第4話 タケミカヅチって? 


時刻が夜九時を回ったころ、三人は帰宅することにした。眉間に皺を寄せ、何か考え込んでいる様子の雷華に対し、二人は話しかけることができず、無言で足を進める。


廃墟を出る直前、雷華は二人を振り返り尋ねた。


「…今回、アナタたちを巻き込んでしまったのはワタシの責任デス。ごめんなさい。」


深く頭を下げる。

二人の返答が出る前に、雷華は言葉を続ける。


「襲ってきた奴らは全滅させましたが…数が多すぎました。数体を取り逃がした可能性もあります。」

「ワタシはコレから、そういう奴らを探します。アナタ達はとにかく今日は真っ直ぐ帰り、いつもと変わらず過ごすようにお願いします。」


「…わかったよ。」


二人は廃墟を去りながら、一人廃墟に残り手を振る雷華を見つめた。彼女の説明によると、今回のように市民がMONOには直接危害を与えられることはほとんどないと言う。事実、今回二人はMONOに首を絞められたものの、口や鼻からの出血はあのペレシトによる偽装…つまり血糊を使ったフェイクだった。わざわざ血糊を用いるほど、彼らは「人間」に対しては安全を保証している…そう、人間にだけは。


「今日、ウチらエイリアンに攫われたんよな?一応。」


「そう…だね。あんま実感ない感じ、雷華ちゃんがやられてた時はすごい怖かったけど、今は結構落ち着けてる。」


「そうねぇ。ウチらにはほとんど危険性ないからかなぁ?」


「うん。多分こっちから近づかなかったら、私たちは今まで通りあのMONOってのと関係なく暮らせると思う。」


「…『ウチら』はな。」


雷華のことが鮮明に思い出される。

彼女の傷は治っていたものの…MONOに殺されかけて、彼女は確かに泣いていた。どれだけ痛かったろう。どれだけ怖かったろう。

あんなものに、頻繁に襲われる日常…


「…雷華ちゃんを助けてあげたい。」


「ウチもや…!」

「ちょっと外星人とかスケールがデカすぎるけども!とにかく!出来ること探すで!」



——————————————2ページ目


次の日の放課後、二人は図書館へ向かった。


蔵司高校は文系特化の私立高校、ここには他の学校とは比べ物にならない…もはや体育館サイズの超巨大図書室がある。誰が呼んだか「地球の本棚」。しかし、コレだけ巨大な図書室があるといえど、現代学生たちの『本離れ』は深刻であるようだ。ここにいるのは自習室代わりに訪れた勤勉な者と、わずかな読書家達。それくらい。

しかし今日の様相はいつもと違った。それらの人々に加え、大量の資料をかき集めている見慣れぬ女子が二人。


「神話!モンスター!オカルト!」

「とにかくなんでもいいから調べまくれ!!!」


彼女達は図書館の雰囲気を損ねないように小声で“叫ぶ”。玲はワタワタと本棚と机を何度も往復して本を運ぶ係、赤波はその本の中から神話上の怪物やSFモンスターをとにかく紙に記しまくる。


特にきつそうなのが書記役の赤波。よほど切羽詰まって作業しているのか、さっきから瞬きすらしてない。右手は字の書きすぎでぷるぷる震えている。


二人は昨日の雷華との話を思い出していた。トト神やペレシトといった世界の神や怪物達。それらの正体はMONOの可能性がある。二人は世界のそのような伝承を徹底的に調べ上げ、雷華が今後出くわす可能性のある奴らの特徴をまとめ、彼女をサポートしようとしていたのだ。


彼女達の作業が二十分を経過する頃…一人の男子が声をかけた。


「失礼します、よろしいでしょうか?」


書記役の女子は手を止め、ようやく顔をあげた。そこにいたのは、メガネをかけた…かなり…小っちゃい男子。多分同学年の男子だろうか?初めて見る生徒だった。


「あ、はいはい。なんでしょう?」


「先ほどから何をしていらっしゃるのですか?」


「あのー…その…あれですよ。小説!小説の題材として、ちょっと世界の不思議なモンスターたちを調べとるんです!」


「…」


流石にMONOだの神だの全部を開けっぴろに話すことはできなかった。適当な言い訳で誤魔化す。

そんな彼女に対し、彼は少し目を細めて、訝しんでいるようだ。 


「あ!ちょっと迷惑でしたね!スイマセンねバタバタやっちゃって!」


やや気まずい空気の中、耐えきれず赤波は資料を閉じて片付け始めた。


「いえ、特に迷惑ではございませんよ。片付けも僕たち図書委員が致しますので、お気になさらず。」


彼は眼鏡の下で朗らかに微笑み、立ち去ろうとする彼女を制止する。むしろ、新たに本に興味を持ってくれた人に対し、歓迎するような雰囲気。どうやら適当についた誤魔化しが好印象に写ったようである。


「お隣いいですか?」

「面白そうだ、僕も輪に混ぜて頂きたい。」


「もちろんええですよ!ドウゾドウゾ!」

(アカン言い訳ミスった!)


新しく資料を持ってきた玲も混ぜて、テーブルを三人が囲む。


「お二人はどんな小説を書こうと?」


「その…あれですよ!クトゥルフ神話的な…神様だと思って崇められていた存在が本当はエイリアンだった!…ていう…設定の…小説です…」


(おい玲ィ!!!その説明そのまんますぎる!もうちょっと嘘混ぜへんと!)


「へぇ…神がエイリアン…ですか。独特ですが、奇抜で面白いと思いますよ。」


彼は二人の説明をとても真面目に聞いてくれる。


「そう言えば、三年の授業では古文を本格的に学ぶのですが、お二人の探しているような話が日本の古典にありましたよ。」


「そうなんですか…って三年!?」

(完全に同学年やと思っとった!二個も年上やったんか!)


「まぁもう少し幼く見えますよね。前は中学生に間違われましたし。」


彼の年齢に衝撃を受ける二人をカラカラと笑い、彼はカバンから教科書を取り出した。

彼が示したのは「竹取物語」。


「知っていますか?」


「流石に知っとりますよ、かぐや姫ですよね?」


「そうそう。僕が気になったのは、かぐや姫を連れて行った天人たちです。月から現れた彼らは、閃光、空中歩行、念力サイコキネシスなど数々の技を披露し、さらに不老不死の薬の精製など、人間を超えた優れた文明力を示しました。」

「彼らは月からやってきた…俗っぽく言えば彼らもエイリアンではないでしょうか?」


「確かにそうですね…世界ばっかに気を取られてたけど、日本にもこんな伝説があったんだ。」


「ダジャレじゃありませんが、宇宙に関連する伝説は星の数ほどありますから、ゆっくり探してみるといいですよ。」


「どうもです…あっそう言えば!」

「武甕槌!武甕槌っていう神様について知っていますか?私他はわかるんですけど、日本の神話だけはよくわからなくって…」


「うーん…ザッと話すと武甕槌は武の神様ですね。」


彼はどこからはホワイトボードを用意し、黒いペンで日本地図や天界と思しきものを描き記す。


「まず、彼は軻遇突智カグツチという神様をイザナギという神が刀で斬り殺した時、その刀に滴る血から生まれました。このエピソードは長い日本神話の中でも最初の方、アマテラスやスサノヲといった有名な日本の神々より早く生まれた神なんですよ。」


彼は高天原たかまがはら(神のいる天上世界)にペンを走らせ、武甕槌の名を書き足す。


「武に関するものとしては、特に国譲りのエピソードが有名です。」

葦原中国あしはらのなかつくに(現実の日本列島、地上世界)を平定するために、武甕槌は高天原から送られました。彼はその過程で、葦原中国にいた建御名方タケミナカタという剛力の神と争い…彼を真っ向から圧倒して勝利しています。」


日本列島の九州北部あたりから、長野県あたりまでの矢印を走らせる。なるほどこのくらいの距離をかけて建御名方を追いかけ続けたのか。


「なるほど、要するにめっちゃステゴロが強かったんですね?」


「はい。」


「変な質問をするんですけども…武甕槌が女で…しかもウチらくらいの女子高生だった可能性ってあります?」


「…まぁ…ないと思いますね。」


「デスヨネ!変な質問してすいません!」


「それも小説に?」


「いやまぁ没案的な!これは本当に忘れてもらって大丈夫ですので!」


「…」


彼は今までの優しい雰囲気とは異なり、この時は少し食いつき方が違った。やや疑っているような、というかこちらを観察しているような、そんな気持ちの悪い何かを感じたのだ。


三人はその後、真面目に資料のまとめを行った。まるで試験前の学生のような、もしくは論文に苦戦する大学生のような…そんな雰囲気。玲は元々神話好きだったから嬉々として行っていたが、赤波は慣れない神話の雰囲気に大苦戦。インド神話規模おかしすぎる、日本神話神様多すぎ、ギリシャ神話モラル終わってる…などなど。


「…はぁ疲れた!」


日も暮れ始める頃、百均で買ったファイルが埋まるほどの量のルーズリーフをようやく描き終えた。


「ハハハ、楽しかったですね。二人ともお疲れ様でした。」


「お疲れ様です…!」

「先輩のおかげで今日はマジ助かりました!」


「本当にありがとうございました!」


「いいですよ、僕もお二人の活動を手伝えて良かったです。またいつでも頼ってください。」


「ありがとうございます…そうだ!最後に連絡先交換してもいいですか?」


「いいですよ。ほら…」


彼は携帯画面にQRコードを示す。それを読み込むと、彼のSNSにつながるページが開いた。


「あっ読み取れました!」


画面に表示される『詩三呉葉』。


(アカウント名を本名にするタイプなんやな。思ってたより名前可愛いし…)


彼は笑顔で手を振り、二人は満足そうな顔で去っていく。


「………」


彼女らが校門へ向かうため階段を上がり、完全に見えなくなった頃。彼は小さく呟いた。








「あの二人は何か重要なことを知っている気がする。もう少し二人と仲良くなろう。」

「そうしたら…世界の謎を解く日はグッと早くなるはずだ。」




「まずは…みんなに伝えよう。」




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