第22話


 《村の中央》


「隊長! 目標と思わしき娘が現れました!」


 残っていた村人たちを集めていた隊長の元に、慌てた様子の兵士が駆け戻って来た。


「何処だ!?」

「村の奥の森です!」

「誰も逃がさんように網を張っておいたが、そっちにかかるとはな。この兵力に恐れをなして逃げるつもりだったか。どんなヤツか見たか?」

「いえ、森の奥で戦闘が行われているのを見て、すぐに報告に戻って来たので」

「そうか。まあ所詮は逃げるような相手だ。たいしたヤツではなさそうだな」

「異変を察知して、腕利きの者たちが先に向かったようです」

「わかった。もう終わってるだろうが、俺も行こう。残った者は、村の占拠と村人の連行準備を続けろ」

「はっ!」


 《森の中》


「・・・な、なんだ・・・これは・・・?」


 森の中に入った隊長が見たのは、血の海に沈んだ、無数の兵士の死体。

 そして、その中心で返り血を浴びて佇む少女の姿だった。


「・・・どうして・・・もうこんなこと・・・2度としたくなかったのに・・・したくないのに・・・」


 セレアは放心しているように、目は虚ろ、全ての感情が抜け落ちたように無表情で、俯いて虚空を見ながら、ただ口だけが動いて呟いている。


「セレア・・・くそっ・・・俺は・・・なんで・・・」


 そんなセレアの様子を、ヴェルは自身の手を強く握りしめ、悔しそうに、辛そうに見つめている。

 セレアが兵士と戦い出してすぐ、無意識にセレアへ近づこうとしたヴェルの動きを、セレアの「来ないで!!」という叫びが止めた。

 それから次々と兵士がセレアに向かっていき、返り討ちにされるのを、ヴェルは何も出来ず、ただ見てることしか出来なかった。

 やがてセレアには勝てないと気付き、ならばと、見てるだけのヴェルに狙いを変えた兵士が現れた。

 セレアの苦しみを少しでも減らそうと、ヴェルは死体から剣を拾い上げ戦おうとするが、あっさりと追い詰められる。

 その時、セレアの剣腕が兵士の頭部を貫き、セレアとヴェルの目が合った。

 辛そうで、苦しそうで、悲しそうな表情のセレアだったが、セレアは何も言わなかった。

 ここで何か弱音を言ってしまえば、ヴェルに余計な負担をかけてしまうだけなのがわかっていた。

 だから敢えて何も言わなかったのだが・・・それでも、抑えようとしても抑えられない感情が、セレアの目が訴えかけてしまっていた。


「助けて」と。


 セレアの声にならない声に、ヴェルはすぐに気付いたが・・・何も出来なかった。

 助けたい気持ちは溢れるほどあった。

 自分の命を捨てることでセレアが助かるのなら、迷わず命を捨てることもできた。

 ・・・そう思っても、現実として、今のヴェルには、セレアを助けられる力が、手段が何もなかった。

 セレアの辛さや苦しみには遠く及ばないと思いながらも、それでもその現実が辛く苦しく、何も出来ない無力な自分が、何よりも悔しかった。


「ちっ。まるで悪夢だぜ・・・。腕利きだって何人もいたってのに・・・皆殺しかよ・・・」


 隊長が警戒しながら辺りの状況を探っていると・・・。


「!?。おい!?」

「ひっ!?」


 セレアに見つからないように、木の陰で頭を抱え、うずくまって隠れていた兵士を見つけた。


「安心しろ。俺は味方だ。つか隊長だ。何があった? 生き残りはお前だけか? あいつ以外に誰かいたか?」

「あ、お、奥にもう1人少年がいますが、戦ってたのは、あの少女だけ・・・。あの少女1人に、みんなやられました・・・」

「マジかよ・・・」

「み、みんな次々に殺されて! 途中で逃げようとした奴も殺されて! お、俺怖くて!」


 泣きながら恥も外聞もなく足元に縋り付いてきた兵士を引き剥がす。


「わかったわかった。普段なら腰抜けと罵って懲罰もんだが、この惨状じゃ仕方ない。お前は戻って援軍を連れてこい。ほら早く行け」

「は、はい!」

「・・・・・・・・・」


 部下の死体を見渡してため息をつき、悔しそうに剣を抜きながら、隊長はセレアに近づいて行く。


「やってくれたもんだな。こうも返り討ちにされるとは、思ってもいなかっ――!?」


 セレアが隊長に気付き、その目が抜かれた剣を見た瞬間。

 セレアの体が弾かれるよう動き隊長に斬りかかった。


「重っ!? いきなりかよ!?」


 電光石火のようなセレアの1撃を何とか受け止めたが、その重さに表情が歪む。


「・・・もう・・・放っておいて・・・」

「はあ!?」


 疲れ果てたような虚ろな目。半開きの口。何の感情も感じられない表情。

 そして「放っておいて」と言いながら、しかし明確にこちらを殺そうと攻撃してくる。

 そんな訳のわからない相手に、隊長も一瞬たじろぐが・・・。


「・・・関わらないで・・・近づかないで・・・」

「お、おいおいどの口が言ってやがる! 俺の部下を殺して今も俺も殺そうとしてる奴が!」

「・・・放っておいて・・・」

「ちっ、気持ち悪いヤツめ! 言っておくがここで俺を殺して逃げたとしても、バルドニア軍が威信にかけてお前を殺しに行くぞ! 何処に逃げようが必ず見つけ出してな!」

「!?」

「お前はもうそれだけのことをしたんだ! そんな奴を見逃すわけないだろうが!」

「そ、そんな・・・もう、イヤなのに・・・こんなこと、したくないのに・・・」

「ならここで俺に殺されろ!」

「!?」

「殺されるまで一生追われるのが嫌なら今ここで死ね! そうすれば楽になれるぞ!」

「・・・楽・・・に・・・?」

「ふざけんな!!!」


 セレアの絶望で乾いた心に、楽になれるという言葉が染み込む直前。

 ヴェルの怒声が森に響いた。


「そもそもお前らが戦争なんて始めたせいじゃねえか! こいつらが死んだのだって全部お前ら自身のせいだろが! なのになんでセレアが死ななきゃならねえんだ! 死ぬならお前らが死ねよ! セレアを巻き込むな!」

「ガキが知った風なことを言うな! 「そもそも」なんてもう何の意味もないんだよ! もう戦争は始まってんだ! こうなった以上は敵か味方か! 勝つか負けるか! 殺すか殺されるかなんだ! そんなこともわからんガキは黙ってバルドニアに従え! 従わないなら死ね!」

「死ぬのはお前らだ!! バルドニアの連中なんてみんな死ねばいいんだ!!!」

「このクソガキが!! 先にお前から殺して――!?」


 隊長の殺意がヴェルに移った瞬間。

 今までよりも重い剣腕の1撃が隊長の剣にぶつかり、そのまま吹き飛ばされて後ろの木に激突した。


「がふ・・・な、なんつうバカ力・・・」

「・・・させない」


 感情が抜け落ちて、力のない表情だったセレアの目に、強い光が戻る。


「それだけはさせない。どんなに私が罪深くなろうとも、それだけは・・・絶対にさせない!」


 セレアの意思に呼応するように体が動き、起き上がり剣を構えた隊長に猛攻を仕掛ける。

 その動きは、先ほどより明らかに力強くなっていた。


「(クソ! なんなんだこの一撃一撃の重さは!? 女の細腕から出る力じゃねえぞ! ただ武器を振るってるだけじゃなくて要所要所で重心を乗せてんのか!? いやそれだけじゃここまでの力は!?)」


 セレアの猛攻を分析しながらなんとか防いで、どうにか反撃のチャンスを狙うが・・・。


「(ダメだ隙がねえ! 重いし速いし精確だし、なにより動きが戦い慣れしてやがる! 何年もずっと戦い続けてるベテランの動きだぞこれ!? 俺だってそこそこ強い方だってのにマジでなんなんだコイツ!?)」

「隊長!!!」


 先ほど援軍を呼びに行かせた兵士が、十数人の兵士を引き連れて戻って来た。

 しかし・・・。


「ああああクソが!! もう駄目だ!!!」


 援軍が到着したことにも気付かず、とうとうセレアの猛攻に追いつけなくなった隊長が、死を覚悟した直後。

 今まで精確に攻撃していたセレアの剣腕が、突如目測を誤ったように、隊長の目の前を斬った。


「!?」

「(・・・あ、れ・・・目が、かすむ・・・なん、か、フワフワ、する・・・)」


 セレアの足元がおぼつかず、フラフラ動く。

 そして、一気に全身の力が抜けたようにその場に倒れた。

 と同時に、セレアの右半身を覆っていた鎧剣が、右腕に吸収されるように消えていった。


「!?」

「な、なんだ・・・? ど、どういうことだ・・・?」


 何が起きたかわからず、隊長が呆然としてると――。


「うおおぉぉぉぉ!!!!!」


 隊長の背後から、ヴェルが体当たりするように剣を突き刺した。

 そしてうつ伏せで倒れた隊長に馬乗りになると・・・。


「て、てめえ!?」

「ああああああああああ!!!!!!!!」


 ヴェルは絶叫を上げ、何度も何度も隊長に剣を突き刺す。

 セレアに何が起きたかはわからなかったが、今のセレアが無防備なのだけはわかった。

 ならどうするのか。

 どうしなきゃいけないのか。

 今まで人を殺したことなんてない。

 人殺しがどれほど罪深いかもわかっている。

 それでも、自分がやらなきゃいけない。

 そうしないと、守れない。

 その瞬間、体が動いた。

 響き渡るヴェルと隊長の絶叫。

 ・・・そして最後に胸元に剣を深々と突き刺すと、隊長の声は聞こえなくなり、動かなくなった。


「はぁ、はぁ、はぁ・・・」

「た、隊長・・・」

「う、うわああああ!!!」


 辺りには血の海と無数の兵士の死体。

 そこへ、ヴェルの異常とも言える滅多刺しで、隊長が無残に殺されたのを目の当たりにした兵士たちは、恐怖に駆られて我先にと逃げて行ったのだった。


「・・・セレア・・・」


 兵士がみんないなくなった、静寂の森の中。

 ヴェルは倒れたセレアに近づき、何度も声をかけるが、返事はない。

 息があるか確かめると、呼吸はしている。

 心臓が動いているか確認すると、しっかり鼓動している。


「はあ・・・よかった・・・」


 返事はないが、生きている。

 なぜ突然倒れたのかはわからなかったが、その事実に少しだけ安心していると、ポツポツと雨が降り出してきた。

 ヴェルは自分の上着を脱ぐと、セレアが濡れないように頭から被せ、そのまま背負うと、村とは正反対の森の奥へと消えて行ったのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

少女と魔剣と戦争と・・・ うさぎねこ紳士3世 @usagineco3

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ