第5話 そんな神話知らない

ユダヤ教を代表とする多くの一神教において、神と人間は絶対的に断絶されている(絶対超越)。

そして日本神話の高天原、北欧神話のアースガルド、ヴァナヘイム…等、多神教世界においても、少々不完全ながらそのジンクスは適応されてきた。

基本的に、神は天上、人間は地上に生きた。

かつて人間は神に近づくため、「バベルの塔」を建設した。自らに近づこうとした人間を神はどう扱ったのか。俗っぽく言えば、天罰が降った。塔は神の怒りに触れて破壊され、それを機に分断された地上の人々は、異なる言語を話すように設定された。


それでは、神と人間はもう完全に出会えないのか?それも違う。

我々人間は近づくことができなくとも、神が我々に近づいてくれる場合があるからだ。つまり、神の言葉を預かる「預言者」という存在が人と神を繋げる。我々は基本的に、神に対して受動となる。彼らが我々を求めてくれる時、初めて我らはその神と繋がることができる。


神はどこにいるのか。

天高くに進めば神はいる?

それとも、僕たち心の中にいつもいる?

違う。神は生命そのものであり、変化する。

「どこ」と言われれば、「いろいろ」と答えよう。もしくは「次元の壁の先」とも言おう。空間の次元、時間の次元、認識の次元。それは例えば、我々の触れている空気の壁を捌いた中だったり、人の心の中だったり、シナイ山頂の雲の上だったり。彼らはそのような「いろいろ」にいるからこそ、絶対超越と預言者への(天使を介した)関与を同時に成立させることができる。


まとめよう。人間から神に関与することは不可能であり、それは神が「次元の壁の先」にいるからである。人と神が関わるためには「神の意思」でこちらに歩み寄ってもらう必要があるわけだ。



………しかし現代、その法則は崩れた。

外星生命体「MONO」という存在によってである。なぜなら彼ら「神と人間、両方に干渉可能」という特殊な性質を持っていたからだ。




カンカンカンッ…街外れの、もう営業の終了しているある工場を何者かが駆けていく。六本足、茶色い体色、丸い頭部…コオロギのMONO「ペレシト」だ。


必死に工場を駆けまわり続け、ある場所へと進んでいく。そしてそれを、バチバチと雷を散らしながら金色の戦士が追いかける。彼女が雷華珊打彫兎ライカ・サンダボルト、またの名を武甕槌タケミカヅチ。ペレシトは雷華を一度は敗北寸前まで追い詰めた強敵であった。しかし増殖した自分の兵隊を彼女に潰され、現在隊長格である一個体を残して全滅した。そんな状態ではもはや勝ち目なし…逃亡に全てを賭けた。 


ある場所に辿り着くと、ふとペレシトの足が止まった。


工場地下、重機の並ぶ倉庫に出口はない。追い詰められたペレシトに、彼女は電流を放出して攻撃の準備を始めた。しかし、彼は自身に迫る死に対しまったく焦りを見せない。


「二日に渡る追跡ご苦労…流石にしつこすぎるぞ…」


「…」


「本当は貴様を撒いてからが、もう体力的に辛抱の限界だ。私は帰らせてもらおう。」


「…何?」


ペレシトは爪の生えた指先で何もない空間を指でかき混ぜ始める。すると…それによって開かれたのか、それとも何かに合図を送ったのか…突如として『裂け目』が現れた。


「!?」


裂け目は広がり、1メートルほど開いたところで開放が止まった。奴はそこにスルリと体を入り込ませると、影も形もなく完全に消え失せた。一瞬の出来事だった。彼女は電流を止めると足早にその裂け目へと駆け寄るが、彼女が到着する頃にはそれは完全に閉じてしまった。裂け目があった場所に手を伸ばしても、もう何もない。


「…何故。」

「何故…MONOがと同じ技術を…」


————————————————3ページ目

裂け目の中は泥風呂のような、真っ暗で、ぬめついた感覚が広がっていた。ペレシトはその中を泳ぎ続けその奥へと進んでいく。


ボチャッ…体が泥から抜けて、ある空間に降り立った。そこには、あるMONOがいた。


「こっぴどくやられたようだな?ペレシト。」


「…トト。」


トトはかつて地球に降り立ち、かぐや姫を連れていった天人の代表であり、そしてまたエジプト神話の月の神でもある。ペレシトは酷く消耗し、やつれた様子で答えた。


「その通りだよ。増殖した私の兵隊は皆死んだ。もう私が最後の個体だ。」


「ご苦労だった。」

「ところで、お前に課したミッションはどうなった?」


「無論、果たしたぞ。」

「武甕槌を限界まで損傷させ、奴の予備バッテリーを起動させた。奴は以前よりグッと能力を高めたはずだ。」


「上出来だ、暫くお前は増殖に専念していろ。」

「武甕槌の覚醒はゆっくりと行う。定期的に攻撃を仕掛け、奴の能力を順々に解放させる。滞るようなら、私が直接出て強制的に覚醒させよう。」

「そして…」


「最終的に奴を完全に殺す。」

「この日本は人間とMONOが繋ぐ、そのために神の血は途絶えさせねばならん。」


そう言うと、ペレシトは空間をさらに潜り姿を消した。


———————————————4ページ目


翌朝、土曜日。

無論学校は空いていない。しかし赤波も玲も、図書館に篭り、昨日の作業の続き。図書委員呉葉のいない今日は効率が少し落ちて、二人とも苦戦気味。二人は早々に疲労感から机に突っ伏した。


「机ひんやりする〜…」


そもそも努力する方向がこれであってるのかもわからず、ただ手を疲れさせてるだけじゃないのか?と二人は悩み始めた。とにかく雷華の力になりたくて始めたことだったが…いかんせん途方もない作業。山積みの資料を目に入れたくなくて、うつ伏せになっていた時のことだった。


「赤波サン!玲サン!」


二人の肩が叩かれ、声が聞こえた。急いで顔を上げると、そこには何か困った様子の雷華がいた。


「うわっ雷華ちゃん!大丈夫やったか!」


彼女は二人に会えていくらか落ち着いたようで、近くの席に座ると昨晩の出来事をゆっくりと話し出した。


「ペレシトに逃げられた…?」


「エエ、そうです。でも本題はここじゃないんデス…」

「奴は次元を捻じ曲げて、その裂け目へと逃亡しマシタ。それは…私のであった天照大神が見せた能力とまったく同じだったんデス。」


辛そうな、悔しそうな、そんな苦々しい表情を浮かべる彼女。しかし、二人はそのことよりも、ある一点が気になった。


「…姉妹?」


「はい、姉妹。天照大神はワタシの『お姉ちゃん』デスヨ。」


「…えっ?」


雷華と二人は困惑した様子で硬直した。何故なら二人は昨日学んだ日本神話において、はっきりこう習ったからだ。


『武甕槌はアマテラスやスサノオといった著名な神よりも早く産まれた』


二人が血縁…まして直系の姉妹というのはありえなかった。


「いやいや!私これは勉強したもん!」

武甕槌雷華ちゃんと天照大神は出自が違うでしょ!武甕槌は軻遇突智の血から、天照大神はイザナギの体から産まれたはず!」


「…違いマスけど?」

「天照大神も私もイザナミの体から産まれマシタ…」


混乱が強まった。二人は「日本書紀」「古事記」両方を用いて日本神話についても調べたが、武甕槌がイザナミから産まれた資料なんてなかった。


「ちょっと待って、一回整理せぇへん?神話を段取りで確認したい!」


「了解デス。」


「まず…男の神様のイザナギと、女の神様のイザナミがいて…二人はたくさんの神様や日本列島を作ってたんだけど、イザナミは軻遇突智って神様を産んだ時に亡くなっちゃったんだよね?」


「はい、あってます。」


「よし、その時にイザナギは軻遇突智を恨んで刀で斬り殺した。そしてその時に出た返り血が…雷華ちゃん(=武甕槌)を産んだ!」


「…?」


「そしてイザナギは死んだ妻を甦らせる為に黄泉の国に行ったんだけど…死者となっていたイザナミは蛆に塗れた腐った姿で…恐ろしくなったイザナギは彼女を振り切って高天原に逃げ帰っちゃった!」

「そして彼はその後に、死者の世界に行ったことで穢れた体を清めた。その時にポロポロッ…て三柱(アマテラス、スサノオ、ツクヨミ)の神様が産まれた!」

「どう?どこが間違ってる?」


「まず軻遇突智から私が産まれたところデス。さらに、イザナギの体から三柱の神が産まれたところも違いマス。」

「イザナギは死者の世界から帰った後、自殺したんデスよ。」


「………え?」



二人の顔が青ざめる。自殺、まったく予期していなかったワードだった。


「どうやら、後世には大きく捻じ曲がって神話が伝わっているようデスね。」

「本当の日本神話を伝えましょう。イザナギの死を起点に全てが崩壊した…私と、ある一柱を除いて全ての神が死んだ神話を。」

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ライカ・サンダボルト-神はなぜJKとして生きると決めたか- リバテー.aka.河流 @rivertee

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