22. ヌユの街 メディナ先生の魔術基礎概論と再臨する大きな泥船


「『界』と世界であり、境界である」


 メディナはそう言って、指を一本立てて見せた。

 その指にわずかに魔力が集まって――一粒の氷がテーブルの上に転がる。

 メディナは紅茶を飲み干し、そのティーカップの中に氷を転がした。コロン、と涼やかな音が妙に大きく聞こえる。


「魔力を基に魔術は行使される、その認識は間違っておらぬがちと理解が浅い。正確には、体内の魔力を媒介に体外の魔力に干渉して魔術を発生させるのじゃ。もっと細かくいうのなら、体外世界を魔力の操作によって物理法則を意のままに操る術を魔術と言い、その技術を体系化したものを魔法と呼ぶ」


 例えば、とメディナはティーカップの中の氷を指さした。


「いま、妾は氷を発生させる魔術を使用した。これは氷を発生させたというより、何もない空間を――世界の一部を改変して氷に変化させた、という方が魔術の仕組みとしては正しい説明になる」


 メディナはその氷粒を摘まんで持ち上げ、反対の手をその下に広げた。

 ポタポタと氷の溶けた水滴が、メディナの掌に落ちる。


「だが、魔力で改変して生み出した氷が、安定して存在するはずがない。見るがよい」


 メディナの掌に落ちたはずの水滴が、あっという間に蒸発して消えていく。

 まるでメディナの体温が普通の十倍もあるかのようだ。

 

「え? いくら何でもこんなにみるみるうちに蒸発するはずがないッス!」

「その通りじゃ、これがただの水であったならな」

「魔術で生んだ氷だから、それが溶けた水滴も魔術で生み出されたものだから……」

「その通り。とにかく魔術で世界を変容させて生み出したものは不安定で元に戻りやすい、というわけじゃ。もっと魔力を強くたくさん込めれば話は別じゃがの」


 あっという間に、それこそ不自然なくらいの速さで氷は溶けて、その水滴は蒸発して消えてしまった。


「そして」


 とメディナが続けて指を鳴らす。

 テーブルの端に置いてあった燭台。昼間で使われていないため火か点いていないその蠟燭の先端に火が灯った。


「今妾が用いたのは、小さな火を発生させる着火の魔術じゃ。先ほどの説明通りならば世界を歪めて生み出した不安定なモノゆえ、蝋燭の火はすぐに消えるはずじゃが」

「消えないな?」


 蝋燭の先に灯る小さな炎は揺らめきはしても消えそうではない。


「まがい物の火でも、火は火である。魔術の火は不安定で魔力を送り続けねば直ぐに消えるが、物が燃えるというのは物理現象であるが故、魔術の火が消えても燃焼状態は継続するわけじゃ」


 さらにメディナがパチンと指を鳴らすと、室内に風が吹いて蝋燭の火を吹き消――

 その前に燭台がパタンと倒れぇぇえぇ燃え移るぅぅぅぅぅううう!!


「バッカ野郎!!」


 俺とランバートさんが慌てて手を伸ばす。

 幸い蝋燭の火は倒れた衝撃で消えて、テーブルクロスに燃え移ることはなかったが。


「……ギルド内で放火未遂とは、さすがは【天神剣】に認められたお方だ。剛毅であられる」

「ごめんなさいもうしません」


 すっごい笑顔でこめかみに青筋浮かべたランバートさんに謝るメディナ。


(しゅんとしてしおらしくなってるメディナ様。ああ、瀟洒が、瀟洒が!)


 鼻から赤い瀟洒が溢れているメイドさんは放置です。


「ええと。とにかく、魔術というのは魔力操作によって世界のあり方を限定的に変化させるもの、ということじゃ。じゃが、外の世界よりももっと操作・変化させやすい『界』がある。なんじゃと思う?」

「……自分の身体のなか、とかッスか?」

「正解じゃ。なにせ自分の魔力で、自分の肉体に変化を促すのじゃからな、当然体の外を変化させるより簡単じゃ。魔術を使えぬ戦士系の者たちも、魔力を用いて肉体強化を行うじゃろ。それじゃ」 

「えっ、肉体強化って魔術の一種なんスか!?」

「そうじゃ。というか、武技とか闘術とか呼ばれるものは大体そうじゃぞ。体内やその延長である愛用の武器に魔力を乗せて、その魔力を魔術化させて効果を発揮するものじゃ」


 なるほど。

 じゃあ燃える斬撃とか空中を踏んで跳躍という武技は体内で発生させる魔術効果であり、炎の矢を飛ばしたり風に乗って空を飛ぶというのは世界に作用する魔術効果ということか。


「こういう、自分自身に作用する魔術を『自界』に使用する、などという。逆に、自分以外の何かに作用する魔術は『他界』に作用する、などという。ここでいう『他界』とはあの世の事ではなく」

「他人の身体スか……?」

「その通り」


 世界も、他人の身体も、それ自体が魔力に満ちている。

 そして自らの意思が『自界』に強く影響するというならば、他人の意思が影響する『他界』には、魔術は直接通りにくい。


「例えば妾が炎の魔術を用いて、アレックスを攻撃したとしよう。アレックスが防御も何もせねば火傷を負うじゃろうが、それは魔術の効果が直接発揮されたのではなくて、熱に炙られたという物理現象の結果である。先ほどの蝋燭と同じようの」


 いや例えでも俺を燃やすなよ。

 

「じゃあ、メディナさんの魔力を直接アレックスさんの身体に流して『燃えろ!』ってするのは難しいわけっスね」


 だから燃やすなって。


 「その通り。アレックスの『界』が妾の魔力に抵抗するからじゃ。『界』は現状維持をしようとする性質がある。故に抵抗があり、その抵抗を越えるほどの魔力を流し込まねば、アレックスの身体を直接発火させることなどできぬ」

「あー、なるほど。強い冒険者が魔獣の毒やら睡眠魔術が素で効きづらいってのはそういう理屈か」

「そうじゃ。強固な『自界』が魔術に抵抗し、弾くからじゃな」


 もっとも強い冒険者てのは装備や準備もしっかりしているもんだから、それもあるんだろうけど。 

 じゃが、とメディナは続ける。


「何事にも例外はある。『他界』がその効果を受け入れたり、現状維持という性質に合致する場合じゃ」


 なんだと思う、みたいな視線を受けて俺は答えた。


「神聖術の肉体強化の加護とか、治癒魔術とかだろ」

「正解じゃ」


 攻撃されるのは誰だってイヤだ。だから拒絶する。

 だけど肉体強化の後押しだったら望ましいから受け入れるし、ケガの治癒っていうことなら現状復帰だからやっぱり受け入れやすい。

 

「ああ、それで最初の話に戻ってくるわけか。つまり『界』に穴を開ける呪詛ていうのは……」

「『他界』に対する魔術の直接操作を容易にする、ということじゃ。呪詛なんて手段でそれをしようとしているのであれば、その者の目的が何であれ碌なものではあるまい」


 なるほど。

 俺は思わず天井を見上げて唸った。

 魔術士としての素養が無い俺でも、ようやく事態のヤバさが正確に理解できたぜ。


「その呪詛の主は、街単位の数の人間にそれをしようとしているわけか。……この街の住民の数は?」

「ざっと七千人」

「なな……!?」


 ランバートの言葉にリンダが絶句する。 

 なるほどなるほど。

 ランバートが何がなんて背も俺たちに仕事を依頼したがっているわけだ。

 超ド級の厄ネタどころか、神国存亡の危機まであるんじゃないのかこれ。


「改めて。あなた方にお願いしたい依頼とは、地下水脈洞窟の調査、および呪詛水発生源追及、場合によってはその撃滅です」

「よかろう! 妾らがこの街に迫る滅亡の危機を見事打ち払ってくれるとも!」


 安請け合いすんな、と言いたいところだが、今回ばかりはちょっと、受けないわけにはいかないよなぁ。

 さっきから腰の【皇魔剣】がなんかブンブン唸ってるし。


「受けてくださいますか!」

「おうとも、大船に乗った気でいるがよいぞランバートどの。この剣士メディナと一行らに任せるのじゃ!」


 ドン、と薄い胸を叩くメディナ。

 途端、ランバートがすっげぇ微妙そうな顔をした。

 だよね。

 お前たった今あんだけ分かりやすく魔術士講座を開いておきながら、まだ剣士のつもりなの? って顔だ。

 俺だってリンダだって同じ顔をしている。

 十級成り立て屁っ放り剣士にこんな重大な仕事任せたくないよね、誰だってさ。

 

 魔術師として受けてやれよ、そこはさぁ……。

 

 

 





 




 

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追放された元勇者と解任された元魔王が出会ったらろくでもない事になってしまった件 入江九夜鳥 @ninenigtsbird

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