7-04
外では風が唸り、太鼓のように遠雷が鳴っていた。
だが地下の広間には、静かに、
運命を動かす気配が芽吹いていた。
月が雲間に覗く深夜。
ガイの里を囲む尾根の上には、
サイの国の軍勢が松明のように火を灯し、
まるで光の輪で包囲していた。
空気は張り詰め、誰もが刃を喉元に
突きつけられたような息苦しさに喘いでいた。
ムラオサの命を受け、
サクラはたった一人で包囲を抜け、
サイの軍本陣へと向かった。
兵たちがざわめく中、
彼女の名が告げられると、静寂が降りた。
やがて――将校幕舎の前。
ハシシタが腰を下ろす椅子からゆっくりと立ち上がった。
「……サクラか」
「……はい。お願いがあって、参りました」
風が幕舎を撫で、ランプの火が揺れる。
かつての幼馴染、今や敵として向かい合っていた。
ハシシタの声には硬さがあった。
「使者として来たなら、
それ相応の言葉を用意しているのだろうな」
サクラは黙って一歩、進み出た。
「戦を止めてほしいなどとは申しません。
それが、あなたの誇りの上に築いた“決意”ならば」
「……ならば、何を求めに来た」
「会談の場を。ムラオサが、
あなたに語りたいと言っています。
この地のことを。そこに生きる人々のことを。
武ではなく、言葉で、最後の橋を架けたいと」
ハシシタは顔をしかめた。
「……会談? いまさら何を話す。
ガイの民は、こちらに刃を向けた。
ならば、それが答えだろう」
サクラは一歩、さらに進み、
かつてと同じ声で言った。
「私は……あなたが、まだ“人”であると
信じているから、こうして来ました」
ハシシタの瞳が、静かに揺れた。
それは、かつて共に語った日々の記憶が、
心の奥から浮かび上がってきた証だった。
「ムラオサは昔、俺に言った。“戦を知る者こそ、
最期まで和平の望みを捨ててはならぬ”と。
だが……俺はもう、あの頃のように柔な剣は持っていない」
「いいえ、あなたは変わっていない。
誰よりも、傷つく民を見ていた人。
戦を望むのではなく、
それを終わらせるためにここに立っている...
私は、そんなあなたを、今でも信じています」
風が止み、虫の音さえ静まった。
やがて、ハシシタは目を閉じ、
しばし沈黙ののち、静かに言った。
「わかった。明朝、里の南端、祈りの石塔の前で会おう。
だが、それが俺にとっての最後の甘さだ。
これが無に帰れば、次は容赦はしない」
「……はい。それで、充分です」
サクラは深く頭を下げた。
背を向けて立ち去る彼女に、
ハシシタは一言、背中で告げた。
「……無事で、戻れ」
その言葉にサクラは振り向かなかったが、
その歩みは、どこまでもまっすぐだった。
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スリープしか魔法が使えないんですけど!2対立する三国 CAD @CADcom
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