酸素均一化装置 ——〈《オキシジェン・バランサー》〉——

大爆発に、ご用心

　20XX年。

　世の中は物騒なもので、あろうことか、ヒトを間引きたいと考える支配者層が出現した。

　彼ら曰く、「人口爆発により、ヒトの数が、地球の資源供給を上回ってしまっている。だから食べ物や物資や土地が足りなくなって飢餓や貧困や領土争いが起きる！」ということらしい。

　思考を奪われた一般大衆も、それをウンウンコクリコクリと鵜呑みにしたが……

　ほぼ全人類に対して異議を唱える、一人の男がいた。

　その名も、スイサワー博士。

　メカメカしい箱を一つ、両手で抱えているスイサワー博士は、〈世界緊急放送〉と称して、全世界に映像発信している。

「……権力者たちの『人口爆発のせいで何もかも足りなくなっている』というもっともらしい主張は、とんだ間違いである。あらゆる不足の原因は、ヒトの一極集中と、それに付随するモノやコトや金の一極集中である。現代人が『ド田舎』だとか『僻地』だとか呼ぶ地域を含めて世界各所に目を向ければ、資源も土地も有り余っている。見ていない、見ようとしない、忘れているだけである。ゆえにヒトが然るべき密度で分散すれば、全て問題は解決する。人口爆発は、局所的爆発に過ぎない。木を見ず、森を見よというのは、まさにこのことである。では、いかにしてヒトを分散させるのか。その答えも、私は当然用意している。酸（・）素（・）を分散させるのだ。そう、私が手に持っている、この酸素均一化装置（オキシジェン・バランサー）を使って、だ。この装置は、名前の通り、酸素を、然るべき密度になるよう、世界に分散制御するためのものである。ここでやや飛躍した物言いをするがご容赦いただきたい。酸素というのは————我々ヒトと同じく、意思を持っている。酸素は、吸われることに喜びを見出している。そのため、『吸われよう、吸われよう』と思って、酸素を必要とするヒトが集まる所に、酸素も集まる。一方でヒトには、実は酸素を求めて、無（・）意（・）識（・）に酸素の多いところとそうでないところを判別し、酸素の多いところに一極集中する習性がある。この連鎖により、酸素もヒトも、足並みを揃えて、過剰に偏っていくのだ。話を戻すがそこで————酸素均一化装置（オキシジェン・バランサー）の出番だ。当然、酸素がなければ、ヒトは生きていけない。なら、ヒトが多すぎる場所では酸素を減らし、減らした酸素を、酸素が、ヒトが少ないところ、に移動させることができれば、ヒトはまるで金魚のフンのごとく、酸素に着いていき、否応なしに分散する。でなければ、窒息死する。分散を強いられたヒトは、争う暇もなく、満足に酸素を吸える場所を求めて、森へ、山へ、自然と、かつてのような自然との共存生活を受け入れるだろう。ちなみにヒトが少ない地域に木々や草花が生い茂るのは、酸素が少ない代わりに、空席を埋めるようにして、二酸化炭素が流れ込むからである。もちろん、光合成が関係している。だから、この装置の使用後は、ぼうぼうとする大自然は、ちょうどいい具合の茂りに落ち着くだろう。それで開墾も楽になる。そろそろこの酸素均一化装置（オキシジェン・バランサー）のスイッチをオンにしようと思う。一度電源が入れば、もうオフにはできない。そういう作りになっている。スイッチをオンにしたら、みんなで、よーいドンだ。集中していた酸素は、そこそこの速度で分散する。とはいえ、無意識の習性に突き動かされて、みんな全力ダッシュするだろう。いや、だが、今いる場所にとどまる者もいるだろう…………白状しよう、私自身、この装置のスイッチを押した後に起きる細々としたことは、よくわからない。わかるのは、とにかく酸素が然るべき密度で分散、それにヒトも追随する、それだけである。まぁ、悪いようにはならないだろう。知らんけど。では、スイッチを押すぞ？　押すからな！　せーのぉっ！　ス・イ・ッ・チ・オ・ン！！！」

　ボォン！

　ヒト諸共（もろとも）、世界は木っ端微塵に吹っ飛んだ。

　気体の酸素だけでなく、全ての酸素含有物質が、分解分散爆散したのだ。酸素があるとよく燃えると言うが、それそれは、よく燃えた。そういえば、二酸（・）化炭素——CO（・）2にだって、酸素が含まれているではないか。宇（・）宙（・）じ（・）ゅ（・）う（・）の酸素は、美しい結晶構造をとるように、完璧に均一化した。スイサワー博士を「詐欺師め！」と糾弾する者も、スイサワー博士自身も、もはやこの世にはいない。

　酸素均一化装置（オキシジェン・バランサー）は、〈酸素エントロピーゼロ化装置〉とでも、呼ばれるべきだったのかもしれない。それに、はからずも、ではあるが、人工的人口大爆発は、起きたではないか。