七十九年に一度の三つの月と鬼人

藤泉都理

七十九年に一度の三つの月と鬼人




 月が複数あると潮汐の周期が複雑になり、干満が頻繁に起こるようになる。

 潮汐の力は地球の自転と月の引力によって決まるため、月の数が増えると潮汐の高さや周期が大きく変わる。

 複数の月が地球の周りを異なる速度で回ると、潮汐の仕組みが狂い、沿岸部の浸食が進む可能性がある。

 干満の差が狭まれば、水棲生物の生態系も脅かされる。

 月の引力は地球の自転に歯止めをかけるため、月の数が増えれば地球の自転速度が遅くなる可能性があり、長期的にみると一日の長さが長くなるかもしれない。

 月の引力は地球の地殻にも影響を与えるため、火山活動や地震の発生頻度も増加し、威力も増大する可能性がある。

 小惑星の衝突も増加する可能性もある。

 地球の季節にも影響を与える可能性がある。




「以上が、陰陽師からの報告です」

「いやもう耳にたこだわ」


 髪留めの水引、頭飾り、白衣、緋袴、裳、上指糸、白木の下駄で身を整えた巫女の一人、和奏わかなは、地面に寝そべったまま耳の中を小指で掻き回す、白衣のみを身に着けた少年、綾彦あやひこを見下ろした。

 嘘か真か。

 陰陽師見習いである綾彦は、鬼のような摩訶不思議身体能力を身に着けていて、その能力は損なわれるばかりかより一層強くなるばかりであったので、人間と鬼の間に生まれた子ではないかと囁かれていた。


「七十九年毎に発生する月の分裂。三つに分裂した月の影響か。他の星々も三つに分裂しては、夜空は星で埋め尽くされて、あらら不思議。今は真昼間かしらと目を疑ってしまうくらいの明るさに包まれるのでした」

「真昼間は言い過ぎでしょう。漆黒も。いえ、夜空を示す紺、濃紺、鉄紺色も見えています。夜空と星々が犇めき合っていると表現した方がよろしいのではないでしょうか?」

「………犇めき合うって。おまえさあ。もうちょっと浪漫のある表現ができないわけ?」

「………星々は洗濯をした時に衣の水気を取ろうと、勢いよくはたいた際に飛び散っては日光に浴びせられて爛々と輝く水飛沫のように美しいです。三つの月は私たちの紋章である丸に三つ星紋のように神秘的で荘厳で思わず合掌してしまいます」

「怖くねえの?」

「………そうですね。天の意志か。はたまた人間の意志か。七十九年に一度誕生する、今にもこの地球に降り注がんばかり、いえ、喰らわんばかりの星々も三つの月も、肉体の芯から、魂の芯から、精神の芯から、震えてしまうほどに。恐ろしくもあり、美しくもあるのです。魂を抜き取られるようでありながら、魂に未知なる力を注ぎ込まれているようでもあるのです」


 恍惚とした和奏の表情を寝そべったまま見上げた綾彦は、にやにやと笑いながら言葉を贈った。


「あの景色がお気に召したってんなら、地球が滅亡するまで見続ければいいんじゃね? さあて。地球はあと何時間続くかなあっと」

「綾彦さん」


 元々硬質だった声音にさらに硬さが増した和奏の態度に、けれど、鼻で笑い飛ばした綾彦。へえへえとやる気のない声音を出しながら、やおら起き上がると背伸びをして、和奏を見上げた。


「んじゃいっちょ頼むわ」

「失敗してもあなたの代わりは居ますので安心してください」

「そこは。あなたに地球の運命がかかっています失敗しないでください失敗したら殺します。だろうがよ」

「あなたを殺せる人間が存在するなんて驚きですね」

「………おまえだけが俺を殺せる。かもよ」

「いいえ。結構です。あなたに死刑の処分を下されたとしたら、私はその処刑人に絶対に手を上げません」

「ええ~~~。そこは私がって!!!」


 さっさと行けと言わんばかりに和奏によって三つの月へと真っ直ぐに飛ばされた綾彦。気圧と超高速により生じた重圧に四肢爆散しそうだと思いながらも、舌なめずりをして二つの月を喰らいにかかったのであった。


(悪いな。俺は夜空に月が三つあるってのも気に入ってんだけどよ。俺のお姫様がまだ地球で生きたいって言ってるから、夜空じゃなくて、俺の中で生きていてくれや)






「地球から振り上がる彗星も、とても美しいですよ。綾彦さん」











(2025.5.12)



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

七十九年に一度の三つの月と鬼人 藤泉都理 @fujitori

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ