「パール・バック」岩波新書136 1953年(昭和28年)出版 V.1.1

@MasatoHiraguri

第1話 第0話 「天皇制の呪縛」からの脱却 コモン・マンへの道

  著者の鶴見和子氏は、米国の大学に留学中、それまで国家によって押しつけられてきた「天皇制という殻」をぶち破り、パール・バックのような「コモン・マン」という境地・境涯への道を歩み始める(天皇制反対の運動を起こすということではなく、自分の心の中でそういう殻から解き放たれた自由を取り戻そうということ)。

  パール・バックの著作やその人性(人の本然の性)に触れることで、自分の中にほんらい存在している「芯・素の自分」を見出そうとしたのです。


  鶴見和子 社会学者。東京生れ。上智大教授(1918~2006)


  パール・バック アメリカの女性作家。長らく中国に居住し、中国を題材とした多くの作品を書く。代表作「大地」でノーベル賞受賞。(1892~1973)


  コモン・マン(common man 一般市民、一般人、平民)

  あらゆる地位や身分、肩書きを取り去った、精神的に無位(位のないこと。位階をもたないこと)・素のままの境地で物事を見・感じ・考えることのできる人間。


  天皇や厚生労働省・財務省、国家や警察という絶対的な権威・権力とは、無力な一般大衆からすれば「差別という殻」に相当する。天皇や警察という、国家から押しつけられたそんな殻によって、人々の自由な精神は畏縮し、豊かな感性の躍動が封じられてしまう。

  昭和天皇という権威に踊らされて日本国民が行った中国侵略、いつまでたってもなくならない警察による冤罪事件という犯罪の元凶が、この「殻」にあるのです。

  私たち一般市民が、生まれた時から国家によって押しつけられている「殻」を自分自身の心の中で取り払い、自分の中にほんらい存在する「芯」を見出し、これに素直に生きる。それが鶴見氏の指摘する「コモン・マンへの道」(ではないかと、私平栗は思います)。



<天皇制という殻>


<引用開始>

「天皇制の殻を破って普遍的な人間に突き抜けたい。」

「私たちの皮膚にへばりついている天皇制の殻を拭い去ることなしには、普遍的な人間として呼吸することができない。」「パール・バック」より

<引用終わり>


   → 昭和10年代、「女学校で徹底的に・嫌というほど『天皇制・天皇絶対権力に逆らってはならない』という教育を強制された」彼女にとって、その心に深く刻まれたトラウマ(精神的外傷)は大きかった。

  「天皇制」とは、天皇と同じ百済出身の在日朝鮮人たちは別にして、当時のほとんどの(在来種)日本人(縄文人)にとっては、共通の「社会的圧迫」であった。

  江戸時代300年間、ほぼすべての日本人(縄文人)が「天皇」の存在など全く意識していなかったのに、明治維新から突然「天皇は現人神(あらひとがみ)」である、と学校で教えられ、昭和の天皇ヒロヒトに至っては大日本帝国陸海軍の元帥(総司令官)となって、日本を滅亡へ導いた15年戦争を指揮した。


  昭和10年当時、私(平栗)の祖父は、現在の新宿ヨドバシカメラがある場所で、何人もの従業員を雇い大きな自転車店を経営していたのですが、ある日、いきなり軍人が来て「天皇陛下」の名の下、(軍需)施設を作るという理由で強制的に店を壊され立ち退かされました。

「ゲゲゲの鬼太郎」の水木しげるさん(1922~2015)の自伝(漫画)にも、長谷川町子さん(1920~1992)の「サザエさん打ち明け話」(自伝)にも、似たような話が載っています。  

  「天皇陛下の為」と言えば個人の人権など塵のように軽く扱われ、「鬼畜米英」「ABCD包囲網(米英中蘭によって日本が侵略される脅威)」「祖国防衛戦争」「大東亜共栄圏」といった殻を国民にかぶせて真実が見えないようにする。その結果、他国(中国)を侵略してのどんな残虐な行為も正当化・美化されてしまう時代となってしまったのです。


  「パール・バック」著者の鶴見和子氏だけでなく、戦前・戦中の昭和時代を通じ、そのような理不尽な社会的圧迫(殻)を押しつけられてきた多くの在来種日本人が、第二次大戦後、天皇制という殻を突き破り、素の人間として自分の芯(真の自分)を求めたのは、乾いた砂に水がしみこむように、ごく自然な現象でした。

 → 現在は、かつての「鬼畜米英」が日本のご主人様となり、「台湾有事」「ウクライナ危機」なんていって、中国(やロシア)が鬼畜・悪魔・敵、という殻が国民に押しつけられています。


  鶴見和子氏の場合、「天皇の殻」から解放された米国滞在中、パール・バックの著作に触れ、更には彼女と直接会って話をするという体験から、バックのような「コモン・マン」を、この書「パール・バック」で浮き彫りにしようとしたのです。


<引用開始>

自発的隷従論 (福沢諭吉の言葉)


ttps://kariyatetsu.com/blog/1665.php

  明治維新の頃の日本人は、福沢諭吉の言葉を借りると、


  「我が国の人民は数百年の間、天子があるのを知らず、ただこれを口伝えで知っていただけである。維新の一挙で政治の体裁は数百年前の昔に復したといっても、皇室と人民の間に深い交情(相手に対する親しみの情)がある訳ではない。

  その天皇と人民の関係は政治上のものだけであり、新たに皇室を慕う至情をつくり、人民を真の赤子(せきし)のようにしようとしても、今の世の人心と文明が進んだ有り様では非常に難しいことで、殆ど不可能である。(『文明論の概略 第十章』福沢諭吉全集第四巻 一八八頁)」

  ********************************

  実際に明治政府は、各県に「人民告諭」を出して、日本には天皇がいると言うことを、人々に教えなければならなかった。

  例えば、奥羽人民告諭には「天子様は、天照皇大神宮様の御子孫様にて、此世の始より日本の主にましまして・・・・・」などと言っている。

  この人民告諭は、天皇のことを一番知っているはずのお膝元の京都でも出された。今の私達に比べて、当時の日本人は天皇に対する知識がゼロだったのである。

  当然天皇を崇拝し、従うなどと言う意識は全くなかった。

  象徴天皇制の現在でも、多くの人が天皇を崇拝しているが、明治の始めに、一般

民衆が天皇を崇拝するなど、考えられなかった。

<引用終わり>



第1話 私平栗が見たコモン・マンとは


○ 芯のある人間

○ 知性・理性・感性に於いて、その人独自の存在感を持つ、「替えの効かない」人間

○ ある組織の操り人形・ロボットではない

  日本中に、政治屋・マスコミ屋・警察屋、学者や専門家という、高い地位や立派な肩書きを持つ者が何百万・何千万人いても、どれもこれも十把一絡げ《どれもこれもあまり価値のないものとして、多数をひとまとめに扱うこと》でしかない。いくらでも替えの効く俗物だから)。 


「浅草博徒一代(ノン・フィクション)新潮文庫」の主人公、伊地知栄治 

奇想天外(普通の人の思いもつかないほど奇抜なこと)というべき、様々な人生体験・社会経験を通じ、明治生まれの主人公(たち)、その芯のある(一本筋の通った)男の姿が今に甦ります。

関東大震災(1923年(大正12)9月1日午前11時58分)時、下町にいた栄治は「被服廠へ避難せよ」という警察官の指示を無視して反対方向へ逃げることで助かった。

地震直後に発生した大火災によって竜巻が起こり、馬ごと馬車が空に巻き上げられるような状況で、後楽園球場の何倍もある敷地に絹や木綿製品が山と積まれた場所へいくなど、(集団)自殺に等しい。伊地知栄治は、警察官という権威・殻を無視できる芯のある人間であったおかげで、何万もの焼死者の一人になることを免れたのです。

これは、昨今のコロナワクチン禍においても、全く同じことが言えるでしょう。韓国脳厚生労働省・政治屋・マスコミ屋、そして「各種医療専門家」の言説を無視した者だけが、健康被害に遭わずに済んだのです。


現在の日本社会では、韓国脳偽日本人に因る、美しくない・不自然な日本語が蔓延していますが、伊地知栄治の語りに私たち読者は、在来種純粋日本人の美しい日本語に触れることができます。まさに「降る雪や明治は遠くなりにけり」と謳われた、明治時代の人々の言葉と言えるでしょう(私の祖父たちの話し方を思い出します)。


  また、「博打打ち」「(純粋日本人の)ヤクザ」というアウトロー(無頼漢)を、素の心で見、素直にその生き様に共感してこの本を書いた著者・佐賀純一という慶應大学出身のお医者さんにも、コモン・マンを見ることができます。この方の他の何冊かの著作も、在来種純粋日本人的な味わい深い実話が書かれています。


宮本武蔵「五輪書」岩波文庫

  剣術の指南書としては、これ以前に書かれた「兵法三十五箇条」で充分。

死の直前に書かれた「五輪書」の意味とは、まさにコモン・マン、一人の人間としての宮本武蔵の芯が表明されている、という点にあります。

「人にだまされぬようにせよ」。様々な権威という殻によって惑わされて、敵の本体・本心を見失うな。いつでもどんな相手に対しても、素の心で問題処理できるような人性(人の本然の性)を鍛える。

これこそが、武蔵「五輪書」の神髄なのです。


松尾芭蕉「奥の細道」角川ソフィア文庫

  辞世の句である「旅に病んで夢は枯野をかけ廻る」に至る、俳句によってコモン・マンへの道を歩んだ在来種純粋日本人の気概が感じられます。


北村透谷「北村透谷選集」岩波文庫

  「人性に相渉るとはなんの謂いぞ」「内部生命論」

文学(書)を読む意義とは、知識を得ること(ばかり)ではない。

「空の空なるもの」に撃ちかかること=哲学することで、(権威や肩書き、地位や身分といった)殻に惑わされず、真実を見抜く力を涵養することにある。

文学とは心を豊かにするという、その「豊か」とは、形や殻にとらわれず自由な発想・感性で物事を見ることができるようにすること。

文学とは科学的なアプローチによる真理探究を、数式ではなく文章で行うことにある。真理の探究とは、科学で行なうこともできるし、文学で行うこともできる。

科学も文学も、武蔵がいうところの「人にだまされないようにする」ためのアプローチであり、自分自身を鍛錬する道と言えるのです。


文学革命

  辛亥革命後の中国で起こった文化運動。1917年胡適が「新青年」誌上に「文学改良芻議」を発表して、近代文学創造のためには旧来の文言にかえて口語文(白話文)の使用が必要と提唱し、陳独秀が「文学革命論」を発表して、民主主義と科学精神による社会革命の要を説いた。これが当時の青年学生に大きな影響を及ぼし、五‐四運動に発展。→白話文学 →五‐四新文化運動。広辞苑

「民主主義と科学精神」とは、即ち「論理的(な話の進め方)と科学的な(再現性のある)観点」ということです。


芥川龍之介「芥川龍之介全集」筑摩書房

  芥川龍之介を超える「芥川賞作家」は一人もいない。それほど、コモン・マンになり切った(どこまでも普遍的な人間制・心理を描いた)芥川龍之介でした。芥川龍之介独自の文体とか言葉の使い方ではなく、そこに追求されているテーマや日常生活における人の心の切り取り方・光の当て方に価値があるのです。


ポーラ・アンダーウッド「一万年の旅路」翔泳社

  「コモン・マン」以前、人類としての素の心・芯を感じ取ることができます。


モハメド・アリ(プロボクサー)(1942~2016)

アメリカがベトナム戦争に介入し始めた頃、彼はこう言って兵役を拒否しました。「おれには、1万キロも離れた黄色い顔のベトナム人を殺す理由はない。彼らがオレに何をしたというのだ。黒人のオレにとっては、現在、このアメリカで行われている人種差別の方がずっと重要な問題だ。」と。

 → 私平栗雅人は言います。

「私個人は中国人に何の恨みもない。日本国内で中国人に襲われればぶん殴ってやるが、台湾海峡まで出かけていって彼らと殺し合いをする理由も意味も無い。中国という国はケンカするのではなく仲良くすべき国、日本にとって必要な国です。

日本にとって不要な国・国交断絶すべき国とは、米国や韓国のような、日本人が汗水流して一生懸命働いた富を残らず吸い取っていくような国です。日本がいくら自動車をアメリカ人に買ってもらっても、その利益と同じ額のアメリカ国債を買わされているのですから、実質、何の利得にもならない。

また、日本国内で日本人を弱体化させている、嘘つき韓国脳政治屋・ほら吹き韓国脳マスコミ屋、冤罪製造組織韓国脳体質警察屋による実害の方が、よほど私たち在来種純粋日本人にとって重要な問題だ。」と。


王貞治、鈴木一郎(プロ野球選手)

野球選手という殻を取り払っても、人間としての存在感がある。

普遍的な人間としての尊厳を感じさせてくれます。


伊澤次丸 私の大学時代の拳法部OB

この方の社会的、もしくは私生活についてはほとんど知りません。

しかし、拙著「思い出は一瞬のうちに」で述べた如く、私が唯一この目で見た、(大学日本拳法時代に)実体験した「コモン・マン」です。


<番外編> 


平栗雅人、300冊を超える著作

  今回「パール・バック」という本を読んでようやくわかりました。

  「オレもやはり、コモン・マンを目指して本を書いてきたのだ。」ということが(まだまだ途上ですが)。

  15年前「思い出は一瞬のうちに」「武蔵と日本拳法」を書き始めてより、特に還暦を過ぎてからこの方3年間、ものに憑かれたようにして、毎週或いは毎日のように書いてきたのは、自分にかぶせられた沢山の殻をぶち破り、真の芯に近づこうとしていたのだ、と。

  今まで自分が、無意識にやって来たことの意味に気づかせてくれた、という点で「パール・バック」という本は、私にとって大きな恩人・恩恵ということになるのです。


大学日本拳法

  技術やパワー、段位や優勝(という殻)にこだわらず、真剣に相手をぶん殴り・ぶん殴られること(リアリティーの追求)だけをやっていた私。

  また、大学生というモラトリアム(執行猶予)期間5年間、当時はどこの駅にもあった大きな書店で沢山の本を立ち読みさせてもらい、様々なアルバイト先で知りあった大学生や社会人から(素の)啓発・刺激を受けた。

  大学時代に於ける「ぶん殴り合い」というリアル体験と、実社会との接点における啓蒙的体験こそが、卒業後の私をコモン・マンへの道へ歩ませてくれたのかもしれません。

(本来、「大学で学ぶ専門知識に啓蒙される」べきなのですが、私はゼミ以外の「講義形式授業」はオミットし、書店での読書をこれに代えたということになります。)



第2話 殻無しには生きていけない人たち


「パール・バック」で鶴見和子氏が仰るには、本当のコモン・マンとして率直に生きることは難しい。パール・バックのような、ノーベル賞をもらうほど優れた・高名な作家であれば「中国ではキリスト教の宣教(師)は無意味だ」とか、「アメリカの朝鮮戦争加担に反対する」といった意見を堂々と述べ、それで社会から疎外されたり意地悪されても、生きていける。

しかし「一般の人間」は、そうはいかない。


○ 早い話が「イエス・キリストの受難」です。本当のこと・正しいこと・真実を述べる人間は長生きできないどころか、社会から抹殺されてしまうのです。

イエス・キリストは、パリサイ派ユダヤ人を真っ向から否定しました。

聖なる神殿で金貸しを行う彼らユダヤ人の店に(一人で)5回も殴り込み、店をたたき壊し、ユダヤ人に蹴りを入れたりしました。その結果、パリサイ派ユダヤ人たちの奸計(わるだくみ)によって、一般大衆からは軽蔑・唾棄(忌み嫌い軽蔑すること)・迫害され、ローマ軍から憎まれ、自分の弟子たちにさえも逃げられ、ゴルゴダの丘で磔にされました。


○ 真実を(小説で)語った小林多喜二は警察署内で、拷問によって虐殺されました。


○ 万博やオリンピックなどという無駄な金食い虫事業ではなく、大自然を残しながら日本の国土を合理的・機能的に改造する(日本列島改造論)ことにカネを使おうとした田中角栄首相(1918~1993)は、国際金融資本家による国際的陰謀によって、社会的に抹殺されてしまった。


○ 「患者よ、がんと闘うな」と、抗がん剤・手術を否定し、癌とはうまく付き合うべきだと、世界中のあらゆる医療文献・論文を渉猟(多くの書物を読みあさる)した上で主張されていた近藤誠医師は、早世されてしまいました。

この方は、ご専門の癌(治療)ばかりでなく、医者としての科学的考察力・見識(物事の本質を見通す、すぐれた判断力)・考覈(こうかく:深く考えて明らかにする)、そして仁徳(仁愛の徳。なさけぶかい徳)をも兼ね備えた、人間としても素晴らしい方でした(私は2回、短時間ではありましたが、氏とお話しさせて戴いたことがあります)。


近藤医師の多くの著作には、カントの著作である「純粋理性批判」を彷彿とさせる「近藤哲学」とでもいうべき考え方(思想)が流れており、本物の「科学的ものの考え方」を学ぶ良い教科書である、ともいえます。

  

*********************


キリスト教では、自分に素直に生きて真実を語る・正しい主張と行いをする人は、社会では疎外されることが多いが、死してのち、天国経由で再びこの世に戻ることができる(reincarnation:霊魂再来)というのが、その玄義(キリスト教で、神によって啓示される信仰の奥義)です。イスラム教でもヒンズー教でもほぼ同じですが、仏教のみが「輪廻転生:迷いの世界で何度も生まれ変わること」と、受け身でネガティブな捉え方をしています。

いずれにしても、「当たるも八卦、当たらぬも八卦」「信じる者は救われる」という宗教の世界といえるでしょう。


私はキリスト教ほか、どんな宗教にも加担していませんが、「天然(素)の素材ほど、すぐに土に還り再生する」という、科学・化学の原理を自分の心身で理解し体現しようとしています。


2025年05月09日

V.1.1

2025年05月10日

V.2.1

2025年05月12日

V.3.1

平栗雅人

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