第23話 空白の記憶、目指すは遠き灯
艦内の環境音が、いつもより静かに感じられた。
整備区画の片隅。仮設のベッドに横たわるイナヅマは、ゆっくりと目を覚ました。
まだ全身の感覚は戻り切っていない。だが、意識ははっきりしていた。
「……ここは……」
天井のパネルライトが優しく瞬く。
聞き慣れない艦のシステム音。そして、自分の視界に映る知らない場所。
見知らぬ天井、だがどこか遠い記憶の奥に似た光景を思い出す。
不安が喉をつかみかけたそのとき、ふと横に座る人影が目に入った。
「気がついたか、イナヅマ」
それは、ユウトだった。
少し痩せた印象はあるが、目の下の隈は消え、表情はどこか穏やかだった。
「……ユウト……さん……」
「焦らなくていい。今はまだ、少しずつでいいんだ」
彼の声は、どこか懐かしい音だった。
なぜだろう。初対面のはずなのに、胸の奥が温かくなる。
「わたし……わたしは……守られていた、のでしょうか……?」
「そうだ。雷が……君を最期まで守った。そのあとのことは、俺たちが引き継いだ」
イナヅマは目を閉じた。
雷。あの背中。あの声。
焼けた艦内で、誰かに抱きしめられた記憶──それがようやく輪郭を持ち始める。
「わたし……雷さんと……」
「君たちは仲間だった。家族みたいなもんだったんだろうな」
ユウトは静かに言う。
その手には、雷の名札が握られていた。
「これは……」
「雷の名札だ。君の隣に置いてた」
イナヅマの目が、微かに潤んだ。
震える指先で名札を受け取り、胸元に抱きしめる。
「……ありがとうございます……」
その言葉の奥には、感謝だけではなく、悲しみと誓いが混じっていた。
自分が守られた命であること。それを今、改めて知ったのだ。
*
数時間後、イナヅマは艦内を歩いていた。
再構成された義体はまだ完全ではなく、歩行もゆっくりだったが、それでも彼女は自分の足で進んでいた。
その一歩一歩が、彼女にとって新しい“生”の証だった。
ユウトとアカツキがその後ろを見守るようについてくる。
「調子はどうだ?」
「……少し、ぎこちない感じですが、大丈夫です。ちゃんと、動いています」
イナヅマは艦の通路を見回す。
どこか見覚えがあるような、でも知らないような。
照明の配置、警告灯のリズム、微かな振動。
それらのすべてが、過去と現在の狭間にあるようだった。
「この艦……暁(アカツキ)……ですよね?」
『はい。第六駆逐隊・ユニットNo.06──カゲロウ型艦、アカツキです』
アカツキの声は、以前よりも少し柔らかさを帯びていた。
イナヅマは一瞬驚いたように彼女を見る。
「……アカツキさん、雰囲気が……」
「うん。俺も思った。最近、なんだか表情があるっていうか……な?」
アカツキは無言で、けれどわずかに頷いた。
『支援行動の過程で、応答アルゴリズムに個別最適化が進みました。……あなたたちの影響です』
イナヅマはくすりと笑った。
「なんだか、少し……嬉しいです」
再会の場は静かだった。
けれど、その沈黙は決して空虚ではなく、確かな信頼とあたたかさで満たされていた。
*
ブリッジにたどり着いたとき、ユウトはモニターに映る残骸宙域のスキャン結果を確認していた。
その横に立つイナヅマの表情は、ほんの少し強くなっていた。
『第一区画の瓦礫帯より、旧艦装部品の回収可能反応を確認。構造材および義体外装素材として再利用可能』
「これがあれば……雷の義体、少しずつ直せるかもしれないな」
イナヅマがそっと問いかける。
「雷さんの……義体は、今?」
「中枢ユニットと頭部のみ。今は仮封印状態で保管してある」
彼女は小さく息をのむ。
「必ず、助けます……。わたし、今度は守る側になりたいのです」
その言葉に、ユウトも頷いた。
「じゃあ、次は一緒に行こう。艦の修理も、雷の修理も、全部──俺たちの手でやるんだ」
イナヅマはまっすぐ前を見た。
彼女の視線の先には、再構成された希望の灯が確かにあった。
その光はまだ小さい。
けれど、確かに燃えていた。
そしてそれは、いつか闇を照らす道標になる。
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星巡る少年と第六の艦 機心P @crowboy
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