2日目
2日目。
ほんとうに八咫烏は、始業時刻にあらわれなかった。
もしやと思い、部屋の扉を押してみたが、さすがに鍵がかかっており、入ることは叶わなかった。
まあ、いい。待つことは慣れている。足を肩幅に開く。腕をうしろで組むと、清一郎はひたすら待った。
「うわ!?」
八咫烏があらわれたのは、正味3時間後であった。清一郎を見て、目を丸くしている。自分が待たせたというのに、なにを驚く必要があるのか。
「帰れよ、さすがに」
「できかねます」
八咫烏のあとに続いて、観測室に入る。
八咫烏は椅子に腰を下ろすと、清一郎に向き直った。
「昨日も言ったけど、あんたにできる仕事なんて書類整理くらいしかない。ここにいたって、国のために仕事なんかできないと思うけど」
「・・・」
「だいたい、増員希望だって出してなかったのに、なんで・・」
それは、清一郎が要人に伝えたからだ。
〝国に尽くすよう調教する〟と。
軍人としての清一郎の働きを知っている要人たちは、たいそう沸いた。あの東雲が言うのあれば。魔法使いもどきには困っていたところだ。反抗的な個体も多い。選んでやっているというのに。
それを正直に言っていいものか、測りあぐねる。もちろん清一郎の思惑とは異なる。当初は、魔法使いとなれば、それも二つ名付きとなれば、当然国に傾倒しているものかと思ったのだが、八咫烏の言動は、とてもじゃないがそうは思えない。
清一郎の調教という発言に、不快感を覚えるものは多いだろう。客観視はできている。もし八咫烏もそちら側だった場合、さらに状況は悪くなるだけだ。
しかし、それを抜きにした、観測室配属の理由とは。
「護衛です」
考える時間はなかった。だが、直感や無意識は、ときに思考よりもいい結果をもたらすことを清一郎は知っていた。
「護衛?」
「敵対勢力による諜報活動が複数確認されたのです」
八咫烏は目を丸くする。
「このことは、幹部より伏せるようにと言われておりました。ですので、真意を明かせず・・申し訳ありませんでした」
再度、頭を下げる。こうすれば、八咫烏へ情報がいかなかった理由が明確になり、八咫烏が幹部へ真実を確かめることも、おそらくしないだろうと考えた。
「足が悪いのに、護衛?」
「敵を油断させるためです」
「・・おれは囮か」
「わたしの専門は射撃ですので、このように入り組んだ建物内であれば、戦闘力に問題はありません。必ずお守りします」
「・・・まあ、いいよ。あんたの理由はわかった。なら、異動申請は無駄だな」
冷や汗が背中を伝った。八咫烏が異動を命じれば、清一郎に逆らうことはできない。
無論、スパイもいなければ、彼の護衛任務なども存在していないのだから、幹部が異を唱える理由だってないだろう。間一髪だった。
だが、たしかに乗り越えた。
「業務以外のことも、なんなりとお申し付けください。魔法使いであるあなたを尽くすことは、国に尽くすことと同義です。これほどの誉れはありません」
「・・うざすぎ」
「失礼しました。不適切な発言であったのならば、謝罪いたします」
「発言じゃない。おまえの思想がうざすぎる」
「・・失礼しました」
八咫烏は考える素ぶりをした。
「まあでも、そういうのなら、こき使っていいってことだよな」
「はい、なんなりとご命令を」
「じゃあ部屋の掃除して」
「・・承知しました」
足元を見られているが、仕方がない。
部屋のすみに溜まった埃を捨て、使われていない錆びついた蛇口をふきあげたところで、電話が鳴った。
「出て」
うなずき、壁にかけられた内線に出る。
「観測室です」
「研究科です。検体の観測依頼になります」
八咫烏を見ると、彼は内容がわかっているかのようにうなずいた。
「・・承知しました」
「では、30分後に」
電話が切れた。
「観測依頼だそうです」
「うん」
「・・観測について、お聞きしてもよろしいでしょうか?」
八咫烏は清一郎を一瞥しただけだったが、清一郎はそれを肯定と受け取り、口を開く。
「適合率をもって、なにがなされるのでしょうか?」
「何もしない。言ったと思うけど、おれは失敗作だ。でも、放り出すわけにはいかないから、こうやって適当な仕事で飼われてるだけ」
「何も? ですが・・」
「逆に言うと、おれのために観測室ができて、仕事ができた。振り分けっていう仕事だ。適合率10%以下は、新薬投与。適合率10〜60%は薬剤投与を増やす、適合率60%以上は、魔法訓練をはじめる。でも、意味は一緒だ。全員死ぬ」
・・やはり、真実なのか。分かってはいたことだ。だが、やはり、分かっていたつもりだった、としか言いようがない。
愛理。数年前に見たきりの妹の笑みが浮かび、清一郎はたまらずこぶしを握る。
国に徴用された人間が、帰らない。それは近ごろ市井で流行りの噂である。それを信じた母が、兵役中の清一郎に速達を送ってくる程度の、噂。
「だから、おれがいようといまいと、結果は変わらないわけ。そういうことをおれはやってる」
「魔法訓練でも、命を落とすのですか?」
「だって、実際は魔法で攻撃するだけだし。戦時中は、守れる魔法とか、回復する魔法が重宝されるから」
つまり、魔法で攻撃されて、防御魔法が、あるいは回復魔法が発動するのを、待っているというのか。
地獄だ。
「・・・なるほど。その通りですね」
清一郎が絞り出した言葉に、八咫烏は反応しなかった。ただ、こちらをじっと見ていた。
「適合者は、どのように選ばれるのでしょうか?」
「九頭竜が見てる」
九頭竜。九。魔法使いか。
「九頭竜は、透視能力をもってる。おれみたいに、魔力量だけじゃなくて、生理情報や身体構造までも見透すことができる。健康で、若くて、魔力がある程度備わっている人間を、選定してる」
「・・・」
愛理は、そのせいで・・。
一体いつ、どこで、その魔法使いに、目をつけられたのだろう。
「おれが失敗作なのは、そういう理由」
「・・ですが、わたしの気持ちは変わりません。あなたをお守りします」
「そりゃどうも」
次の検体は、青年だった。この間の少女と違って、外傷がひどい。
「わたしがカルテを書きましょうか?」
手伝いのつもりで申し出たのだが、あっさりと拒絶された。
「無理。このペンは魔力にしか反応しないから」
改ざんもしようがない。もっとも、しても意味がないが。
清一郎のとるべき行動は、なにか。
そう思った瞬間、青年が突然むせ込み、血を噴き出した。
八咫烏が怒鳴る。
「発作が起きてる! 体を抑えろ!」
「はい!」
指示に従うと、青年の四肢がさらに荒れ狂う。体重をかなりかけないと、担架から落ちてしまいそうだ。
すぐに、八咫烏は注射器をもって、青年の前に立った。
「腕を出して」
それを、打つのであろうということはわかった。問題は、その中身だ。だが、それを問う権利はない。
「静注ですか、それとも筋注?」
「静注」
青年にのしかかることで、両腕が自由になったため、清一郎は彼の右腕を固定した。八咫烏が肘の内側に打てるように。
「いかがですか」
「・・うん、やるじゃん」
魔力量しか見えない、というわりに、八咫烏は正確に肘窩を針を刺したように見えた。
ゆっくりとピストンを押し込む。
やがて・・青年の体から、力が抜けた。
死んだ。軍人であった清一郎には、それが一目でわかった。注射器に込められていたのは、毒だった。
「・・なぜですか?」
「なぜって?」
「貴重な、検体を。なぜ殺すのですか?」
「だって、どうせ死ぬなら、苦しいのは短いほうがいいだろ?」
「・・・」
答えられなかった。口を開けば、賛同してしまいそうだったから。なによりも、鎮静剤ではなく、毒薬でよかったと思っていたのは、清一郎だったから。
「言っとくけど、チクっても無駄だぜ。おれは必ず見逃される」
「・・そんなことは、しません。むしろ・・あなたの考えに、賛同します」
「・・・」
「死を待つだけの身であるならば、早く殺してほしい。・・わたしも、そう思ったことがありますから」
この男は、敵か、味方か。
だが、味方であろうとも、八咫烏にできることは何もない。適合率を低くしようが、高くしようが、待つのは死。ならばいっそこの手で、妹を殺してしまったほうが、いいのではないか。そのために、ここで。
「・・へえ。そんなこと言うやつ、はじめて。ここって、シンパが多いから」
「・・そう、でしょうね」
「おれのところに来たの、あんたでよかったかも」
八咫烏が、わずかにほほ笑んだ。
そのとき、清一郎の脳内に、とある考えが走った。
違法行為も、必ず見逃される。
魔法使いという、特権階級。
彼を利用すれば、適合率に基づいた制度を、変えられるだろうか。
たとえば、適合率の低いものは、解放する。適合率を、捏造する。そして、妹を救う。
一縷の望みが、見えた気がした。
8END @alba_3477
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