第2話
リュティスに連れられ……正確にはついて来たのはサンゴール王宮にある書庫だった。
その時のメリクには本がいっぱいあるという判断しかつかなかったが、この部屋は普通の書庫とは明らかに異なる魔術的な本を集められた場所であった。
部屋に入るとリュティスは早くもメリクを構うことは投げ出したようだ。手頃な本を取り椅子に座って視線を落とす。
リュティスが何を読んでいるのか、気になったメリクは近づいて声を掛けようとした。
「……あの……」
声を発してから、思い直して両手で口を押さえる。
何となくリュティスの静寂を乱すのはよくないことのように思ったのだ。
メリクはリュティスから少し離れて、部屋の中を珍しそうに見て回った。
壁に古い杖が幾つも掛けられている。
更に奥に進むと扉があり、そこをそっと押し開いてみればガラン……と人気の無い石造りのホールになっていた。
奥に祭壇がある。
礼拝堂にも似ていた。
メリクの村にも小さくはあったが教会があった。子供が立ち入ることは禁じられていたけれど。
祭壇の方へと歩いて行く。
目の前の壁には不思議な模様が限られている。
炎を逆巻く竜の紋。
横を見るとそこにも古い本棚があった。
メリクは歩いて行って、その中で手短にあった一つの本を開いてみる。
ちょっと重く手に余ったので床の上に座ってページを捲った。
そこにある文字はメリクには全く読めなかった。
ただ、何気なく捲ったページに古い絵が描かれている。
一つ目の巨神が、巨大な竜を三匹、鎖に繋ぎ引きずっている絵だ。
メリクの瞳に僅かに怯えが混ざる。
更にページを捲ると、太陽を食らう巨神の絵が描かれていた。
初めて目にする不思議な絵にメリクはじっと魅入っている。
――――ゴォン…………!
突然鐘の音がして、メリクはびくりと全身を強張らせる。
慌てて本を抱えて部屋を飛び出した。
曲がり角を曲がればすぐにリュティスの後ろ姿が見える。
その途端ホッとして、メリクはゆっくりと近づいて来る。
リュティスは一度だけメリクに視線をくれた。
黄金色の一瞥にメリクは背筋を伸ばしたけれど、すぐにリュティスの視線は外れる。
リュティスとは別の、しかしすぐ側にある机に大きな本を置き、メリクは椅子によじ上った。
そしてもう一度ページを捲ると、読めない文字の書かれたその本を黙々と読み出したのである。
◇ ◇ ◇
陽が傾いていた。
いつの間にか机に伏せて眠っていたメリクは眼をこすりながら身を起こす。
すぐ側に長い影が落ちていて、振り返ると書庫の窓辺に腰掛けてリュティスが外を眺めていた。
しばらくその後ろ姿を見つめたメリクは椅子から降りるとゆっくり歩いて行って、リュティスの隣に立った。
窓辺の縁に顎を乗せてじっと同じ景色を見つめる。
森を抜けた所にある大きな湖に夕陽が沈み込み、地上は黄金色に輝いていた。
「……古の巨神イシュメルは己の片目を代償に、白雷の宿るその腕で闇を裂き、神の死角となる異空の領域を手にした異能の神だ。
雷、内なる憤怒……そして隠された知を司ると言われている」
驚いて顔を上げる。
リュティスの口から淀み無く流れる言葉がひどく美しかった。
リュティスが言った事が、あの本に描かれていた巨神だということが分かると、もっとその話を聞いていたかった。
「リュティスさま……」
変哲も無い小さな村に生まれ育ったメリクには、魔術というものがまだよく分からなかった。
だが一つ幼い頭で思った事は、魔術がリュティスとの縁を結んでくれるかもしれないという事だった。
リュティスの服の裾に触れようとして、メリクは叱られた事を思い出し慌てて手の平を裾の中に隠す。
遠くからアミアの声がした。
リュティスが窓辺から離れてメリクの隣から去って行く。
一緒にいられる時間が終わったのだ。
窓辺に片頬を預けて、メリクは夕陽に輝くサンゴールの城下を見つめていた。
魔術はきっと闇の道を拓き……自分をあの人のもとに連れて行ってくれる。
焦がれる様な想いでそれを確信したメリクは、しばらくリュティスの残像が残る窓辺で黄昏の時に留まったのだった。
【終】
その翡翠き彷徨い【第5話 黄昏の時】 七海ポルカ @reeeeeen13
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