正義は君と

おいでだぁこ

第1話 ヒーローと出会い

「参ったなぁ。」


色あせたダークグレーのジーンズに、体の線を拾わないパーカー。

不健康にひょろりとした男——キョウが、道端で立ち尽くしていた。

癖のある黒髪が風に揺れ、悲壮感漂う黄色い目が見え隠れしている。


さっき手に入れたばかりのパンを、野犬にかっさらわれてしまったのだ。


「どうしたんですか?」


途方に暮れていると、前から歩いてくる男が声をかけた。

黒のスラックスに黒いベスト。白いYシャツの襟はパリッと立ち、襟元には太陽の形をしたラペルピン——この国のヒーローの証が輝いている。

ライゼン国を守るヒーロー、ハマだった。


「ああ、いやぁ。今しがた手に入れた飯を、野犬に盗られちまってさ。」


キョウが頬を掻いて歯切れ悪く言った。


「それはいけませんね!」


ハマは後ろを振り返って通りの先を見やった。


「野犬というと、さっきこの道を駆けていった紙袋を咥えたやつですか?」


「たぶんそいつだな。クソ、一日ぶりの飯だったのに。」


落ち込むキョウに、ハマは明るく笑みを向けた。


「大丈夫です。私が取り返してきましょう。ここで待っていてください。」


ハマはズボンのポケットから端末を取り出し、何やら操作しはじめた。

笑みはそのままに、赤い瞳がわずかに細まる。指先がためらいなく端末をなぞる。


「はぁ? あんたは……ああ、ヒーローさんか。頼めるかい?」


キョウは、そこで初めて、ハマの襟元に目をやった。


「ええ、もちろん!では行ってきます!」


そう言うと、ハマは端末をポケットにしまい、犬が消えた方へ軽やかに駆け出した。

靴音が軽快に響き、ハマの背中はあっという間に小さくなった。


——しばらくして、ハマは片手に紙袋を持って帰ってきた。

整えられた髪に一切の乱れはない。


「お待たせしました!」


「おお、早かったなぁ。十分も待ってねえよ。」


「こちらで間違いないですか?」


「ああ。ありがとな。」


「いえいえ、食べられる前に見つけられてよかったです。それでは私はこれで。」


踵を返して去ろうとするハマをキョウが引き留めた。


「そういや、あんた名前は? 俺はキョウだ。」


「ああ、申し遅れました。私はハマです。」


「ハマね。覚えたぜ。今度会ったらコーヒーでも奢らせてくれ。今は手持ちが無えんでな。」


ハマは明るく笑って首を振った。


「いえ、お気になさらず。では、失礼します!」


「ああ、またな。」


キョウは片手を軽く上げ、ハマは爽やかに一礼して去っていった。

背筋の伸びたその後ろ姿を、キョウはしばらく目で追っていた。


***


「ただいま。」


キョウは入り組んだ街の一角にある、コンクリート壁の廃屋に入っていった。

壁はひび割れ、窓という窓には木の板が打ち付けられている。部屋の隅には破片が小山になっていた。

住み始めた当初に四苦八苦して取り付けた木の扉がギギギと鈍い音を立てる。


「おかえり、キョウ。」

「おかえりー。」

「おかえり。」


奥の部屋からここに住んでいる三人の仲間が顔を出した。

ガクとソメとピークだ。

その中でも一番小柄なガクが、茶色い髪を揺らしながら駆け寄ってくる。


「飯、買ってきたぜ。」


キョウはハマに取り返してもらった紙袋を、廃パレットを積み重ねて作られたテーブルに置いた。そして、椅子代わりの裏返したビールケースの上に腰を下ろした。ガクは正面に座り、ソメとピークも空いた場所に腰を下ろした。


「ありがと!あれ?なんかぐしゃってしてない?落としたの?」


ガクはしわしわになった紙袋を開け、中を覗く。中身は無事なようだ。


「ああ、途中で野犬に盗られてな。」


「ええっ!? 取り返せてよかったね。」


「ああ、親切なヒーローさんが助けてくれた。」


キョウはテーブルに広げられていくパンをながめながらそう言った。


「ヒーロー?もしかして、キョウ……」


その言葉に、パンを取り出す手が止まる。ガクからさっきまでの柔らかさが抜け、眉がわずかに寄った。


「名乗りはしたけど、それっきりだ。」


キョウはふいと正面に座るガクから目を逸らした。

逸らした先のソメは、あきらめたようにため息を吐き、頬にかかった薄桃色の髪を、食べやすいように耳に掛けた。ピークは苦笑いしながら、ガクの手元を手伝い始めた。


「それがダメなんだよ!なんで名乗っちゃうのさ!」


「悪い奴じゃなかったぜ?」


「そんなのヒーローなんだから当たり前でしょ!悪いのは俺たちの方だよ!」


「そういや、そうだな。」


キョウの飄々とした物言いにガクは「捕まったらどうするのさ」とぼやきながら、みんなの前にパンを配った。 完全に拗ねた声音に、キョウは言葉を重ねる。


「過ぎたものはしょうがないさ。」


「あんたがそれ言うな」


無言を貫いていたソメは、ツッコまずにはいられなかった。ガクがストレスで胃を痛めてしまう。


「ガクも落ち着きなよ。水持ってきてやるから。」


ピークもガクをなだめるために、奥の部屋へ水を取りに行った。


廃屋に住み着き、日夜金稼ぎにいそしむ彼らは、犯罪にも平気で手を出す。いうなればヴィランな彼らは、ヒーローに捕まることなく今日まで生き延びてきた。


キョウは苦笑しながら、肩をすくめた。


「次からは気をつけるさ。」


キョウは無事に買ってこれたパンにかぶりついた。

冷めきったパンは少し硬かったが、誰も文句は言わなかった。

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