り込んだ。


 ◆◆◆



「名前は、言えないんだ」


 お姉さんは一言ずつ、噛み締めるように繰り返す。


「言いたくないんじゃない。言えないんだ」


 ナゾナゾのようだ。すごく難しい。


「わかった!じゃあ、ありのまま、パパに言ってみる」


 人混みをかき分け、公園を駆け抜けた。しっかり手を握りお姉さんを離さないようにした。


 その夜、事前にパパに相談したぼくとお姉さんは、食卓テーブルを挟んで向かい合う。


「こちらが、アデルとお付き合いしてる【オー・ネイチャン・サン】だ」

「……お姉ちゃんさん?」

「違う。オー・ネイチャン……」

「あー、もういい。名前なんかどうでもいい」


 ママはお姉さんを睨み上げた。


「なんでアデルと付き合うの?まだ8歳だよ?貴女、どう見ても22~23よね?」

「いえ、69万1919歳です」


 知らなかった。初めて知った。パパやママよりずっと年上。


「すっごいおばあちゃんだね!」


 ブホッとパパが飲み物を吹き出す。


「アデル、それは違うぞ。長寿な種族もいる。妖精族なら2000歳以上はザラだ」

「ふーん。やけに肩持つのね。もしかして、ずっと前から仲良しさんなの?この娘と。アデルの彼女と偽り、実のところアナタの愛人じゃないの!?」


 開催!ママのヤキモチタイム。


「私に隠れてギシギシアンアン、【お突き合い】してたわけだ!!泊まりがけの冒険と称して不倫旅行してたわけだ!!」

「何言ってるんだ!そんなわけない!」


 ママは聞く耳を持たなかった。


「うるせぇ、ぶっ殺すぞ!」


 右手をグーにした。まずい。現役時代のママは【拳聖】とかいう壊し屋さんで、本気で殴ると地が裂け山が崩れ王城が砕け魔王城が消し飛ぶ。


「ストーップ!!ストップストップストップ!!」


 制止するパパは普通の男の人。ちょっとだけカッコよくて、女の人にモテモテ。

 どうして普通なのに結婚できたか訊いたら、パパは股間に大蛇を飼ってるのさ!という意味のわからない返事だった。


「じゃあ今すぐ脱げ!ズボンもパンツも!」

「何言ってるんだ!?お客さんの前だぞ!」

「黙れ!早くしろ!」


 容赦なかった。パパを椅子から立たせ、ベルトを外し、ズボンとパンツを降ろし、露出したバカデカいチンチンを犬みたいに嗅ぐ。そして玉袋に下から右手のひらを押し上げて、量る。


「よし、異常なし!」


 ママは立ち上がり、両手を広げ歓迎した。


「おめでとう!!オー・ネイチャン・サン。貴女の容疑は晴れたわ。アデルとの交際を許可します!でも淫魔(サキュバス)のコスプレは痛いから、普通のカッコしてね」


 ニッコニコだった。パパとママの寝室でギシギシ、アンアンと音がした翌朝くらいご機嫌。


「ママは何をはかってたのかな?」


 隣に座ってたお姉さんに教えてもらおうとしたら、口をぽかーんと開けて硬直してた。

 二重瞼の綺麗な瞳はパッチリ開き、焦点が合ってない。


 お姉さんは半泣きでブツブツ呟いた。「何あれ?デカすぎじゃん!」とか、「この母ちゃん私より淫魔じゃん!」とか色々。


「……もう嫌だ。魔界に帰りたい」


 自身喪失したお姉ちゃんとは対照的に、ママはノリノリ。


「どーしよ。この歳でおばあちゃんとか?お若いですね!みたいなー?アデルたちに負けないよう私たちも、もう1人産んじゃう??」


 バンバン背中叩かれるパパのHPはもうゼロだ。

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