僕の学校の怪談
さえ
13階段
十三階段……旧校舎にある、とある階段。普段は十二段だが、夜中になると一段増えている。
十三段目を踏んでしまうと、異世界に迷い込んだり、冥界へ導かれてしまうらしい。
また、十三階段は絞首刑の異名であるとも言われている。
【13階段】
こんな噂を聞いたことはないだろうか。
――十三階段を踏んだものは死ぬ。
昔から西洋では十三という数字は忌み数として忌避されている。例えば、西洋のマンションには十三階は存在しないし、地名においても十三番地はないことが多い。加えて、絞首台までの階段数が十三段であったり、日本でも十三塚と呼ばれる塚も各地に点在している。十三は言わば、『死』や『不吉』の象徴なのである。
そんな不吉の代表数とも言われ、忌み嫌われる数字をまとった階段はこの学校にもあまねく存在していた。
この学校は、小学校にしては規模が大きく、旧校舎と新校舎のふたつの学舎がある。主に使用されるのはもちろん新校舎ではあるが、ごくまれに旧校舎の部屋――例えば、一つしかない音楽室や家庭科室などの使用時間がダブルブッキングした場合は旧校舎――を使用することもある。そのため、生徒が旧校舎に訪れることはないわけではない。だが、相当な築年数を経た旧校舎はそろそろ取り壊しの噂も囁かれている。そして、取り壊しの噂が立つととともに、あるもうひとつの噂が広まった。
子どもという生き物は噂が大好きだ。これはいつの世も変わらないだろう。それは、昔から語られる『学校の怪談』を誰もが知っていることが証明だ。
噂の大好きな小学生たちの伝播力はとてつもない。その噂は高学年のとあるクラスの女の子の間から発祥した。
『旧校舎の音楽室横、屋上に続く階段は夜になると一段増えて、十三段になるの。なんでかは知らない。でも、間違えてその十三段目を踏んでしまうと白い幽霊にあの世へ連れてかれるんだって』
先輩女子の語り口調は、何度も喧伝したのかお手の物で、彼女曰く実際に友達と数えに行ったときの話もしていた。そのときはあいにく、巡回の先生に止められあっけなく断念したそうだが、秋斗はそれを聞いてほっと胸を撫でおろした。秋斗はそういう、霊の類の話が何よりも苦手だった。実際、その先輩女子の開催した怪談大会にも参加したくなかったのだが、仲間外れもいやだったので、イヤイヤ参加したのだった。
それから一月後の七月、何の因果か秋斗は夜の旧校舎に足を運んでいたのだった。
時刻は夜の九時、家で眠る兄弟たちはもう夢の中だった。家を出るときに誰かに声をかけようとも思ったが、長兄の春人は短期の住み込みバイトで家を空けており、健やかな顔をしてこんこんと眠りにつく兄弟を起こすことは憚られた。
秋斗はやさしい子だ、誰よりも他人のことに配慮がいく。それはこの前の面談のとき、担任の先生にも褒められたところだ。だから秋斗は、『ちょっと学校にいってきます』という置き手紙をダイニングテーブルに残して、一人、学校に出向いたのだった。
大丈夫、こわくない。僕ももう小学三年生。立派な中学年だ。と言い聞かせてはいたが、ちょっぴり怖くて、いつも一緒に寝ているクマのぬいぐるみを抱きしめてこの旧校舎に足を踏み入れた。
「うぅ……おじゃま、します」
丁寧にあいさつをしてから、ギィ、といびつな音を立てるフローリングを踏んだら、今まで騒々しく鳴いていた夜の虫たちの声が一斉に沈んだ。ヒィ、と咄嗟に怖気づいた声が出る。やはり、夜に来るべきではなかった。と後悔するが、どうしても今晩、ここへ来なければならない理由があった。
それは、五限目の授業で旧校舎の音楽室を使った際、明日が締め切りの宿題を置いていってしまったことだった。秋斗の家は宿題の締め切りにうんと厳しい。宿題提出期限を一つでも守れなければ、一週間のおやつ抜きが待っている。それは、兄弟皆が恐れている処罰だ。課せられる罰の重さに圧倒されるのか、兄弟の中で宿題を忘れたものは今までで一人もいない。だからこそ秋斗は今晩、ここに訪れた。
虫も静まり返った旧校舎の廊下は、不気味な口を開けた蛇の食道と似ている。月光のみの校内で秋斗を案内するように輝く非常灯の緑が、胸をざわつかせる。
あいにく音楽室は正面玄関から一番離れた棟の四階に位置している。たどり着くまでには、ボロボロのロッカーがいくつも並ぶ3-Aの教室に、半壊した人体模型が置きっぱなしの理科室、暗闇にぽっかり浮かぶ石膏像が置かれた美術室、鍵がかかって開けられない保健室、秋斗が思う、旧校舎ホラースポットベスト4を全て通り抜けなければならなかった。一人きりの旧校舎がこんなにも怖いだなんて、秋斗の細く白い身体がカタカタと震えて止まらない。外を見ても新校舎に光は灯っていないし、きっと二つの校舎の中には自分しかいない。秋斗は急にぞっとして、廊下は走ってはいけないものなのに、全力で駆け抜けた。
秋斗は幸い、足が早かった。夢中になって走っていたら、あっという間に音楽室の前に着いていたのだが、いざ中に入って宿題を探すも、ない。自分が座っていた席の引き出しには、誰かが忘れていったリコーダーが入っているだけだ。
「え、えぇ……? ど、どうして……」
勢いよく走ってきたせいで少しばかり息が上がっているのも相俟って、音楽室のあちこちを見回してもうまいこと目的の物を見つけることができない。
――たしかに引き出しの中に入れたはずなのに……。
教壇上のベートーベンが怒り気味の顔をして秋斗を見つめる。バッハも、モーツァルトも、メンデルスゾーンもまばたきせずに、青白い秋斗を眺めているのが不気味だ。むしろまばたきでもしようものなら、すぐにこの部屋から逃げ出してしまいたいが。
それにしても、机の引き出しの中にも、グランドピアノの中にも、楽器室にも宿題のプリントがない。どうしよう。このままじゃ家にも帰れないし、ここまでがんばったのに全てが水の泡だ。泣いてしまいそうになりながらも、一つ一つ、引き出しを開けて、全ての引き出しを開け切ったが、どこにも秋斗の宿題プリントは入っていない。秋斗たちが受講した後は、どのクラスもこの音楽室を使っていないはずなのに。目じりに涙が溜まっていく。鼻の奥もツンとしてきた。
「にぃちゃん……こわいよ……」
すると、誰もいないはずの校舎にも関わらず、廊下からガタリ、という物音が聞こえた。咄嗟に目線を投げた曇りガラスからは人影が見えない。
「え、だ、だれ……ですか、先生……?」
警戒なくドアを開け放つのにはいささか不安があった秋斗は、そぉっとドアを開けて隙間から廊下を覗いた。が、やはりそこには誰もいない。たしかに物音はしたはず。おんぼろ校舎がそよ風で軋んだだけだろうか。それにしては、はっきりとした床の鳴る音だった。
巡回の先生が行ってしまったのだろうか。廊下に出てみて左右をキョロキョロすると、白い布切れが角を曲がっていくのが見えた。
「あ、待って……!」
あれはきっと先生だ。理科の先生はたしか白衣を着ていたはず、今日はきっと彼の巡回当番の日だ。秋斗は走って、角を曲がった。どきどきの鳴り止まない心臓と、クマのぬいぐるみを握りしめて、曲がった先の階段を上った。
上った。上ったのだ。曲がった先の階段を。
上った先には屋上への入り口が見える。ここは、音楽室横の階段、唯一屋上へ続く階段だ。秋斗は薄い胸板を突き破りそうな心臓を押さえて、自分の足元を見た。ここはまだ六段目、まだ階段半ば。取り返しはきく。けれど、もう前を見ることができない。
どうしよう、どうしよう。前を向いて、理科の先生でない人がいたら、白い何かがいたら、どうしよう。足がカタカタと震えて、前にも後ろにも進めない。腕の中で秋斗を見つめるクマの黒々とした瞳があまりにも無機質だ。
こんなことなら、兄弟を起こすんだった。怖いのを我慢して、すこしお兄さんになれたと思ったのは間違いだった。秋斗は溢れ出す涙を止められないまま、棒立ちになるしかなかった。
「おっと、べっぴんさんがどうしたんだい」
飄々とした明るい男の声だった。
それは、上の方――屋上への入り口――から聞こえたように思う。だが、それは理科の先生の声じゃない。もしかして、噂の幽霊ではないだろうか。しかし、それにしてはあまりにも陽気すぎた。
秋斗は意を決して前を向いた。
「お、やっと前を向いてくれたな」
「あ……、あなたは……」
屋上への入り口、十三階段の十三段目に純白の彼は立っていた。
見たところ、彼は高校生くらいに見える。いや、兄の春人と同じ大学生にも見える。だが、教師のようにも見えた。幼くはないことはわかるが、いくつかはまるでわからなかった。年齢不詳だ。もしかして、れっきとした人間なのだろうかと考えもしたが、つま先からふくらはぎにかけてうっすらと半透明だった。やはり幽霊なのだ。だが、不思議と悪い感じはしない。
彼は、カッターシャツに黒いスラックス、シミひとつない白衣を着て、右手に、名前欄に『秋斗』と書かれた宿題プリントを掲げていた。
「探し物はこれかい?」
「あ! は、はい……!」
幽霊相手にもかしこまってしまうのは秋斗のいいところでもあり、欠点でもある。この性格のせいでクラスの勝気な男の子からはよくからかわれてしまうのだ。
秋斗は目の前に幽霊がいるのにも関わらず、落ち着き払っている自分に首をかしげた。子どものころに読んだ絵本には、おばけは悪い子を連れて食べてしまうんだ。と書かれていたし、先週も放送していた夏の心霊特集番組でも、嘘か本当かはわからないが、評論家が悪霊と評する霊がたくさん写っていた。だから、幽霊は恐ろしいものなのだ。なのに、秋斗は彼から目を離せないでいた。
まるで結婚式のベールをかぶっているような、繭糸のごとく透き通った白髪と、目元にびっしりと生えた白く幸の薄いまつ毛、梔子色の宝石の瞳、秋斗よりも青白く血色が悪いロウのごとき皮膚――これは死人の身体のまま幽体になったからだろうか――が、生きてきた八年という短い月日の中で、いっとうにうつくしかった。それでいて触れたら壊れてしまいそうなほどもろかったから、どうしても目を逸らすことができなかったのだ。
彼は呪われた十三段目から浮遊するように数段下りると、白衣のポケットから取り出した包みと、プリントを秋斗へと手渡した。その無防備な指先も、足先と同様に透過している。死ぬ直前に爪を切り忘れていたのか、きれいな指に生え揃った爪は十本すべてが長い。鋭い爪先はすこしだけ秋斗と似ていた。
「あ、あのぅ、これは」
「ああこれか、これはな、飴だ。そんな、おっそろしいものじゃあないぞ」
不安げな秋斗の顔――この困り顔は生まれつきだが――を見て、白い彼はにへらと笑った。やはり、この幽霊からは恐怖をまったく感じられない。どちらかというと好印象であるし、まだ会って間もないが、春人のような兄らしささえ感じる。彼には生前、弟がいたのだろうか。
名前を尋ねると、彼は『一ケ瀬史季』と名乗った。生まれ年を聞いてみたら現在から数えて約三十五年ほど前だった。享年は二十一歳、要は十四年前、彼は死んだ。秋斗が考えていたよりも、最近のできごとだった。それでも優に、秋斗の人生を超える時間を、彼は幽体となりこの世をさまよっているのだ。
秋斗は珍しく舌がせわしなく回るのをひしひし、感じていた。
彼は十四年前、この旧校舎――そのころはまだここまで古びてはいなかっただろう――に教育実習の一環で訪れたらしい。配属クラスは3-A、今の秋斗が所属しているクラスだ。そのクラスの副担任のポジションとして、主に理科を教えていたそうだ。だから彼は白衣を着ているのだと、早々に合点がいった。
白衣の深いポケットには色とりどりの飴玉の包みが入っている。きっと教え子に配り渡っていたのだろう。打ち解けやすさからいっても、生徒からは人気の先生だったに違いない。それがどうして、死んでしまったのだろう。どうして、この階段に住み着いてしまったのだろう。
考えれば考えるほど、思考の糸がこんがらがっていく。この陽気さから言えば、昨今はやりの自殺でもなさそうだし、色白ではあるが病弱にも思えない。そうとなると結論はひとつ、不慮の事故だろうか。
「それにしても、俺が怖くないのか、きみは」
詮索をしすぎただろうか、秋斗の湧き上がる興味の泉は枯れることを知らなかった。
彼がまばたきをするたびにキラキラと輝くまつ毛がとてもきれいで、のめり込むように顔を覗いてしまう。少々あつかましかっただろうか。だが、史季の問いに首を横に振れば、彼は生徒であればいちころのやさしい笑みを浮かべて、秋斗のちいさな頭を撫でた。正確には幽体のため、触れられてはいないが。史季の大きくて、冷たい手のひらのような気配の塊が心地いい。兄の春人とは異なった、穏やかな手のひらだ。
「変わった子だな。えっーと、名前は……、秋斗、か?」
史季はちいさな背に合わせて、シャンと伸びた背筋をまあるく折り曲げた。彼はニッ、と歯を見せて笑った。
「最近は変なうわさばかり立つからなあ。肝試しに俺を冷やかしにくる生徒も増えたもんだ」
「そ、そんなにみんな、来るんですか……?」
「ああ、そりゃあもう。けどな、みんな俺の姿を見るだけで怖がって逃げるんだ。だから、怖がらないのは、秋斗が初めてだ」
――よければ、俺の話相手になってくれないか。
彼はそう言って人懐っこい顔をして、秋斗を見つめた。この幽霊はよく笑うひとだ。きっと、今も生きていれば生徒からは大人気で、女性にも好かれて、結婚もしていて、かわいい子どももいて、幸せな家庭を築いていたんだろうなぁと思った。でも、彼の手足は半透明。その視えるだけの体には血も、もう通っていない。
「僕で……いいんですか?」
「ああ、きみがいいんだ」
それから、秋斗は兄弟たちの入眠を見計らっては旧校舎の十三階段に訪れるようになった。
夜の旧校舎は雰囲気も恐ろしければ、巡回の先生に見つかるというリスクがあった。もし見つかってしまえば、この学校では、即、親を呼び出すという形になっている。なにせ、旧校舎は年季の入ったおんぼろ校舎だ。木製の床は傷だらけやら、柱はところどころ白アリに食われていたりやらでだいぶ脆くなっていて、学校側としては勝手に怪我をしてもらっては困るからだろう。
だからと言って昼に行くのは意味が無い。十三階段は昼間は十二段のままなのだ。夜に行かなければ史季は現れないし、現れることができない。それはきっと、生徒が撒いた噂が『夜になると十二段の階段は、十三階段になる』といったものだったからだ。つまり昼間は絶対に十三段にはならない。幽霊という存在は儚くもろい。喧伝された噂によって彼らは姿を保っているとも言える。誰も覚えていないことは、存在しないことと同じだ。彼は死して、子どもたちの噂のなかで生きながらえている。
秋斗は今日も、兄弟たちが寝言を言い始めたのを合図に家からそおっと飛び出した。それでも毎日、置き手紙は丁寧に書いていた。
心臓の鼓動高らかに旧校舎にたどり着くと、何度訪れても慣れない正面玄関や理科室の前をちいさな歩幅ですばやく駆け抜ける。使用禁止の理科室で半壊している人体模型や骨格標本は、史季が生きていたころはまだ新品だったらしい。彼は、いつも人体模型を使って生徒を驚かせていたそうだ。歳のわりに、ちょっぴり幼いところがあるひとだ。それがまた、彼の親しみやすいところのひとつなんだと思う。
「史季さん!」
音楽室の真横の階段の途中まで駆け上がると、最上段に名前のごとく白い衣をまとった史季がゆっくりと秋斗の方を向いた。
「お、今日は五分、早かったな」
「すこし近道してきました」
「そうか~早く来るのは俺もうれしいが、危ない道は通るんじゃないぞ」
先生然とした口調で史季はにっこりと微笑んだ。
「それで、今日は何をしようか」
「はい! 理科の授業の宿題をいっしょに、したいです」
今日の三限目の理科では、昆虫と動物についての宿題が出された。どういったものかと簡単にまとめれば、虫の種類によって異なる足の本数だったり、動物の習性を覚えるためのものだ。ぺらぺらのプリントの上にはクモやアリ、ダンゴムシやチョウの絵が描かれている。理科の教科書に載る彼らの写真よりもいくらかポップだ。
史季は、まだペンの走っていないプリントをまじまじと見つめ、ふむふむと軽く頷く。
「ダンゴムシの足は何本か知ってるか?」
史季は十段目に腰掛けると、いつものように秋斗の顔を覗き込みながら問う。このときのやさしいまなざしが大好きだ。久しく会っていない長兄のことを彷彿とさせる。
秋斗は横に首を振った。ダンゴムシはクマと違って足がたくさんあって、見ていると胸の奥がぞわぞわするから苦手だ。
「王蟲の足とおなじだけあるんだ」
「……? 王蟲の足と、おなじだけ……? でも、あの……数えられないくらいあるような……」
史季が『王蟲』を知っていることに少しばかり驚いた。秋斗は先週の金曜日にテレビで放映していた、その有名なアニメ映画を初めて観たのだが、制作されたのは比較的最近だと思っていた。
「あ、じゃあ足じゃなくて、目とおなじだったかもなあ。たぶん、目だ、目」
それなら合点がいく。目の数は秋斗でも数えきれるほどだ。
「まあ、俺もあれを観たのはずいぶんと前だからなぁ。あんまり覚えてないんだ」
どうやら彼が言うには、史季が二十歳を迎えた年にそのアニメ映画はスクリーンで放映されたらしい。今から約十五年前の話だ。彼は一世を風靡したその映画を一人きりで観に行ったらしい。大学仲間は皆、試験勉強に追われて史季の誘いを断わったためだ。
そのとき史季はらしくなく、鑑賞後に泣いたそうだ。でも今となっては内容もおぼろげで、どこで泣いたのかも覚えてはいない。ただ、生きていたころの懐かしい記憶の一つとして、史季の中に微かではあるが存在し続けているようだ。ちなみに、ダンゴムシの足も、王蟲の目も十四個らしい。
「史季さんが生きていたときのこと、もっと知りたいです」
ダンゴムシの足よりも、ずっと、彼の生前の話の方がおもしろそうだ。秋斗は頭の裏側に浮かんだ、うじゃうじゃ足のビジョンをかき消すと、目を輝かせて史季を見た。
「お、宿題はいいのか」
「よくは……ないです。でも、今はそっちの話の方が、聞きたい気分なんです……わがままですか……?」
彼はそれを聞くと、いたずらっ子の顔をしてウインクをする。右目はまんまるく開いていて、左目はきっちり閉じている、まるで絵に描いたようなきれいなウインクだ。
「わがままな子はきらいじゃないぞ」
そうしてこの翌日、秋斗は初めて宿題の提出期限を破ったのだった。だが、お菓子よりも、史季の四方山話の方がうんと魅力的だった。
たとえば小学校、中学校のやんちゃ話――史季はたいそう手のかかる子どもだったらしく、親の手を焼いたそうだ――や、高校時代の話はまだ秋斗には遠い先のことだったが、史季が生き生きと修学旅行や文化祭、体育祭のことを語るものだから早く歳をとりたいと思った。彼が言う「楽しかったあのころ」を早く経験したくてたまらなくなった。
いつしか秋斗は、自分が彼よりもずっと遅れて産まれてしまったことを後悔するようになった。生きていた彼と、友達だった人々が羨ましい。もし、もう一度生まれ変わるとしたら、彼と一緒に学校生活を送って、ともに笑い合って、生きている彼とこういうふうに言葉を交わし合いたい。そんなこと、絶対に無理だけれど。
それは、小学三年生なら誰もがわかることだった。半透明の指先はいつだって秋斗の手の甲をすり抜ける。それがもどかしいのに、彼はそんな秋斗のいとけない気持ちなど露ほども知らない顔をして、無邪気に笑うのだった。
秋斗は今夜もまた、兄弟たちへ置き手紙を残して、旧校舎を訪れた。明日は夏休み前、最後の登校日だった。ちいさな胸の中は、期待とドキドキでバルーンみたく膨れ上がっている。心なしか心臓はいつもよりうるさいし、持久走をしているような息切れがある。
夜の旧校舎を、平均よりもちいさな十八センチの足ふたつが駆ける。史季に会える喜び、あさってからはおやすみのワクワクで、歩幅が知らないうちに広くなる。二年生のころから替えていない上履きで床を鳴らしながら、音楽室横にたどり着いた。史季は、今晩も真っ白な白衣を翻して十三段目に存在していた。
だがどうしてだろう、屋上への扉から入り込む月光のせいだろうか、彼の顔にはいつもの屈託のない笑みが浮かんでいない。
「……よっ。今日も早かったな」
彼は秋斗でもわかるほどぎこちない笑みを浮かべた。秋斗は、手に持った自由研究予定表をぐっと握りしめた。予定表には今年のテーマにしようと考えている「学校の怪談とその幽霊の話」のメモが書かれていた。
小学一年生から通っている習字で上達した、達筆な文字がくちゃりとゆがんだ。
「史季さん……?」
「ああ、どうした」
珍しい。いつもなら秋斗が来ればすぐに、何段か下りてくる彼は、今晩、十三段目に腰かけた。十三段目の幽霊が彼だとわかった今でも、その最上段に触れることはためらわれる。
恐る恐る階段を上ると、十一段目で秋斗は屈んで彼のうつくしいかんばせを覗いた。相も変わらず、絵を模写したような作りのそれは見とれるほどだ。けれど、今日ばかりはそのうつくしさが悲しみで翳っているように見えた。
「……具合、わるいんですか」
「秋斗はおもしろいことを言うなあ。俺は幽霊だぞ」
二ィ、と上手につり上がった口角が不気味だ。彼はきっと嘘をついているのだろう。わかりやすいひとなんだ。
「でも今日の史季さんは、お腹でもいたそうな顔をしてます……」
「はは、幽霊は風邪も引かないし、痛みも感じない。もちろんお腹も痛くないし……でもなあ」
梔子色の瞳が瞬くたびにチカチカと反射する。瞳を覆う膜はいつもより分厚い。彼はまた不器用に笑う。
「やっぱりどこか痛むんですか……?」
俯き気味の彼の両頬を手で包むと、そこはまるで氷のように冷たくて気持ちがいい。真夏の蒸した夜にはちょうどいいのに、秋斗は素直に喜べない。
彼は痛々しげな顔をして、秋斗の手の甲に自身の手を重ねた。もちろん、彼の手は秋斗のちいさな手をすり抜けてしまう。それでも不思議と、体温のようなものを感じるのは気のせいなんだろうか。
「いいや、体はどこも痛くない。まったく、痛くない」
よかった。秋斗は一言こぼすと、手のひらにすり寄ってくる気配に、胸がきゅうと切なく引き締まるのを感じた。史季はいったい、どうしたのだろう。彼は今、先生の顔ができないでいる。きっとこういうときは、顔を見てはいけないのだ。
やさしい秋斗は足元に視線を落として、彼の言葉を待った。
「……なあ、秋斗。そんなこと、自由研究にするのはやめたほうがいいぞ」
どうやら見られていたらしい。何段か下に落ちたプリントが切なげにこちらを見つめていた。
「どうしてですか、僕は、これがいいです……」
「いいや、これはやめだ。先生は言うことを聞く、いい子がだいすきだ」
顔は見えないが、史季がこちらを覗き込んでいるのがわかった。
だいすきだ。その言葉に、ジリジリと幼い胸が焦げていく。
「こ、この前はわがままな子はきらいじゃないって、史季さん、言ってました」
「……そうか? 俺はわすれっぽいからなあ」
じわあ、と秋斗の色素が薄い目元に薄い水の膜が張る。まばたきをするごとに目尻が潤っていく。これ以上はだめだ。と、必死に目を開いて、こぼれ落ちそうな涙をすんでのところで押し返す。
今日の史季はいじわるだ。秋斗の言葉を否定ばかりする。
「で、でも、言ってました」
「そうかぁ……でもな、そんなこと自由研究にして、気味が悪いといじめられたらどうする? オカルトオタクだとか、言われたくないだろう。ま、もし秋斗がかまわなくても、俺が嫌だな」
「……そんなこと、なんて言わないでください。そんなことなんかじゃない、です」
これは大切な、史季の話だ。そんなこと、なんて簡単な一言であざ笑わないでほしい。
「僕は、僕は……史季さんが、わるいひとじゃないって、みんなに伝えたいです」
秋斗はまだ俯いている。
「史季さんはわるいおばけじゃないんだよって」
「ああ、秋斗はやさしいな。でもな、やめたほうがいい」
ただ、悔しかった。どうして史季はそんなことを言うのだろう。やっと話し相手ができた、と秋斗へ楽しげに語っていた彼は、友人を求めているように見えたのに。だから、みんなに彼が害を成すものではないと知らせたかったのに。なぜか秋斗の背を押してはくれない。
「で、でも……」
「でもじゃない。こんな話が自由研究だなんて、ましてや俺のためなんて。……みんなからも、先生からも変な目で見られていいのか?」
「そんなことは絶対ない……です……」
「俺の言うことを聞いてくれ。教師はこんなくだらない話題に寛容でもないし、みんなは、秋斗が思っているよりやさしくなんかない」
「……それは、あなたもですか」
ようやく秋斗が顔を上げると、目の前にはうつくしい男のぐっちゃりとゆがんだ顔があった。
泣きそうならば、泣いてしまえばいいのに。きっと、変にプライドがあるのだろう。しかめられた顔の中で、眉がぐにゃりと下がっていた。
「……そうだなあ。俺も、そうかもしれないな」
史季はひどく息苦しそうだ。息も絶え絶え、といった感じだろうか。
秋斗は、自分から質問しておいて、彼の返事を否定した。史季はやさしいひとだ。知っていたのに、あえて問い正した。秋斗は彼に、ただ、自分は違うと言ってほしかったのだ。
ブンブン、と水浴びした動物のように頭を横に振る秋斗を、史季は冷たい身体の中にぎゅう、と閉じ込めた。熱さまシートみたくひんやりとした胸が、頬にあたって心地がいい。
「……なあ、秋斗」
鳴らないはずの彼の心臓が、とくりとちいさく動いた気がした。
「……俺はもう、きみにさようならしないといけないかもしれない」
ああ、これが「でもなあ」の続きの言葉だったのか。やはり、痛いところがあったのだ。
どうしてですか、と、秋斗は口を動かすことができなかった。ただ、はっきり視えているのにすり抜けてしまう身体を抱き返した。秋斗はもう彼の言葉を聞きたくなかったのだが、史季はつかえながらも、一言一言、大切そうに話すものだから耳を塞ぐこともできなかった。
「きみも、知っているとは思うが、もうこの校舎はおんぼろだ」
「……はい」
「あちこち木も腐って、この前も生徒が一人ケガをした」
「………はい」
「いろんな噂があると思うが、ついに、あさってからこの校舎に工事業者が入る」
「…………はい」
「この校舎は解体されるんだ」
「……………」
「そうしたら俺は」
そこから先は、秋斗にはどうしても聞くことができなかった。
秋斗は彼のつめたい身体を振り払う――実際はすり抜けてしまうのだが――と、一目散に軋む校舎を駆け抜けた。おんぼろ校舎を背に門扉を抜けたら顔中ヒリヒリして、涙がとまらなかった。
どうしてそんなことを言うの。やっと旧校舎にも物怖じせず来れるようになったのに。史季は意地悪だ。けれど、どれだけなじろうとも謗る言葉のひとつも出てこない。それに校舎の解体は史季の望んだことじゃない。
秋斗は涙を拭うことも忘れて家まで走った。秋斗は知っていた。今からどれだけ声をあげようとも校舎は解体される、と。そしてきっと史季はいなくなるんだ、と。だって階段がなくなってしまえば史季がそこにいる意味はなくなる。
扉を開けて静かに入った寝室ではみんながふとんも被らずに眠りこけていた。うらやましかった。幸せそうに眠る兄弟たちを起こせやしないのに、今は少しでもひとの気配が恋しくて秋斗は声殺しながら汗だくになってみんなの体温に埋もれて眠った。夢を見ることもなかった。
翌日。起きたころはもう朝の八時を過ぎていて、夏休み中のラジオ体操もとっくに終わっていたがそれどころではなかった。飛び起きたあとは寝癖もそのまま、パジャマも着たまま家から飛び出す。適当に履いたせいで誰のかもわからないサンダルでは本気が出せない。けれど史季に注意された近道を通って、ヒザを擦りむいても秋斗はとまらなかった。
息切れとともに見えた二つの校舎は既に解体に取り掛かっていた。大きなクレーン車が鉄球でゴチン、ゴチンと史季のすみかを壊していく。
「あ、あ、」
ぜェ、はぁ、ぜぇ、はァ。
やめて、やめて、それ以上壊さないで。とは言ってみても誰の耳にも思いは届かない。重機のモーター音とコンクリートが剥がれていく音は残酷な色をまとって校舎を染めていく。真っ白な校舎が薄汚れていく。
秋斗の瞳からは大粒の涙があふれて止まらない。
「あ……う…………」
握りしめたフワフワのパジャマに無数のシワが走る。
無機質な鉄球。冷たい機械のような大人の瞳。乱暴な工事業者の声。いびつな音を出すノド。耳に流れ込んでくる音、一つ一つがうるさい。
「やだよう」
鉄板の上みたいにアツアツのアスファルトにしゃがみこむと、陽炎で校舎がユラユラ揺れる。ガシャン、ガシャン。剥がされた校舎の皮がズルズルとグラウンドに落下していく。
どれだけむせび泣いても、あの体温のない気配は秋斗を慰めることはない。ボタボタとこぼれ落ちる涙は、すぐにアスファルトの熱によってジュワと蒸発していく。それがまた虚しくて、秋斗はこぶしを握りしめた。
真夏の日射に照らされた校門前で、蘇る記憶はいつだって涼やかな史季との思い出ばかりだ。
恐ろしかったおばけの怪談は、いつしか史季との出会いのきっかけとしてうつくしい形となって、心の真ん中にしまってある。今では一番の宝物だ。
胸に手を押し当てたら、いろんなできごとが間欠的に吹き上がってくる。やさしいまなざしに、あたたかい声音、わかりやすい宿題解説に、いつも絶対に渡してくれるあまい飴。すり抜けてしまう手のひらが、頭を撫でる、あの、えも言えない愛おしい温度。
あの透き通る、白い姿にもう一度会いたい。
目の前で瓦解していく校舎をしっかりと視界に捉えながら、秋斗は走った。塀をぐるりと回って、裏門からこっそりと敷地内に入り込む。春人にバレたら説教ものだ。けれど、秋斗の足は止まらない。
ちいさな足が、サイズの合わないサンダルをカパカパと言わせながら駆ける。新校舎の裏を通り過ぎて、息を切らしながら体育倉庫横の木陰まで全力で走った。ここはちょうど、旧校舎の音楽室が見えるところだ。
「はあ、はァ……」
切らした息とともに、ドッと涙の波が押し寄せた。
木陰からのぞんだ旧校舎は、屋根がはがされて剥き出しになっていた。階段も丸見え、音楽室ももう頭がなかった。けれど、秋斗に過去に浸る間も与えず、鉄球は勢いよく校舎をぶち抜く。
ゴッ、ゴッ。
容赦のない、無感情な鉄の球。秋斗の思い出を壊す、暴力的な鉄の球。史季を殺した鉄の球。
「あ、あぁうぅ……うぅ……」
ごつごつ、ぐちゃり。
晒された十二段の階段は、あっという間にひしゃげた。秋斗に、祈る猶予も与えずに鉄の球は事務的にそれを壊した。
秋斗は騒々しい機械音と瓦礫の崩れる音に混ざるようにして、大声で泣いた。こんなに大きな声は、今まで出したことがない。ノドがピリピリして、熱い。それでも腫れっぱなしのまぶたや、胸の方がずっと熱くて痛い。
――どうして、あんな別れ方をしてしまったんだろう。
秋斗は後悔せざるを得ない。史季とて、好きで校舎を壊されるわけではないのだ。本当はもっとあそこに居続けたかったのだと思う。もっと、きれいな形で成仏できるように、たくさんのひとと話して、幽霊としての生をまっとうしたかったはずだ。
秋斗だって、そうだ。
もっとたくさん史季の話を聞いて、笑いあって、宿題を一緒にして、手をつないで、抱きしめあって、また笑って、話して、キスもしてみたかった。
けれど、それももう叶わないのだ。噂によって生を得た彼は、噂の消滅とともに死ぬ。彼をつなぎとめていたあの、旧校舎の十三階段はもう存在しない。
「ううぅ…………う゛ぅ……やだ、やだよう……やだ……やだ……」
駄々を捏ねても目の前では旧校舎の解体ショーが無慈悲にも進んでいく。もう、思い出の場所は跡形もない。
秋斗は泣きじゃくりながら、ノロノロと立ち上がる。というのも、遠くの方から乱暴な男の声がこちらに向かって飛んできたからだ。「工事しているから危ないぞ!早く帰ってくれ」という、おじさんのしゃがれた声だ。ここは本来立ち入り禁止なのだから仕方ない。
ずっしりと、身体が水を吸ったように重いのをこらえて、秋斗は来た道を歩む。一つ進めば、史季は微笑み、二つ進めば、彼は背を撫で、三つ進めば、ニコリと笑って手をつないでくれる。思い出の一つ一つが、瓦礫が落ちる音と一緒に消えていく。ガシャン、ガシャン。ガシャン、ガシャン。ウィーン。ウィン。機械音と騒々しい音、史季の心地よく冷たい温度。一緒くたになって、秋斗の身体を埋め尽くす。
ぐすぐす。ずび。鼻をすすって、直射日光を浴びながら歩いているとフラフラしてきた。朝から飲まず食わずで日の下にいたせいだろうか。涙を拭っていた手を額にスライドさせると、そこはインフルエンザのときみたいに熱い。いけない、これは熱中症だ。わかっているのに、身体は重たく、視界もかすみ、吐き気がノドを這い上がる。
助けて、助けて。という声さえ出ない。頭が徐々に石のように重たくなり、足は何かに掴まれたかのように動かなくなり、心臓の鼓動がおかしな早さで脈動する。もうだめだ。もうだめだ。心の中では、史季とそのことしか考えられなくなった。
助けて、助けて。声に出すこともできず、秋斗はただ力ない身体を、熱を吸った地面に横たえたのだった。
*
パチリ。ずっしり重いまぶたを開いたら、そこには心配そうな兄弟たちの顔がたくさん、秋斗を覗き込んでいた。その中には長兄の春人もいた。
「あ……」
秋斗の一言を聞いて、兄弟たちはなだれ込んだ。春人の冷静な言葉を聞くに、秋斗は丸二日目を覚まさず、死んだように眠っていたらしい。兄弟たちはそれを見て大泣きしていたようだ。秋斗のちいさな身体に顔をすりつける皆は、頬にくっきりと涙の筋が浮かんでいる。どうやら、交代で秋斗の目覚めを待っていたようで、起き抜けに次兄から説教と安堵の言葉を投げつけられた。
兄貴肌の次兄の頬にも、同じような涙の道筋ができていて、秋斗はまた泣きそうになった。心配をかけてしまったこと、あとは罪悪感だ。
「でもよかった、秋斗の目が覚めて」
春人はそう言って、泣きじゃくる兄弟たちごと秋斗のことを抱き締めた。あたたかい、人肌の体温が大きな腕で包んでくれる。ああ、これだ、大好きな兄の温度だ。秋斗はまた涙を流した。あまりにも春人が、兄弟たちがあたたかくて、真夏のくせに汗だくになって泣きじゃくった。
秋斗たちはしばらく泣いて、それはもうノドがかれて、涙も出なくなるほど泣いた。そうしたら、誰かの腹の虫がグゥゥと大仰な音を立てて鳴いて、部屋中に笑いの波が広がった。三男なんかが、もぉ~!と頬を膨らませながら、キッチンへと消えていき、下の弟もそれに続くように消えていった。それがなんだか久しぶりで、秋斗は口元を緩ませて微笑んだ。ほかの兄弟も、昼食の時間だ! と、目を拭って立ち上がり、各々に準備のため散らばっていった。そんななか、やさしく微笑んだ長兄だけが、秋斗の目の前に座ったままだった。
「ほんとによかった、お前が無事で」
すると、もう一度抱き締められた。あたたかい。
けれど、ふと疑問が浮かんだ。秋斗には校舎裏からの記憶がまるでない。倒れたあと、どうしたのだろう。工事業者のひとが気づいてくれたのだろうか。それとも春人が助けてくれたのだろうか。首をかしげている秋斗に、春人は頭を撫でて口を開いてくれた。
「どうかしたか」
それに対して、秋斗は直球に聞いた。どうやって僕はここに戻ってきたのか、と。そのとき、ちいさな胸はソワソワとざわめいたのだ。あえかな予感に、打ち震えた。
「名乗らなかったが、白衣を着たやけに白い男が秋斗をここまで運んでくれたんだ」
──今度、お礼しないとな。
そう呟いた春人の言葉を聞き終わる前に、秋斗はまた泣き出してしまった。そうして、パジャマをまた握りしめたらポケットの中になにやら違和感があったのだ。
溢れ続ける涙はそのままにそこへ手を突っ込んで、物を取り出した。春人は泣いたままの秋斗の頭をよしよしと撫で続けていた。秋斗は手のひらに転がった黄色い包みの飴を見て、大声を上げてわんわんと涙をこぼし、春人は秋斗をまた、そっと抱き締めたのだった。
あのひとみたいな黄色の飴玉は、今でも食べられずに、僕の勉強机にひっそりとしまい込んであるままだ。
僕の学校の怪談 さえ @sae_sass
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