7-03

岩盤に囲まれた地下の広間。

かつては神を祀る儀式に使われていた場所が、

今はガイの里の指揮所となっていた。


重苦しい空気の中、

ムラオサは古びた地図を睨んでいた。

刻々と迫る足音、迫る戦火。

その音が地下にまで響いてくるようだった。


この地に生まれ育ち、

森の隅々にまで通じている彼の耳には、

わずかな風の流れすらも敵の気配として届く。


そこへ、側近に連れられ息を切らしたフジが駆け込んでくる。

「ムラオサ様……! サイの国の主力部隊が

東の尾根を越えました! 本隊と見られます!」


ムラオサ「久しいなフジ…立派になった…」

孫娘を見る目でフジを労う


ムラオサは目を閉じて息を吐いた。

それは、最悪のタイミングだった。

防衛線の再編はまだ完了していない。


続いて、別の伝令が飛び込んでくる。


「南の谷にも兵の気配!

恐らく分隊が迂回しています。

両面挟撃の構え……!」


重たい沈黙が落ちる。

フジは口を引き結びながら、

それでも言った。


「逃げましょうムラオサ様。

今なら、逃げられます...」


しかし、ムラオサは首を振った。


「……我らは、この土地と生きると決めた。

逃げれば、守ってきたもの全てが消える。

それでは、先祖に顔向けできぬ」


フジは唇を噛んだ。だが、

その言葉には反論できなかった。


ムラオサの視線は静かに、

だが確かにフジに向けられた。


「だがな、フジよ。...

まだ、一縷の望みはあるかもしれぬ」


「え……?」


ムラオサは立ち上がる。

白髪を束ねたその背中に、

老いと覚悟が滲んでいた。


「サクラを呼べ。彼女だけが...

あのハシシタと、心を通わせたことのある者だ。

このままでは、里が焼ける。ならば、語るしかない」


フジは驚きに目を見開いた。


フジ「ハシシタと、会談を?」


「里を守るためなら鬼とも酒を酌み交わすさ。

いや、ハシシタは鬼ではない。奴は...」


そこへ、呼ばれたサクラが現れる。

表情は硬く、しかしどこか覚悟を決めた色を帯びていた。


「ハシシタに、会ってくれ。誤解だということを...

この地で血が流れる前に……最後の橋を、頼む」


サクラはしばし無言のままムラオサを見つめた。

そして、静かにうなずいた。


「……わかりました。私が、ハシシタに伝えます。

彼を、必ずここへ連れてきます」


「頼む。これが我らの、最後の望みだ」

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