第3話 天人

廃墟の外、雷華を追いかけていた二人が追いついた。中からは誰かが争っているような音が何度も響き、そして廃墟の闇を呑み込むほどの閃光が迸る。


「あの光…さっき見た奴だよね。」

「やっぱ雷華ちゃんあの中にいるよ…!」


思わず駆け出した彼女を、赤波は強く手を握って止めた。


「待って…多分、中入らんほうがええ…」


彼女はスッ…と右手の指を差し出した。

すると、彼女の指にはまるで雷に打たれたような火傷跡が残っていたのだ。


「な…なにこれ…」


「さっき雷華ちゃんに手ぇ伸ばした時に出来た…」

「爆音と閃光…あとこの火傷の跡を見るに…あの娘は電気を体から出してるとしか思えん…」 


「体から電気…!?流石におかしいって…!」


「私にもまだよくわからんけど!近づかん方がええのは確かや!」


二人はますます強さを増していく廃墟の中の音と光をただ見つめた。廃墟の中に入らなかったのは、身を守る判断として正解である。

ただし、もし本当に無事でいたかったのなら、この程度の距離では不十分と言えよう。もっと距離を取るべきであった。


不意に二人の首元に、何かが伸びた。


「ん…?何か触ったような…」


何かトゲトゲとした感触と、擦り合うような羽の音。刹那、二人は何者かに攫われた。


———————————————


廃墟の中に視点を移してみる。

膠着が崩れ始めた。

一人の少女を囲い込み、四方八方から次々と人型のコオロギの群ペレシトが襲いかかる。まるでカンフー映画か、空手の乱取り。大顎を開いた奴らは、剥き出しの足に、腕に、首筋に…肌を晒した箇所を無差別に攻撃しにかかる。

彼女は冷静に、降りかかる火の粉を払う。


正面の敵に対し、顎を砕く勢いで相手の頭部を肘でかち上げる。奴は頭が上にぶち上げられ、無防備に喉元を晒してしまった。彼女は奴の無脊椎の喉を一本拳で撃ち抜くと、奴は白い体液を口から吐いて倒れた。


後方、そして天井から同時に攻撃を受ける。

彼女は腰を回転させ体重を右半身にかけると、その勢いで後方の敵の腹部に肘打ち、それと同時に裏拳で顔面を潰す。


「ハァッ!!!」


腹部への強打、一撃で上部の敵を撲殺。

流れるような打撃の連続により、飛びかかるペレシトは皆、体を砕かれ容易く撃退されていった。


さらに…彼女が奴らを攻撃するほど、

体を動かすほど、

髪が逆立ち、青く染まる。


「充電完了。」


再び両拳を合わせ、大きく振りかぶる。腰を後方に反らせ、全力で胸を張る。歯を食いしばり、最大の力を込める。

ペレシトは彼女のチャージに反応して、我先にと大きく後退する。



「『MIGHTY THORマイティー・ソー』ッ!!!」



ドゴオッッ!!!

廃墟の全てを貫くような落雷の音。閃光とともに、またも大量のペレシトが感電により焼け焦げて息絶えた。


「想定外だ、ここまで強いとは。」

「私達の数も限界。これ以上は無駄死にできん。」

「そうだな、搦手を使おう。」


大群を圧倒していた雷華も、流石に息が切れてくる。額の汗が瞼に滲み肌が砂埃で薄汚れる。


「おい、武甕槌タケミカヅチ。」


大群の中の一人が声をかける。

彼女がそちらへ目線を移した瞬間、頭が真っ白になった。


首を握りつぶされ、宙に吊るされた二人がいた。

赤波と玲…クラスで初めて出来た友達。

二人は口や鼻からタラリと血を流し、虚な目をしていた。


「助…け…」


「なっ…!」


雷華の意識が完全にそちらへ移った瞬間である。


ガブリッッ!


「〜ッッ!!」


彼女の右腕の二の腕を大顎がとらえた。直ぐに腕の肉が挟み潰される激痛が襲いかかり、彼女は噛み付く敵の頭部を何度も殴りつける。しかし、この距離では有効打とならない。


「このようなアナログな策でも案外うまくいくものだ。」

「このまま、君を咀嚼して分解する。」

「まずは、上腕動脈を断とう。」


プチプチプチッ…筋肉の断裂する音が鳴り、彼女の二の腕から肉片が飛び散った。


「ぐっ…!」


ピシャー…噴水のような出血。彼女の右腕はピンク色にベタつき、ピクピクと痙攣を繰り返す。激痛と共に不能となった。


「ようやく隙が生まれたな。」


ガブッ…バリッ! グチャッ…!


「ぐうぅっ…!!!」


右腕ばかりに注意の行っていた隙だらけの腹部を噛み潰し、顔面を殴り、膝を噛み砕く。無欠に思えた彼女の肉体が徐々に肉片になって千切れていき…崩れていく。黄色い脂肪、絵の具のように真っ白な骨…彼女の内部が切り暴かれ、友人達の目の前に晒される。


「雷華…ちゃんっ…!」


「先ほどの暴行、そしてグロテスクで不快な場面を見せてしまい、申し訳ない。」

「武甕槌を殺害した後は、君たちを無事に解放すると約束する。」

「あくまで彼女を殺すだけ。」


二人は抑えられていた首から手が離れ、咳込みながら崩れた。彼女達は自由になり、ただ雷華を襲うリンチを見るだけ…


ボトッ…彼女は全身を咀嚼され、酷い状態で放り出された。左足は膝の腱だけで繋がり、ほとんど千切れかかっている。先ほどの右腕の断裂はより深く大きくなり、彼女の腹部は雑巾を絞ったような大量の出血。身体中を噛み潰されるという極度のストレスと激痛で涙を流し、鼻からも口からも止まることなく流血している。

唯一軽傷であった左手の肘から先だけを使い、開放した腹部から内臓が流失しないように蓋をしている。


「酷…すぎる…なんで…」


二人は吐き出しそうな恐怖の中で、ボロボロの彼女を見た。生まれて初めて見た…本当の暴力。それだけで心臓が止まりそうなストレス。その上、今朝できたばかりでも…学校の友達が、まだ歳も若い女子が、全身を噛み砕かれて血まみれで転がっている。ここに来たことの後悔の中で、涙がただ溢れた。


「良かった。これで死んでくれそうだ。」

「首を離そう。」

「左手を押さえて。」


彼女はまるで解剖されるカエルのように、力なく手足を伸ばされる。そしてあの大顎が喉元に近づく。彼女は…死ぬ。

その寸前であった。


「…再充電完了。」


思いがけぬ言葉を吐いた。

まるで、何事もなかったかのように。


「ッッ今すぐ殺せ!!!」


初めて奴らは冷静さを欠いた。

ペレシトの牙が喉に迫る…しかし。


バチバチバチィッ…!


もう手遅れであった。手足を押さえていた者も、首を攻撃しようとした者も一瞬で倒れ伏した。死因は無論、感電死。


周囲を取り囲んでいたペレシトは皆後退し、すくりと体をあげる彼女を見つめた。彼女が片足のまま、完全に立ち上がった時、ようやく気付いた。


「先ほどより電力が高まっている…?」


彼女の纏う電流は目に見えるほど派手に輝き、うねる龍ように自在に動いた。


「攻撃を受けるホド…電力は増す。」

「私の特殊な体質…」


「人海戦術だ…!命を捨てて放電させろ!」


ペレシトが次々に彼女に食ってかかるが、もはや触れることすらできずに倒れていく。彼女は身動き一つ取ることなく、周囲の電流を操り彼らをKOさせる。


感電、感電、感電。

そして…残るは一匹。人質の二人を押さえていたあの一人だけ。


「待て…わかっているな…この人質を殺すこともできる。」


震える二人を両手に持ち、ジリジリとペレシトは後退りする。外に繋がる窓枠まではあと3メートルほど。


しかし、もはや一匹のみでは彼女を止めることは不可能であった。歯がガチガチと震え、足はふらついている。目の前の血塗れの少女に恐怖している。そして、決着の時が来た。


雷華は左手のみを使い、ピストルの形を作る。

周囲の電流が寄り集まるように、人差し指の先端へと集結する。

無論、銃口は…ペレシトの頭部へと、


「『電』…『磁』…『力』…!」


「待て武甕槌…!」


ビリビリと廃墟が震え、熱線が砂を巻き上がらせる。彼女を覆っていた電流は消え失せ、それに反比例して閃光は明るさを増す。

ボロボロの体に残る、全ての電力を指先へ込め…放つ!


「『FLEMINGフレミング』!!!」


「ッッッ!!!」



………


光が通り過ぎるような…一瞬の出来事。

二人を掴んでいたペレシトの腕がだらりと垂れ下がり、前のめりに倒れた。奴の頭部は錐で開けたような小さな穴一つのみが開けられており、奴はその一撃で死んだのだ。


——————————


戦いが終わると、二人が駆け寄った。


「雷華ちゃん…雷華ちゃん!!!」


「病院!今すぐ助けを呼んだるから!」


二人はあたふたしながら携帯で救急に連絡しようとする。無論、彼女の血塗れの格好を見て、今すぐに助けなければ命が危ういと判断してだ。


「アノ…すいまセン。病院は必要ありまセン…」


「えっ…いやそんなわけないでしょ…!」


「私はソノ、人間じゃなく…神なんです。」

「古いニホンの神、名は武甕槌。」


「………マジ?」


無論、彼女が只者ではないことは承知していた。しかし…その想像を遥かに超えていた。


「神!?」

「マジ神!?」


「ハイ…神は神以外に殺されマセン。」

「神以外につけられた傷はどれだけ深くても、一日くらいで治りマス。」


「えっじゃあ…その足もくっつくし…お腹も塞がる!?痛くないの?」


「痛さはもちろんアリマスが…ガマンしてます…」


彼女は目をやや涙ぐませながらすでに塞がりつつあるお腹を摩っている。


「痛いんじゃん!かわいそうやって!」


「とりあえず神とかいいから!痛み止め!痛み止め飲もう!」


「そんなんで治る!?麻酔やて!全身麻酔や!」


ワーワーキャーキャー…

ピーチクパーチクマジシャタファカー…


十分程度、そんな大騒ぎで時間が過ぎた。確認してみると、やはり彼女の傷は大幅に回復している。腹部はもう塞がり、出血は全て止まった。残すところ左足の筋肉の修復程度であった。


「まっ…じじゃん。治ってる…」


「エエ…安静にしていればこれくらいの速さで…」


彼女はもうほとんど自由に動けるようで、左足だけを引きずりながら歩き出した。彼女が向かったのはペレシトの死体。

彼女がその傷口をほじくると…黒くドロドロした…水の混ざった粘土のような物が溢れてきた。


「コレが…本体です。」


「エェっキモ!」


「コイツらは…外星生命体『MONO』デス。他の生物、そして無機物、何にでも寄生する。」


「外星って…宇宙人!?」

「あいつらはコオロギに寄生してたの?」


「ワカンナイデス…生物とかよくシラナイ…」

「確かペレシトと名乗っていマシタが…」


「待って…ウチ知ってるわこの生物。」

「丸い頭に真っ黒い目、飛翔能力がない代わりに防御力に特化した羽根と腹部、そしてぶっとい足!」

「間違いない!コイツらが寄生してんは『リオック』の雄や!」


赤波は急に早口で語り出した。

しかもそれに呼応するように、玲もまた声を上げた。


「ってペレシト!?」

「私オカルト好きだからそれ聞いたことあるよ!そいつマレーシアの魔物だよ!」

「噂程度だけど…コオロギみたいな姿をしてて…人間を襲う凶暴性があって…!」


「マッテくダサイ…二人とも!」

「なんでそんなにMONOに対する知識が…!」


「いやいや!MONOってのはマジで知らないんだけども…」


「ウチは生物とか好きなだけやし…玲は神話とかオカルトが大好きなだけやんな?」


「そんなに知っているなら!」

「『トト』という名前に聞き覚えはありマセンか!!!」


雷華は鬼気迫る勢いで二人に尋ねた。


「…エジプト神話にはトトって神様がいるよ。その神様は知識とか時…あと…」

を司ってる。」


「…月を司る神?」


彼女の中で何かがつながる。

マレーシアの魔物として知られていたペレシト、エジプトの神として祀られているトト。

そして…嘗てトトを名乗った月の都の天人。


MONOは、もう既に世界中に巣食っている。

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