子供の遊び

こーいち

無邪気な悪意

 私が小学6年生だった頃、クラスでは、人に呪いを掛けるのが流行っていました。



 近所の市立図書館に、密教呪術について面白おかしく書いた本があったんですよ。

『嫌いな相手を病気にさせる呪い』とか、『妊婦を流産させる呪い』とか。そんな感じの物騒な呪術のハウツーが書かれていて、今思えばそんなもんあるかいなって話なんですけどね。


 人を呪い殺す為には、自身も死の危険がある試練を乗り越える必要がある━━。って書いてあったのが、妙に説教染みていたのを覚えています。


 友人がそれを見つけて借りてきて、仲間内で回し読みして盛り上がっていたのが発端だったと思います。


 仲の悪かったグループにちょっかい出された友人が、「この本で呪ってやる!」みたいな事を言い出して、向こうもそれを真に受けてビビったりして。


 最初は私の周りだけの小規模なブームでしたが、次第にそれはクラス中に伝播していき、最終的にクラスの皆が呪術の虜になっていました。


 一見すると平和なクラスでしたが、裏では壮絶な呪いの掛け合いが繰り広げられていました。

 まぁ、それくらいなら微笑ましいで済まされたんですけどね。



 私のクラスの担任の先生━━仮にY先生としますか。教師になったばかりの、若い女の人だったんですよ。美人で明るくて、授業も面白くて、みんなその先生の事が好きだったので、先生の言う事なら大人しく従っていました。


 呪いの本の事も、「子供の遊びだから」って、黙認してくれていましたね。



 夏が終わりかけた頃、Y先生は妊娠を理由に休職する事になりました。


 突然の事実に、クラスは大混乱です。今から休職って事は、私たちは先生が休職している間に卒業してしまうので、先生にはもう会えないわけですから。


 クラスのみんなが「休職しないで!」と、嘆願しても、一度決まった話は覆りません。先生が妊娠しているのは事実ですし、身重なまま務まる程、小学校の教師という仕事は易しいものではありませんからね。


 先生が休職する前日、クラスではささやかなお別れ会が開かれました。先生からクラスのみんなへお別れの言葉があり、クラス一同の寄せ書きが先生へ手渡されます。


 寄せ書きを受け取り、啜り泣きながらも一通り読み終えた先生は、口を押さえてうずくまってしまいました。



 饐えた臭いが漂ってきて、先生が嘔吐した事が分かりました。何人かが先生に駆け寄り「先生大丈夫?」と、声をかけるも、先生は小さく嗚咽を漏らすだけで、何も答えません。


 騒ぎを聞きつけた、隣のクラスの先生がやってきて、私たちに廊下へ出るよう指示しました。


 言われるがまま廊下に出ると、遅れて出てきた友人が私に耳打ちをしてきました。

「あの寄せ書き、みた?」

「見てない」

「今覗いてきたんだけど、アレが書いてあった。誰が書いたのかはわかんないけど」

「アレって、何?」



「あの本に書いてあった“妊婦を流産させる呪い”だよ」



 私は言葉を失いました。


 呪術の本は、クラスの殆どが回し読みしていましたし、その過程で先生の手に渡っていた可能性は大いにあります。ちゃんと読み込んでいたのなら、寄せ書きに書かれていた文字の意味も理解できたはず。


「先生が流産すれば、担任を続けてくれるはず」


 そう思ったクラスの誰かが、本に書かれていた呪いを試したのでしょうか。もしくは、単に先生の事を嫌っていたのかもしれません。


 お別れ会はそのまま中止され、隣のクラスの先生の指示で私たちは下校する事になり、吐瀉物に塗れたY先生は、隣のクラスの先生に付き添われ、どこかへ去って行きました。


 それが私たちとY先生の最後です。

 あれ以来、先生と会うことはありませんでしたので。



 誰があの呪いを寄せ書きに書いたのか。恐らくクラスの皆が、それを考えていたに違いありません。


 ランドセルを取りに教室へ戻る際、私もちらっとだけ、寄せ書きを盗み見る事ができました。赤いマジックで書き殴られた“それ”には、勿論名前は書かれていません。




 冬休みが明けた頃、全校集会の場で校長先生より、Y先生の退職が告げられました。病気療養の為、との事です。


 本当に流産してしまい、それがきっかけで鬱病になってしまったのだ、という噂が流れていましたが、真偽の程は定かではありません。






 そんな事件のこともすっかり忘れて10年が経ち、私は教育実習生として、かつての母校へ舞い戻りました。


 久々に入った母校は、まるで自分が巨人にでもなったかのように、何もかもが小さく見えます。


 私が受け持つ事になったのは、小学6年生のクラス。最初は少し不安でしたが、みな明るく素直な子たちで、私はすぐに受け入れられる事ができました。



 そういえば、あんな事件もあったな。


 ふとY先生の事を思い出して、なんとも言えない気持ちになっていた放課後。


 クラスの子が、1冊の本を見せてくれました。


「先生、あのね。いまクラスではこの本が流行ってるんだよ」


 密教呪術読本。かつて私のクラスで流行っていた、呪いの本であり、Y先生を退職に追い込んだ元凶が、そこにありました。



 私が実習期間を終えるまで、あと2週間。このまま無事に終えることができればいいのですが。



 『人を呪わば穴二つ』とは、よく言ったものですね。

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