第2話 復活の方法

1946年5月22日。第一党となった日本自由党だが、

総裁鳩山一郎が公職追放。総裁の身を吉田茂に渡し、

異例の吉田内閣が始まることとなる。


23日、首相官邸


コンコン、とドアを叩く。

今日が初めての、政務秘書官としての仕事だ。


「失礼します。」

目を合わせて、1秒間が空くと

「君が、叢雲くんだったかな?」と、吉田は問いかけた。

「はい。内務方面の政務秘書官を担当します。叢雲旭と申します。」

一つ一つ、しっかりと叢雲はそれに応えた。

吉田は、新たに一本煙草に火をつけ、もう一度目を合わせる。

「君は、今の日本に何が必要だと思うかね?」

少し眉間にしわを寄せて叢雲に問うた。

何が必要か、一つに表せないか5秒ほど考えた。

何かを察したのか、吉田は「我が国には、複数困ったことがある筈だ。」と付け加えた。

叢雲は、簡潔に「食料、インフラ、そして経済。」

それを聞いた吉田は、想像通り、というような顔をして、

息を一つ吸って、煙草を置いた。

「流石は中野出身。纏める能力は素晴らしいな。」

そういって、しかし、と付け加えた。

「我が国には、無くなったものがある。それは独立だ。」

『独立』。今この日本はGHQによる、占領地域。

いわゆる『連合国占領地域』とされている。

もちろんそれは、敗戦国に向けられる、当たり前の結果だ。

ただ、本土決戦にて首都を灰燼とされ、

さらに国土も千切られ分割されたドイツよりは、まだマシな占領状態だ。

「独立を回復する為にも、まずは国家としての安定ですね。」

叢雲がそう言うと、「その通りだな。」と頷き、煙草を吸い始めた。

2、3秒ほど空白が続くと、吉田は一つ息を吐いて煙草を置く。

「まず君に任せたいのは、食糧事情の解決、そしてインフラの改善だ。

 治安状態は、食糧を以て回復するだろう。」

「了解しました。食糧事情に関しましては、米国の介入により、

 少しずつ改善しています。これの拡大と、第一次産業への

 戸惑いの無い投資が、我が国を救うでしょう。」

吉田は満悦の笑みで、頷いた。

「君と話せてよかったよ。確か一緒に働く、

 外務秘書官の北上くんと友人関係だったのかね?」

もうそんなところまで知ってるのか、と叢雲が

すこし動揺しながらも、それは顔に出さず「はい」と答えた。

「北上くんによろしく言っておいてくれ。

 おそらく、近くまた忙しくなるだろうからね、ハッハッハッ」

『忙しく』。その真意を叢雲は掴めなかったが、

「分かりました」と答えて、首相の前を後にした。


戦後すぐの日本は地獄さながらだ。

大学の知識も、前線の経験も、報われることがない。

宮家の方々も、一部が皇族を追われ、辛い日々を送っている。

少しでも。少しでも、私が中野学校で学んできた事を生かして、

陛下の大御心に、そして国民の心に安寧が来る時を近づけなければ。


同日、秘書官室


「ふぅ・・・」一息ついて、椅子に座る。

書類の山を1枚1枚片付ける。

しかし、ラジオからは地獄が聞こえた。

「中国大陸にて、国共内戦が再開されました。」

共産党と国民党の内戦。

もし国民党が勝利すれば、アカが広がるのは防げるが、

共産党が勝利すれば、日本にも赤色革命を謳うやつらが。

「こんな事を考えても仕方ない。」

そう呟いた瞬間、ガチャ、と音がなった。

「お、旭もう居たのか。吉田さんとはもう話したのか?」

そう明るく接してくれるのは北上実きたかみ みのる

中野学校からの友人で、外務担当の政務秘書官だ。

「一応形式的なのは。『よろしく伝えといてくれ』と言われたよ。」

そう叢雲が伝えると、北上は少し顔が引きつった。

「あぁ、やっぱりか〜・・・」

やっぱり?と聞こうと思った時、時計の鐘が鳴った。

時計を見れば、もう夜10時近くだった。

「おっと、もうこんな時間か。悪い、先に帰らせてもらうよ。」

「あぁ、うん。北上、また明日。」「うん、また明日。」

そう言って、北上は暗闇の中に消えていった。

例え政治家のいる所だとしても、まともな灯りはない。

そんな現実にまたうんざりしながらも、

叢雲は明日やるものをまとめて、家へと向かった。


コツ、コツ、コツ・・・

音が暗闇に吸い込まれるような感覚。

辺りを見渡せば、未だ残る戦争の傷跡。

本当に20世紀なのだろうか、そう思えるほどの闇。

明治維新前であれば、この風景もまだ普通だったのだろう。

しかし・・・現代のこの暗闇は、異質だ。

2、3年前なら灯りがついていた道も、今は光がない。

まるでこの国の未来を表しているような・・・

この日本に、自由と繁栄が舞い降りるのは何年必要なのか・・・


あの月のように輝けるのは、いつになるのだろうか。


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青空の瓦礫 西行寺満 @mituru0216

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