「Who am I……?」

白崎 奏

本文

「Who am I……?」


第一声はゆっくりと発せられた。

それは、ふと無意識的に呟いたものだった。

いや無意識ではあるが、一種の意識的なものだったのかもしれない。


自分の視線の先には1つの文。


『Who are you?』


「I am……,I am……,」


こんなに単純な質問に、私は答えられなかった。






次にゆっくりと目を覚ました時、ここが部屋だというのはすぐに分かった。

白い壁は、無機質に冷たく、まるで何もかもが私を押しつぶすように包み込んでいた。

足元の床は硬く、動くたびに冷たさが足元に染みる。


何も思いだせない…………。


昨日はいつものように、「何か」をしていた。

それも「誰か」と。


本当に何も思い出せない。


まるで誰かに盗み取られたような記憶の感覚。

まるで誰かに売られたような感覚で、自分自身の名前もまた浮かばなかった。

ただ、記憶にあるのは「昨日」という言葉のみ。


辺りに人の気配は無く、ただひぐらしの鳴き声がうっすらと聞こえる程度だった。

それでも鳴き声に耳を傾けると、なんとなく安堵感が生まれた。

外の世界がまだ存在するのだと感じることができたから。




この部屋に窓は無くとも、持ち前の知識で今が夏の夕暮れ時だということはすぐ分かる。

分かったところで、どうにもならないが。


最後の自分の意識はどこだったのか、それすらも浮かばない混沌とした過去。

まるで「過去」そのものが無かったかのように思えてくる。


今この瞬間に構築された「現在」に生き、「未来」を受け入れ、

「過去」などは元から無かった。


そう言われても納得できるほどに自分の心は深い考えに浸食されていた。







「Who am I……?」


まるでまだ長い夢を見ているようで、それが夢ではないことに気が付くまで時間が掛かった。


前日の寝た記憶すら覚えていない。

そもそも寝ていたのかすらも分からない。

実は意識が突然途切れてしまったのかもしれない。


時空的な跳躍を、意識を媒介として行ったのかもしれない。


ただ部分的な記憶がパズルとなって散らばっただけで、

組み立てることすら容易ではないほど細かく分けられていた。

そういう感覚だった。




部屋を出ようと思った。

理由は特にない。

特に理由がないからこそ、部屋を出たいと思うようになったのかもしれない。


この自分自身を囲い続けている白い部屋からどうにか脱出しよう、そう決意した。


ただ決意しただけだった。


どこが出口かも分からない。

そもそも外に通じる穴が見当たらない。

確かに昨日ひぐらしの鳴き声が聞こえた。

きっと壁は薄い。


そう確信して、壁に強く当たってみる。


だがそんな甘い話はなかった。


痛みが全身を走り、ただ己の無力さを感じるばかりだった。

しかし、その痛みの中に、少しだけ怒りのようなものが芽生えているのを感じた。



なぜ私はここに居るのか、

この疑問は幾度となく直接脳に押し寄せてくる。


その荒波に対抗するために使った言い訳は、大波に押し流されてしまった。


どれだけ助けを呼んでも、世界は依然として変わらなかった。

もはやここが「世界」なのかも分からないようになった。


ただ白い箱、その中にあるただ1人の人間。

なぜ入ってこれたのか。

それは、入ることができたから。

単純で当たり前だが、今一番求めているものだった。


ではどうやって入ってきたのか。


ただこれは簡単なトリックでも、複雑なトリックでもない。

入り口を探せ、ただそれだけ。

でもそれこそが最大の課題であった。







「Who am I……?」



何度問いかけても答えは返ってこない。



自我を保つことだけが、今の私に許された唯一のことだったかもしれない。

だから常に問いかける。



「Who am I……?」


何度もその言葉を口にした。

問いかけが繰り返されるたびに、答えを探す心の葛藤が深まっていく…

その重さがだんだんと私を押しつぶしていく…。

それでも答えは返ってこない。


少しずつ、問いかけることが耐えられなくなり、胸が苦しくなる。

息が詰まるような感覚。

その思いに呑み込まれ、もう何も考えたくなくなった。


「Who am………」


答えなんて、果たして本当に存在するのだろうか…?


そもそもこんなことをして何になるのか。


無数の問いが続いた後、静寂が一瞬広がる。

全てが止まったような感覚。

その静けさの中で、私は気づく。



自分が何者か、それは自分にしかわからない。


他者に頼ることで自我を保ち、

他者に頼ることだけで観測される。


それこそが、アイデンティティの欠落そのものだった。


「Who」


この部分は一体誰に何を問いかけているのか。

一体そんな質問を他者が理解してくれるのか。



自分が誰なのか?


それはとっくに結論が出ていた。


今考えている人は誰なんだ。


今ここで悩み続けた人は誰なんだ。


今この場に立っている人は誰なんだ。



それに気づいた瞬間、

心の中で何かが浮かび上がった。


それは私自身の存在そのものであり、

今まで問い続けてきたそのすべての答えが、

ひとつの言葉に集約された――。



「I am――――。」


その一言が口に出た瞬間、

全てが収束し、目の前の景色が一瞬にして変わったように感じた。

白い壁がほんの少しだけ温かく感じ、ひぐらしの鳴き声もどこか遠くで聞こえた。

それは、まるで長い夢から目覚める瞬間だった。






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【後書き】

読んでくださりありがとうございました!

作者自身、哲学的な作品は初めて書いたので凄く難しかったです。

それでも最後まで書きたいことを書けたのはやはり成長かなと思います!


星評価、感想、レビューぜひよろしくお願いします!

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「Who am I……?」 白崎 奏 @kkmk0930

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