第6話 「最強の教師現る」って……見た目子供じゃん

 彼女は目を細め、いたずらそうに笑う。

男は動揺しながらも、ハレルの腕を離さず、彼女に口答えする。

「なんですか、教師。

今更、このガキを戻そうだなんて考えない方がいいですよ

コイツは手遅れ。もう、神になっちまいましたからね」

 男は、馬鹿にしたように鼻で笑う。しかし、彼女は表情を一切変えず、ニコニコと、鎌を持ちながら男へと、ゆっくり近づく。

 追いつめられ、後退りする男。彼の顔は、余裕な顔から、青ざめた、焦りが前面に出た顔へと変わる。

「この子たちの気持ちや、未来を、君は考えなかった。もちろん、君たちが信仰している素晴らしい神とやらも……本当にこんな事を望んでいるのか。君たちは考えていない。はっ――実にばかばかしい。

神が望んで無いことを、君たちは是が非でもやる……だなんて、動物以下の者達がやることだ。

しかし、そんな事、今はどうでもいい」

彼女は目を鋭く光らせ、細める。とても速いスピードで男の首元へと鎌を走らせた。

「成長途中の少女達に、こんな酷い思いをさせていいと思っているのかな?

この子達に重症のトラウマや、後遺症を残したりでもしたら、私は君を…、いやっ、宗教団体全てをぶち壊すよ。

まぁ、私は今の時点で君を許してはいないけどね。

この綺麗な死神の鎌で、君を地獄へと葬ってあげるよ」

 いたずらな笑顔を浮かべ、唇をなめる。

 男はパニックになった様に呼吸を荒くし、目を泳がせた。

「やっ…やめてくれ……ぼっぼくは、死にたくない」

かすれ声でそう頼むが…彼女はそれを聞き入れない。

「君みたいな人間……私は大っきらいだよ」

 男を静かに睨み、彼女は鎌を振り落とす。

男は、思いっきり目をつむり、涙を流したが……

死ななかった。

大きな鎌をゆっくりと持ち上げ、彼女は「はぁ」とため息をつく。

「こんなやり方で殺しても、仕方がないね……ってことで、今回は私特製の痛めつけ方だ。

他ではなかなか味わえない痛さだよ」

 呆然とする男に向けて、彼女は指パッチンした。

何をしているんだ。男を含めた三人はそう不思議に思った。

 しかし、急に男は目を真っ赤にし、首元を押さえる。ベロを出し、聞いたこともない苦痛な声を出した。

 首ともをよく見てみると、そこには大きなたんこぶと、青いグチャグチャな物体。まるで猛毒の何かを植え付けられたようだ。

「さぁ、君は知っていたかな?私の得意技。

私は、人を救える回復能力と、それとは真逆の猛毒を操ることができる。

今、君にかけてあげたのは、猛毒の力。

死ぬことは無いだろうけど……それよりも怖い、痛い、素晴らしい感覚を味わう事ができるよ。

君は私にお礼をしないとだね。今まで味わったことのない感覚を体験させてもらったんだから」

 ハレル達は男の様子を見て、顔を真っ青にする。いくら自分たちが命を狙われたとはいえ……この人も一応人間だ。彼女の毒はどれほど痛いのだろう。少し可愛そうだと、二人は悲しげな顔を見せた。

「んじゃ…気絶しててね。私はこの子たちとゆっくりお話しなくちゃいけないから

あっ……心配しないで、毒にやられた君を学校に持ち帰って、後で拷問するから!

いっぱい聞きたいことあるからね」

気絶しかける男に、そうにやりと笑いかける彼女。

ついに、男は気を失い、目を白目にし、動きが止まった。

 彼が弱ったからなのか、かみなりも金縛りから解放された。

美しい彼女は余裕そうに、かみなりへと手を向け、力を使った。

 いつの間にか、血だらけで痛そうだったかみなりの腕は修復される。きっと彼女が回復能力でかみなりの腕を治してくれたのだろう。

 かみなりは軽くなった腕を持ち上げ、胸を撫で下ろす。ハレルはにっこにこの笑顔で彼女に話しかけた。

「さっきはありがとうございました!私とかみなりちゃんを助けてくれて。

それで、ところでなんですけど、あなた誰なんですか?」

 彼女はよくぞ聞いてくれたとでも言うような自慢げな顔をし、腰に手を当てる。

「私は「神野高校」の教師、雪白 しずくだ。

もちろん君たちの事も知っているよ。何せ、君たちは今年の受験生だしね」

「でも……落ちました」

 かみなりは脱力した様に下を向き、顔を曇らせた。ハレルも同様に、うつむく。

 しかし、しずくはそれを何とも思わない様に、キョトンと首を傾げる。

「えっ…だって落ちただけだろ?受験に」

二人は頭の中ははてなマークで埋め尽くされる。一体この人は何を言っているのだろうか。「落ちただけ」って……かみなりは何気にこの脱落を気にして、相当落ち込んでいたのに。

 しずくは平然と、淡々とした口調で話続ける。

「だって、私が落としたわけじゃないからね

それに……私は今年一年間、学校全体の教育方針を決める人間だ。

受験で受かった人も、落ちた人も、入学式にテストを受けさせようと思ってる。

もちろん君たちもだ。君たちがテストに合格すれば、神野高校に入らせよう。

まぁ、どっちにしても、君たちは入学せざるを得ないけどね」

「えっ……テスト?テストなんてするんですか?それに不合格の人達も含めて?」

 かみなりは声を震わせながら、しずくに聞く。しずくは当たり前の様でしょ?とでも言うような顔で頷く。

 すると、ハレルが元気な声で彼女に質問をぶつける。

「あの、さっき言ってた『入学せざるを得ない』ってどうゆうことですか…?」

「あー…えっと、それは『神の心臓』のせいだ!」

聞き覚えのある単語にハレルとかみなりは反応する。

「埋め込まれたあの神の心臓は魂や力を取り入れることはできるが、その代わり埋め込まれた人は死んでしまう……ってことは君たちも男に聞いたかな?」

「死ぬ…?」

 ハレルは顔を真っ青にし、前のめりになる。絶望したかすれ声でそう呟く。

「そう、死ぬんだ。でも、君は死ななかった。さぁ、この後どうなるか分かるかい?はい、かみなりちゃん」

 急に名前を呼ばれたかみなりは、おどおどと自分を指す。

こほんと咳払いをし、かみなりは話し始める。

「え、えっとぉ……死ななかった場合は、その後、不思議な事に巻き込まれ、死亡する確率がかなり上がる……と思います」

「おお!大正解。でも、どうしてそこまで分ったんだい?

だって……心臓の事は国の大事な秘密だし……まぁいっか」


――えっ……国の大事な秘密?じゃぁなんでじーちゃんは。


「それで、さっきも言った通り、ハレルちゃんは死亡率が高くなる。突然の不運やスターライト教の何かしら、時には、裏切りや暗殺などもあるだろう。

それに、心臓の事は国の大切な秘密。君たちを信用してないわけじゃないが、さすがにここまで知られて、ほっておくわけにはいかない。

さらに、ハレルは国からも狙われる。神の継承なんぞ、奇跡レベルでなかなか成功しない。何がどうやって、力を受け継げたのか……ハレルを誘拐し、実験するだろう」

 ハレルは眉をひそめ、今にも泣きそうな顔をする。口元を押さえ、目をうるうるさせるハレルをかみなりはなだめる。

「国も信用にならないね……家に居てもすぐに殺されるだろうし、警察は……うん、だめだね。国とつながってるから。

そうなれば……もう残るは一つ。『神野高校』だ。神野高校なら、優秀な教師や生徒が何人もいるし、もちろん私もいる。それに君は、神になるための授業を受けることができる。

いいことづくしさ。

そして………」


 目を細めたしずくは、おどおどするかみなりを見つめる。かみなりはポケぇと口を開けた。



「かみなりちゃん。君には、今年一年……一年だけでいいから、ハレルを命がけで守ってほしい。



こんな事言うのもあれだが……君はそうゆう才能を持っているんだ。彼女を守りきれる何かが。

その何かが何なのか、正直私もわからないのだが……このお願いは、きみにしか頼めないんだ。

神の心臓の事とハレルの事を知っている君なら、任せられる!だから、お願いだ。

ハレルちゃんを、守ってやってくれ」

目を輝かせるしずくの言葉を普通なら少しぐらいは受け入れるだろう。しかし、マイナス思考のかみなりはそれを全否定する。

「そ、そんな事、できません。

それに、私に才能なんてありません。運動神経も悪くて、魔法もほとんど使えないようなもんですし、それに勉強もできない。人とのコミュニケーションも取れないんです。

私は、何をやってもダメなんですよ。そんな奴が完璧で素晴らしいハレルさんの護衛ができるとでも?

冗談じゃありません。そんなのできるわけ……」


「んじゃ、死んだことあるの?」


予想打にしない質問をされ、かみなりは黙り込む。

「死んだことない。って事は、死なないって言うのが君の才能なんじゃないのかい?

死ねない。死なない。この世で生き残れるってのは素晴らしい才能だよ。それ以外にも

君は歩けるし、話せる。体を動かせるし、呼吸をすることもできる。そして、好きなものを食べて、好きなことが自由にできて、家族に恵まれて。

才能だらけじゃないか。こんなに素晴らしいのになぜ君はそんなに自分の事が嫌いなんだい?

自分の事をもっと愛してあげなよ」

 かみなりはしずくから目をそらし、うつむく。自分の事が大っ嫌いなかみなりは自分を愛す事なんて考えた事がなかった。というかできないだろう。と思い込んでいる。

何せ、自分の全てが、コンプレックスなのだから。

「まぁ、自分の夢くらいは愛してあげなよ。君は『戦うかっこいい神様』になりたいんだろう?」

 受験の面接で言った事を言われたかみなりは驚いた様にしずくを見つめた。

「これは君が面接の時に言った言葉だ。私は審査に参加しなかったが、生徒の話や内容は全て聞き、覚えた。

だから、君たちのフルネームも言えるし、どこに住んでるかだって分かる。

それと……かみなりちゃん。このお願いを断るってことは神野高校への入学を拒否しているのに値するんだからな

ハレルは神野高校に行く。そしてそのハレルを君が守る。って事は――

君も神野高校に行けるって事さ」


 かみなりは瞳に星を宿し、口角を上げる。「ハレルを守る」イコール、「神野高校に行く」ことなんだと、今更だが気づいた。

 足元にせっかく置いてくれたチャンスを、自分は拾わず彼女に返してしまったんだ。

そして、それをまたもらった。

 チャンスはいつでも自分の手でつかまなくてはいけない。

こんな重大な役目、ハレルさんの護衛なんて務まるのか分からないけど、

やってみる価値はある。

「やります」

かみなりにしては珍しい真っ直ぐな声で

 受験に落ちて諦めかけた、自分の夢。それにまた、近づくチャンスが訪れたのだから……


「まぁ、でも、一応テストには受けてもらうよ。

他の子と平等にチャンスを与えなければいけないからね。私は君たちのテスト結果を見て、入学させるか、させないかを検討する。

だから、とりあえず入学式に神野高校に来くれ。あっ、動ける格好で来てくれよな。

君たちには害神と戦ってもらうから……今のうち、二人で戦略とか、考えとくと良いよ。

きっと、他の子達よりも、ほんのちょっぴりだけ、有利になると思うよ」

 軽々しく笑うしずく。しかし、二人は今まで見せたことの無いほど、真剣な顔をする。鋭く目を光らせ、狙った獲物を逃さない……とでも言うような顔だ。

 それもそうだ。何せ二人はとんでもなく大きなチャンスをもらったのだから。

このチャンスを逃がすわけにはいくまい。と、二人はひたすらに、しずくを見つめるのだった。


 彼女は「はぁ」とため息をつき、気絶する男に近づく。力が抜けた、ぶらぶらの腕を持ち上げた。

「私はそろそろ行くよ。この男に色々聞かないといけないからね……

本当はもっと君たちと話したかったんだが……特にかみなりちゃん。君とは本当にじっくりと話をしたかったよ。

君は素晴らしい才能を持っているからね。

じゃぁ、入学式で会おう!バイバイ」

 重そうな男を軽々しく持ち上げ、目にも止まらぬ速さで彼女は高校へと帰った。

 寒く、暗い、田んぼ道に取り残された二人。

二人は同時に目を輝かせ、口角を思いっきり上げる。無邪気なその顔は、どこか幼女の様で……愛らしかった。

拳を上げ、喜ぶかみなりに、ハレルは手を差し伸べる。

「これからよろしくね。かみなりちゃん!」

 かみなりはハレルの瞳を見つめ、とびっきりの笑顔を見せる。

「はい、よろしくお願いします。ハレルさん!」

 二人は暗い夜道を歩いた後、かみなりの家で過ごした。

 しずくが言っていたテストの事や神の心臓の事についてなど……色々な事を話し合った。

 テストで害神を倒すための戦略、先ほどの戦闘の改善点などを研究した時間は、神を目指す二人にとっては素晴らしい時間だった。

 中でも、害神の弱点を暴いた時なんかは、興奮が抑えられなかった。今まで最強と思っていた恐ろしい害神を、簡単に倒すことができるかもしれない……と。

 二人は今日話し合った事を、テストに活かせるように、夜遅くまで、会議をした。

 しかし、かみなりは不思議に思う。

――なんで、見ず知らずの人を助けなきゃいけないんだ?

 本当にそのとおりだ。ハレルはいくら同級生で性格がいいとしてでも、かみなりの親友でも、家族でも無い。

 わざわざ守る必要なんて無いはずだ。なのに、なんでハレルを護衛しなければいけないのか……

 疑問に思いながらも、かみなりは

「神になるための試練」だと自分に言い聞かせ、ごまかし続けたのだった。



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お天気さん 兎太郎 @usagitarou928

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