第23話  空白の記憶、目指すは遠き灯

 艦内の環境音が、いつもより静かに感じられた。

 整備区画の片隅。仮設のベッドに横たわるイナヅマは、ゆっくりと目を覚ました。

 まだ全身の感覚は戻り切っていない。だが、意識ははっきりしていた。


「……ここは……」


 天井のパネルライトが優しく瞬く。

 聞き慣れない艦のシステム音。そして、自分の視界に映る知らない場所。

 見知らぬ天井、だがどこか遠い記憶の奥に似た光景を思い出す。


 不安が喉をつかみかけたそのとき、ふと横に座る人影が目に入った。


「気がついたか、イナヅマ」


 それは、ユウトだった。

 少し痩せた印象はあるが、目の下の隈は消え、表情はどこか穏やかだった。


「……ユウト……さん……」


「焦らなくていい。今はまだ、少しずつでいいんだ」


 彼の声は、どこか懐かしい音だった。

 なぜだろう。初対面のはずなのに、胸の奥が温かくなる。


「わたし……わたしは……守られていた、のでしょうか……?」


「そうだ。雷が……君を最期まで守った。そのあとのことは、俺たちが引き継いだ」


 イナヅマは目を閉じた。

 雷。あの背中。あの声。

 焼けた艦内で、誰かに抱きしめられた記憶──それがようやく輪郭を持ち始める。


「わたし……雷さんと……」


「君たちは仲間だった。家族みたいなもんだったんだろうな」


 ユウトは静かに言う。

 その手には、雷の名札が握られていた。


「これは……」


「雷の名札だ。君の隣に置いてた」


 イナヅマの目が、微かに潤んだ。

 震える指先で名札を受け取り、胸元に抱きしめる。


「……ありがとうございます……」


 その言葉の奥には、感謝だけではなく、悲しみと誓いが混じっていた。

 自分が守られた命であること。それを今、改めて知ったのだ。



 数時間後、イナヅマは艦内を歩いていた。

 再構成された義体はまだ完全ではなく、歩行もゆっくりだったが、それでも彼女は自分の足で進んでいた。


 その一歩一歩が、彼女にとって新しい“生”の証だった。


 ユウトとアカツキがその後ろを見守るようについてくる。


「調子はどうだ?」


「……少し、ぎこちない感じですが、大丈夫です。ちゃんと、動いています」


 イナヅマは艦の通路を見回す。

 どこか見覚えがあるような、でも知らないような。

 照明の配置、警告灯のリズム、微かな振動。


 それらのすべてが、過去と現在の狭間にあるようだった。


「この艦……暁(アカツキ)……ですよね?」


『はい。第六駆逐隊・ユニットNo.06──カゲロウ型艦、アカツキです』


 アカツキの声は、以前よりも少し柔らかさを帯びていた。

 イナヅマは一瞬驚いたように彼女を見る。


「……アカツキさん、雰囲気が……」


「うん。俺も思った。最近、なんだか表情があるっていうか……な?」


 アカツキは無言で、けれどわずかに頷いた。


『支援行動の過程で、応答アルゴリズムに個別最適化が進みました。……あなたたちの影響です』


 イナヅマはくすりと笑った。


「なんだか、少し……嬉しいです」


 再会の場は静かだった。

 けれど、その沈黙は決して空虚ではなく、確かな信頼とあたたかさで満たされていた。



 ブリッジにたどり着いたとき、ユウトはモニターに映る残骸宙域のスキャン結果を確認していた。

 その横に立つイナヅマの表情は、ほんの少し強くなっていた。


『第一区画の瓦礫帯より、旧艦装部品の回収可能反応を確認。構造材および義体外装素材として再利用可能』


「これがあれば……雷の義体、少しずつ直せるかもしれないな」


 イナヅマがそっと問いかける。


「雷さんの……義体は、今?」


「中枢ユニットと頭部のみ。今は仮封印状態で保管してある」


 彼女は小さく息をのむ。


「必ず、助けます……。わたし、今度は守る側になりたいのです」


 その言葉に、ユウトも頷いた。


「じゃあ、次は一緒に行こう。艦の修理も、雷の修理も、全部──俺たちの手でやるんだ」


 イナヅマはまっすぐ前を見た。

 彼女の視線の先には、再構成された希望の灯が確かにあった。


 その光はまだ小さい。

 けれど、確かに燃えていた。

 そしてそれは、いつか闇を照らす道標になる。

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星巡る少年と第六の艦 機心P @crowboy

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