10 寂しい時思うこと

 昼休みになり佐々木は研修室を出て自販機のある休憩室に向かった。すると同期である有馬と土井が話しかけてきた。

「佐々木お疲れ。どこ行くの?」

「おう有馬、ちょっと休憩室に」

「マジか。俺も土井と行くとこだったから一緒に行こうぜ」

3人はそのまま休憩室に入った。中では人事部の斎賀と中古業務課の和田が話をしていた。佐々木はいの一番に二人に挨拶した。

「お疲れさまです」

それに返したのは和田だった。

「お疲れ・・・あれ、みんな新人?」

「はい、札幌商科大学の佐々木です」

「同じく有馬です」

「西岡国際大の土井です」

3人ははきはきとした様子で挨拶した。その様子を見て斎賀も満足そうだ。

「おお威勢が良いな今年の新人は。そう言えば和田君って西岡だよな」

「ええそうです。えっと土井君だっけ?」

「はい。専攻は経済学でした」

西岡国際大学は学部ではなく専攻という名前になっている。そのため他の大学出身者に説明するのは少々面倒くさい。

「経済か。俺は歴史専攻だったよ」

「てことはアイヌ文化とか勉強してたんですか?」

やはりか、と和田は思った。彼の大学は大昔はレジャーランド扱いされるほど偏差値の低い所だった。だが近年副学長になった教授の影響でやたらとアイヌ文化についての講義が増えてきており、そういう点で良くも悪くも有名になってしまった。

「ああそうだよ。さすが本間教授だ」

「そりゃあそうですよ。あのおばさん有名人ですし」

和田自身特段アイヌ文化を学びたいというわけで本間教授のゼミに入ったわけでもない。かといって彼女の熱意に気圧されたわけでもない。ただ何となく他のゼミと比べて楽そうだと思ったからだ。だが和田自身北海道に住んでいる身である以上、先住民族についての歴史について学ぶのは無駄ではないだろうと思い彼女のゼミを選んだのだ。

「確かに有名人だなあのおばさん。まあ高いホテルの温泉タダで入らせてくれたから感謝してるよ」

「そんなコネあるんですか?やっぱ歴史専攻行っとけばよかったかなぁ」

その返答に和田は苦笑いを浮かべた。

「やめとけ、入ったって気が滅入りそうな歴史の講義ばっかだし、ゼミ合宿も田舎ばっかり行かされるし。俺なんて浦河に阿寒、しまいに平取だぜ?もっと都会に行きたかったぜ」

その地名を聞いて佐々木たちはピンと来ていない様子だ。少し興味が湧いたのか、佐々木が和田に質問した。

「平取ってどのあたりでしたっけ?」

「日高の上の方。まああんまり行く機会無いだろうしピンと来ないのは仕方ないか」

「でも普段行かないところに行けるってなんか楽しそうですよ。自分も経済学部だったんですけどそう言う行事とか無かったんでうらやましいです」

彼らの会話を横から聴いていた斎賀はどこか嬉しそうな様子で和田に話しかけた。

「おう随分人気者じゃないか。やっぱりこっちにきて正解だったかもな」

「そうでしょうかね。まあ同じ大学の人間が後輩に来てくれてうれしくはありますけど」

そうこうしていると青山が休憩室に入ってきた。その瞬間3人の目が急に輝きだしたように和田には思えた。

「あ、青山さんお疲れさまです!」

先に挨拶したのは有馬だった。それに続けて土井と佐々木が挨拶を交わした。

「ああお疲れ。みんな研修頑張ってる?」

「ええまあ。でも連休中青山さんに会えなくて寂しかったですよ」

有馬がおどけた様子で答えた。その返答に和田はどこか居心地が悪く思えてしまった。

「アハハ!でもみんな彼女とかいるんじゃないの?こいつと違って」

案の定というべきか、青山は和田を指さしてそう言った。

「おあいにく様。彼女くらいいつでもできるわ」

「じゃあ休み前に言ってた人はどうだったの?」

「・・・ポンジ・スキームだった」

「え?ボンゴレ?」

だが佐々木はその単語に聞き覚えがあった。

「和田さん、ひょっとして投資詐欺の奴じゃないですか?」

「ああそうだよ。その時は何とも思わなかったけど通りすがりのおっさんが教えてくれた。だからあのアマとはもう連絡とってねえよクソが」

通りすがりのおっさん、少し信じられないが彼の表情を見るからに本当の事だろうと佐々木は感じた。すると土井が口を開けた。

「なんかマッチングアプリでそういうのあるみたいですね。運営にばれないようにインスタとか交換してそこで投資話したり」

「そうなんだ。残念だったね和田」

和田はそんな青山の軽い態度に対して舌打ちをした。

「人ごとだと思いやがって。こうなったら街コンだ!」

そう言って和田は持っていた空き缶を握りつぶした。その勢いに気圧されたのか、新人たちは固い表情をした。

「・・・まあいいや、みんなも気を付けるんだよ」

「は、はい」

気圧されながらも佐々木は返事した。すると開發が休憩室に入ってきた。

「おう和田君お疲れ」

「お疲れさまです。えっと、みんなは開發さんのことは知ってるっけ?」

3人の表情から誰も面識がない様子だ。すると開發が和田に続いて話し出した。

「そうだよね。まあでも今月から研修参加するから話す機会はあると思うよ」

「え、そうなんですか?」

その話は和田にとっては寝耳に水だった。

「うん。なんか営業経験者から実際にロープレとか受けさせたいって。そうですよね?斎賀課長」

「ああ、何せ彼はトップセールスマンだったんだからな」

「いや、やめてくださいよ課長、俺なんてまだまだですって」

二人の会話にまたしても青山が首を突っ込んできた。

「謙遜しなくてもいいですよ開發さん。少なくともこいつの10倍は売ってたじゃないですか」

青山はまたしても和田を指さしてそう言った。流石に和田も居心地が悪くなってきたが実際和田自身営業成績はドベだったので反論のしようがない。

「そう言うな青山さん。彼だって頑張って営業してたんだから」

「課長そんな甘やかさないでください。そんなんだから彼女出来ないんですよこいつ」

「お前とりあえずその話題にしたいのか?いい加減にしろよ」

和田が先程握りつぶした空き缶をゴミ箱に捨てるとそのまま休憩室を去った。

「あーあ怒っちゃった。仲良くしないとダメだよ青山さん」

「別にいいですよ開發さん。どうせ仲良くしたくないだけじゃないですか」

その言葉に斎賀が反応した。

「いや、あいつ案外寂しがり屋だぞ」

「え?あいつがですか?」

「土井君だっけ?実は君が入るまで西岡出身の社員って入ってこなかったんだよ」

土井は意外そうな表情をした。

「え、そうだったんですか?」

「ああ。だから同じ大学の人同士で話す機会が無くて少し寂しかったってさっき言ってたんだよ」

「そう言うもんなんですね」

「同じ大学同士ってなるとどうしても学閥とかそういうのでいい響きはしないけど、同じ大学の人を求めるのって案外寂しいからってのもあるかもね」

「それで言ったら私なんか女子大だから同じ大学なんてほとんどいませんよ」

「まあ、そこは仕方ないよ。あ、もうすぐ1時だから戻らないと」

そう言って斎賀は休憩室を出て行った。それに続けて他の者も続けて休憩室から去っていった。


 望月は休憩室の様子を遠巻きに眺めていた。中には斎賀と開發と新人の3人、そして和田がいる。彼に重なって見えないがもう一人いる様子だ。顔はよく見えないが外にいてもよく通る声からしておそらく青山だろう。和田の姿を確認して望月は急に気まずい感じになってしまった。

「・・・和田さんがいる。どうしよう」

望月は胸騒ぎが収まらなかった。ただでさえ休憩室の人口密度が高いうえに先日自慰の対象にしてしまった相手がいる。そんな状況で休憩室に入れるわけがない。

「・・・あんなことしなきゃ良かった・・・でも」

そう思っていると和田が勢いよく休憩室から出てきた。雰囲気からしてどこかいらだっている様子だ。すると和田もこちらに気づいたのか、彼女に声をかけてきた。

「ああお疲れ」

「・・・あ、お疲れ様です」

望月は和田の顔をまともに見ることが出来なかった。その様子を見てさすがの和田もどこかおかしいと感じたようだ。

「どうした?具合でも悪い?」

そう言って和田は唐突に彼女の額に手を当てた。あまりに急だったので望月は変な悲鳴を上げてしまった。

「あぁ熱は無いな。昼飯は食った?」

「あ・・・えっと・・・まだです・・・ていうか恥ずかしいです」

「ああすまん・・・ああそうだ、ちょっと俺のデスク来てくんない?」

「え?」

望月は和田に連れられ彼のデスクまで来た。和田はおもむろに何かの箱を取り出した。

「連休で帯広行ったんだけどお土産余っちゃって。良かったらどう?」

彼が渡してきたのは柳月のクッキーだった。パッケージからして本店限定の代物のようだ。

「え・・・なんで私なんかに」

「いや、他の営業の人にもあげておいて。一人だけってのも不平等だし」

「あ、ありがとうございます。失礼しますね」

クッキーの箱をもらうと望月はそそくさとその場を後にした。和田はその様子をどこか不思議そうに見ていた。


 夕方に差し掛かり、その日の業務も落ち着いてきた。望月は上田に和田からもらったクッキーを渡した。

「上田代理、これ中古の和田さんからです」

「え?和田君から?・・・ああ柳月か。あれ、彼ってあっちの方出身だったっけ?」

「いや、そこまでは話したことないです・・・」

「・・・望月、お前和田君のことになるとなんか変な感じになるなぁ」

望月は図星を突かれた。だがそんなことすぐ肯定できるはずもない。

「い、いえそんな・・・別に恋愛対象とか、そんなわけでは」

「いや、俺そこまで言ってないよ。どうした急に」

望月の顔面がみるみる紅潮していった。このままでは非常にまずい。するとインカムから連絡が入った。

「上田代理、ご予約されていた加納様ご来店です」

「はい了解です。おっし、ちょっくらデリカミニ決めてきますか。あああと和田君にクッキーありがとうって言っておいて」

そう言って上田は事務所を後にした。一人残された望月は自分のデスクに突っ伏した。

「・・・恥ずかしい」

すると突然事務所のドアが開いた。そこにいたのは田中だった。

「あれ、望月さん上田は?」

「えっと、上田代理は来客中です。商談になるのでしばらく戻らないと思います」

「いやマジか、ならしょうがないか。実はオンラインで商談したいって人いるんだけど誰もいないか」

「え、オンラインでですか?」

「うん、今朝ここのハリアーにメールくれた人がこの時間帯ならオンラインでできるっていうから」

オンライン商談、望月も出始めの頃さわりだけ聞いたことはある。要は道外に住む顧客にスマートフォンを通じて店の在庫車を見せて説明するのだ。彼女の記憶が正しければ今朝連絡が来たのは名古屋の人だった気がする。

「でも誰も手空いてないかぁ。どうしよう」

田中の困った様子に望月は思わず声を出した。

「あ、あの、私でよろしければ、そのオンライン商談というもの、やらせていただけないでしょうか?」

「え、望月さんが?・・・まあ人いないし、ちょっと店長にも聞いてみるね」

数分後、店長からの許可が出て望月は商談に臨んだ。万が一のことも考えて田中もその商談に同席した。時間にしておよそ30分だったが名古屋にいる相手は満足そうな様子だった。

「他の所でも見てるんだ。結果は明日だね」

「そうですね。でもこういうのがこれから普通になっていくんでしょうか」

「多分ね。まあそれでも一番は現物を見てもらうことだけどね」

「はい」

 翌日、名古屋から問い合わせが来た人物から返信が来た。どうやら自分たちからハリアーを買いたいというらしい。これには田中と上田も嬉しそうだ。

「やったな望月。オンライン商談初めてだったんだろ?」

「いえ、田中課長が同席していただけたからですよ」

「そんな謙遜しなくていいから。じゃあ送る書類整理して納車準備していこうか」

「そうだな。まあその辺りは俺がフォローするから」

「よろしくたのんます」

そう言って田中は事務所を後にした。

「いやあ良かったな望月、あの時事務所にいなかったら実績お前のにならなかったんだからな」

「・・・そうですね」


 自室に戻った望月は今朝用意しておいた夕食を温めて食べた。棚ぼたとはいえ実績が増えるのはうれしいことだ。それと同時に望月は和田に対する想いが強くなってきている気がした。

「・・・和田さん」

望月はふと昨日の和田の表情を思い出した。どこかいらだっているが、その中に寂しさを感じる表情だった。それが何を意味しているのか彼女には理解できなかった。

「・・・あ、クッキー」

望月は彼からもらったクッキーを口にした。柳月とあって味は保証されている。だが和田からもらったとなるとまた別の感動があるものだ。

「・・・今度、お礼しなくちゃ」

その日はよく眠ることが出来た。和田に対する気持ちはまだ整理がつかないが、今度彼にすべきことがはっきりして心の中にある霧のようなものが晴れたように彼女には思えた。

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本社スタッフ達による狂騒曲〜総務の青山さん幕間1〜 大谷智和 @193Tomokayu

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