ぼくとじぃじと秘密の絵本

紫蘭ゆきと

第1話

 じいちゃんは凄腕の冒険家だった。

 自慢の【黒曜石の剣】は刃こぼれひとつせず、わずか1年で魔物2000人斬りを達成したという。


「ぼくも大人になったら、じいちゃんみたいになる!」


 瞳を輝かせるぼくに、いつもならガハハと笑うじいちゃんは、今日に限って黙り込んだ。


「……お父さん。アデルに何を吹き込んだの?魔物って、何のこと?」


 何故か、ママは怒ってた。じいちゃんにブチ切れ。


「いやぁ、その、なんだ。魔性の女とか良く言うじゃろ。確かに女は魔物じゃなー、みたいなー」


 ママは眉間に皺を寄せた。ぼくにはわかる。パパが朝帰りしたときに見せるマジ切れモード。


「その浮気癖で……どんだけお母さんが泣いたと思ってんのよ!!」


 叩きつけた右拳。食卓テーブルだった板に穴が空き、宙に浮いたお皿やカップがうまく着地出来ずに割れた。


「わ、わわ、わかった!すまんかった。あやまるから許してくれい……」


 両手を合わせて謝るじいちゃんには、前もって言われていた。本当に強い男は、普段は力を隠すもんじゃと。

 だからじいちゃんは、わざとペコペコしてるのだ。


「ホントにもう!アデル、二度と来ちゃダメよ!!」


 来れないと分かり、じいちゃんはぼくに布に巻いた秘密の本を渡してくれた。「誰もいないとこで見るんじゃぞ」と耳打ちしてだ。


 ドキドキする。どんな冒険奇譚(ぼうけんきたん)だろう。

 竜退治?魔王討伐?それともじいちゃんの武勇伝!?


 夜。パパとママが、昔の組合(ギルド)仲間と外食に行くと言うから、お腹痛いと嘘ついて、ぼくは家に残った。


 窓の外は暗い。月明かりもなく、本を読むには不便だ。

 ロウソク台に火を灯す。居間の食卓テーブルに座り、縛っていた紐(ひも)を解く。

 表紙をめくったのは、一人きりになって7分21秒後のこと。


 そう、大切なことだから繰り返すね。

 7分21秒後だったんだ。


 ◆◆◆


 開いた本から、ボンって煙が出た。本は消えてなくなり、替わりに食卓テーブルの上には胡座(あぐら)をかく女の人が現れる。


「マジだりぃ、もっと寝かせろよぉ」


 見たこともない人だ。ポニーテールにした白金色(プラチナブロンド)の髪に碧眼。左目尻のホクロに褐色の肌。何故か背中にはコウモリみたいな翼まで付いてて、着てる服は貧乏なのかほとんど生地がない黒ビキニ。


「なんだ。新しい主人(マスター)はガキか」


 お金がなくて貧乏で、ヒモみたいな黒ビキニしか着れないのに、ご飯をたくさん食べてるのか、お姉さんのオッパイはママより大きかった。


「さてさて、将来アタシ好みに成長するかな?」


 悪態ついたお姉さんは、パチンと右指を鳴らす。


「え?」


 地面が揺れた。いや、僕の背が高くなった!?


「んー、まだまだだな」


 パチンと右指を鳴らす。


「もう、ちょい。一気に行くか!」


 パチンパチンパチンと鳴らし、「やりすぎた」と今度は左指をパチンパチン。


 指が鳴るたびに煙が舞い、ぼくの体は大人になる。

 小さな服はビリビリに裂け、真っ裸。


「あはっ、上玉じゃん。大当たり♪ 」


 舌舐めずりするお姉さんをよそに、ぼくは両手を握ったり開いたりした。

 力があふれてくる。走り出したい衝動に駆られる。爆発しそう!じっとしていられない!


「やったー!これならじいちゃんみたいに2000人ぎりできるー!!」


 素足のお姉さんはテーブルから降り、両手を突き上げ大喜びするぼくの目の前に立つ。

 背が高い。今の、186㎝くらいのぼくよりは低いけど、174㎝はある。


「いいぜ。何人斬っても刃こぼれ一つしない剣にしてやるよ」


 ママがおやすみのキスをするように、お姉さんはつま先を上げてぼくにキスし、何故か、両膝をつくとオチンチンにもキスした。


「な、何するの!?おしっこ出るとこだよ!?」

「あぁん!?このチンチンで女の子ぶったぎるんだろ?アタシと練習すんだよ!」


 意味がわからない。想像できない。

 チンチンで女の子を斬る?どうやるの?股に剣を挟んで、エイヤ!と横に振る感じだろうか?


「えっと、練習なら、ふつうにしたい」

「普通?んー、童貞臭するし、まあ最初は普通がいっか」


 やった!やっぱり剣は両手で持って、上段からカッコよく振り抜きたい。……ドーテーってのがなんなのかはわからないけど。


「ぼくはアデルって言うんだけど、お姉さんは?」


 名前を聞いただけなのに、立ち上がったお姉さんは腹を抱えて笑い出す。


「あはははっ。変な名前ー。あ、出る?もういっちゃう!みたいな?」


 良い人だと思ってたのに、ひどい。パパとママがつけてくれた名前を笑うなんて。


「笑わないで!何がおかしいの!?」


 お姉さんの両肩を掴み、両目を真っ直ぐ見つめると、お姉さんはしばらく立ち尽くし、急に我に返って目をそらした。


「バッ、バカか!そんなに見つめられたらアタシ……」


 お姉さんのおへその下に見たこともない紋章が浮かび上がる。熱があるのか頬が赤くなり、恥ずかしいのか自分で自分の肩を抱く。


 いけない!きっと貧乏なのを気にしてたんだ。ほとんど生地のない服を着るぐらいお金に困ってるなら、じっと見つめたぼくは恥をかかせたことになる。


「ごめんなさい」

「……気をつけろよ。【主従関係】は絶対なんだ。どんなにアタシが強くったって、主人に瞳を見つめられてたら、勝てない法則(ルール)なんだ」


 優しいなと思った。ぼくがお姉さんより強いわけがない。となると、じいちゃんが言ってたみたいに、わざと弱く振る舞ってるのだ。


「ほんとうに強い人は、そういうよね。ぼく、強くなれるようにがんばるよ」


 満面の笑みを浮かべると、お姉さんは苦笑いで応える。


「……は?いやいや、マジ話だから。アタシがやめろって言ったらやめるんだぞ」


 すっごい焦ってたから、空気を読んであげた。


「うん!わかってる。やめて!ってのは、もっとして!だよね」

「はぁー!?」


 端正な顔が歪んでた。

 でもぼくには自信がある。

 じいちゃんが言うことに間違いはない。


 ◆◆◆


 自信満々に発言したぼくを見て、お姉さんは後ずさった。

 さっきまでの余裕はない。身構え、すぐ動けるよう膝を曲げた。


「ア、アタシを無理矢理押し倒して、その童貞チンポでめちゃくちゃにする気か!?ふざけんなよ!最初はアタシが騎乗位でリードするもんだろ!?」


 トマトみたいに顔が真っ赤だ。

 よくわからないけど、はやく修行したい。


「ぼくは、ふつうがいい」


 どんな事でも基本は大切。いきなり必殺技は無理。


「アタシの話、聴いてる!?普通ってのは、じっと見つめ合う、ラブリーな正常位だろ?アタシは見つめられたら絶対勝てないの!」


 言ってる意味がわからない。


「見るだけでぼく勝てるの?だったらお姉さん、いろんな人に負けまくりだね」


 だから貧乏なのかもしれない。可哀想。


「あー、もう!!他の男ならいいんだよ!アンタだけダメなんだよ!ズルいだろ!?童貞に一方的に責められて負けるなんて、末代までの恥!!どうせアタシがもうやめて!って言ってもサルみたいに腰振るんだし!!」


 理解できない。知らない言葉がたくさん。

 というか、普通って、そんなに悪いこと?


「お姉さんは、どんな練習がいいの?」

「バック!絶対バック!好きなだけ振っていい。見つめられなきゃ絶対イカないから」


 バック? あ!奇襲攻撃(バックアタック)のことだ。


「そんなのダメだよ。ひきょうだ!」


 卑怯な練習はしたくない。正々堂々がいい。


「ひ、卑怯!?どの口が言ってんだ!見られたら無理って言ってんじゃん!」


 お姉さんは、しゃがみ込みあぐらをかくと、頭を抱えた。ぼくがお姉さんの言うこと聞かないから困ってる。


「……おい。バックはどうしてもダメなのか?ちゃんとリードするよ。ガキだと思ってナメないし、一生の思い出になるすっげぇ初体験にするからさ」

「ダメ!」


 ぼくが即答するとお姉さんは立ち上がった。目を閉じたまま唇を噛み、両拳を握り、声を絞り出す。


「……わかった。なら気持ちを整理する時間をくれ。拒む気はないんだ。でも、未経験の童貞チンポに一方的に蹂躙(じゅうりん)される未来が確定してるなんて……今まで頑張ってきたアタシのプライドが……」


 ポロポロ泣きだしたから、慌てふためいた。

 女の子を泣かせるなんて最低のこと。


「えっ、あ、あの……はい、どうぞ」


 駆け足でお風呂場からバスタオルを持ってきて手渡すと、お姉さんは顔を隠した。

 堰(せき)を切ったようにワンワン泣き出したから、何て言えばいいか考えてみる。


 そもそも、自分より弱い人にわざと負けてあげる!ってのは、そんなに辛いことなのだろうか?

 ということは、ママにペコペコして、ごめんなさい!が出来るじいちゃんは、相当、器の大きい冒険者なのだろう。


『女の子は、褒めて褒めて褒めまくるのじゃ』


 確かじいちゃんはそんなこと言ってた。


「このつばさ、カッコいいね。ちょっと不気味だけど」


 猫の頭を撫でるように優しく触れると、ビクンッ!!!ってお姉さんは体を震わせた。


「バ……バカぁ!!アタシの性感帯……触るなよぉ」


 ぷしゃあああって、お姉さんの下半身から水が出た。

 同時に、コウモリみたいな翼は左右にバサッて勢い良く開き、ピクピク震え痙攣(けいれん)する。


「……おしっこ?」

「違うわ!!」


 いや、おしっこに決まってる。トイレを我慢してたんだ。


「あの、すぐおふろ入っていいよ!ぼくは、パパとママが帰る前にふいとく。着替えはママのでガマンしてね」


 反省しよう。ぼくは最低だ。女の子がおしっこ我慢してたのに気づけないなんて。


「いいよ!アタシが自分で……」


 バスタオルでふこうと腰を落としたお姉さんは、四つん這いになったぼくと至近距離で見つめ合い、床で手と手が重なった。


 ぶっしゃあああああ!と、また盛大な音がする。


「……」


 わなわなと震え、黙り込むお姉さん。


「え、えっと、だ、だいじょうぶだよ。おねしょはぼくもよくしたし」


 にっこり微笑んであげたのに、お姉さんは口をへの字に曲げて、鼻水をすすった。


「……もう、無理。お嫁にいけない」


 おしっこの水たまりに倒れ込むお姉さん。

 ぼくは怒られないよう、一生懸命廊下をふいた。

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