第2話 今を生きる唯一の神
時が過ぎた。
世界の権威は平氏から源氏へと移り変わった。戦乱が和の国中を燃やし、徳川の治世が始まる。二百年以上の平和を過ごした後に開国。刀を捨て、教育と徴兵により近代化を果たし、やがて大陸に攻め入り植民地を得た。
1945年、世界大戦に敗北。
日本は少しづつ世界と関係を築き直し、経済も回復。内戦もなく、飢餓や独裁もない、世界でも有数の恵まれた国となった。
そして現代、関東某所。
私立蔵司学園高等学校、一年一組。
都内の温室育ちの男女が集まったこの教室で皆が浮ついていた。
「みんな、今日は前に話した通り、転入生が来てくれる日だ!」
担任は盛り上がり騒ぐ生徒達を軽く落ち着かせると、一人の女子を教室に手招いた。コツコツとローファーの音が鳴り、彼女が現れる。
「…コンニチワ。」
生徒達は彼女を見てドッと声を上げた。ブロンド色の髪、さらに青い瞳、彼女は人形のような美しい出立ちをしていたからだ。その上少しカタコトで、現代風に言えば「不思議ちゃん」という感じの雰囲気。彼らは慣れた教室に新鮮な風が吹き込んだようで、どうにも気持ちが高まってしまう。
彼女は黒板の前に立つと、チョークを手に掴み何か文字を書きはじめた。生徒達はそれをじっと眺めていたが…やがてザワザワと声を漏らして見つめるようになった。
『雷』…『華』……『珊』…
「え…何この羅列…」
「もしかして…名前!?」
不思議そうに見つめる生徒達を尻目に、彼女はその字列をついに書き終わった。
「雷華 珊打彫兎」
「ワタシ…の名前…は…
教室中に驚愕の声が響いた。
苗字の雷華すら聞いたことがないが、何よりヤバすぎるのは下の名前。「サンダーボルト」なんて名前は聞いたことがない。キラキラネームの域を超えている。
「えーと…まぁなんだ!ライカでも、サンダボルトでもどっちでも良いよな!語呂が良くて呼びやすいだろう!」
担任もやや困惑しながら、彼女を後ろの方の座席に案内する。彼女は歩み方さえも華麗で、クラスの皆はその立ち姿に見惚れながら彼女を目で追った。
朝の時間が終わった。
彼女はすぐにクラスの女子達に囲まれ、アイドルやテレビのスターばりの扱いを受けた。
「金髪めっちゃかわいいじゃん!てか自毛だよね?ウチらの高校染めるのNGだから…」
「雷華ちゃんて外国人さん…?青い目の人って初めて見た!」
「エと…アノ…もうスコシ、ゆっくり…」
彼女は戸惑いながら、彼女達の話を順番に聞いていく。しかし10分しかない朝休みの時間では、彼女達の話はどれも聞き終わることができなかった。すぐに1時間目が始まり、残念そうに皆が席に座る。
彼女に話しかけられるのは、隣と前の席の女子二人となった。彼女達はコソコソと雷華に話しかけ始めた。
「さっきは多勢でごめんねっ!ウチ赤波って言います!」
「ワタシは怜、赤波ちゃんとも友達だから…仲良くしよ…!」
「…ヨロシクおねがいシマス…」
いざ授業が始まっても、三人は殆ど前を見ずにおしゃべりに夢中になった。クラス中の皆んなが気になる転入生を独占して話せることは貴重で、他に変え難い嬉しさだったからだ。雷華自身も初めての教室では授業よりも、クラスの人々の方が気になったようだ。
「今日の授業終わったらウチらとどっか遊び行かん?転入ってことはあんまこの街のこと知らんよね?」
「放課後…デスか?」
「そうそう!ワタシ達大体帰りに遊んで帰るから…どこ行っても楽しいよ!」
「放課後…ハ、行けません。ごめんナサイ。」
「そうかぁ…残念…」
二人は落胆、転入生との放課後街遊びは楽しみなことだった。しかしここで会話を途切らせるほど都内JKは慎ましくない。
「ちなみに何すんの!?聞かせてよ!」
「エッ…」
やや無神経な…子供らしい率直な言葉を受けて雷華は言葉が詰まった。
「言いづらかった…?」
「イエ…ただ…ワタシにはついてこない方が…その…死にたくなかったら…」
「死!?」
「ついてくと死ぬの!?」
「チョっ…声大きいデす…」
「そこ!いい加減うるさいぞ!」
予想だにしなかった言葉に大声をあげてしまった彼女達に、教師からついに叱りが飛んできた。二人はこれ以降少し落ち着いて、授業を真面目に受けた。しかし、彼女らの心の中には先ほどの『死』というワードがずっと引っかかる…彼女達は言葉にせずとも、心は同じだった。
この転入生の…プライベートを見てみたい!
一、ニ、三限終了…担任との個人面談期間であったため、授業はこの午前のみで終了し皆が解散する。二人は雷華と校門で別れるフリをして、彼女の後ろを密かについて行った。学校から最寄り駅へと歩いていく普通の帰り道。ずっとずっとなんの変哲もない帰路に、彼女達は半ば味気なくも感じてきた。
しかし、ここで状況が変わる。
彼女が突然目を見開いて立ち止まった。直後方向を転換し、路地裏に走り込んで行った。
「えっ…あの道ってどこか繋がってるっけ?」
「いや、なんもあらへんよ!スナック入り口ぐらい…」
二人は急いでその路地裏に走り出す。
そこには雷華がいた。彼女は片膝をついて腰を落とし、まるでクラウチングスタートのような姿勢をとっていた。彼女が一体何をしているのか…全くわからなかった。しかし、やがて彼女の髪が中心から青く艶光りし、ゆらゆらと逆立っていく。バチっ…バチバチっ…と何かが弾けるような音が響き、雷華の周りが蜃気楼を見ているように歪んでいく。
「何…これ…」
「雷華大丈夫か!?何か起きたんやろか…?」
二人はいても立ってもいられず彼女に走り寄る。
「ちょっと雷華!どうなって…」
赤波が手を伸ばしたその時。
バチィッ!!!
「痛っ!」
指先を鋭い痛みが襲った。
二人はそれにより立ち止まってしまった。痛みの正体、雷華の状態…どちらも訳がわからないまま。二人はその場から雷華に声をかけようとした…その時であった。
彼女は小さく、言葉を吐いた。
「『
「………え、ピ◯チュウ?」
二人は聞いたことのあるワードに面食らって、再び硬直する。しかしその瞬間、雷華はより深く前傾姿勢になり、そして…駆け出した。
「!!!」
それは、頭から爪先までの衝撃の稲妻。
雷華は獣のように両手足を使って、路地裏を加速して走っていく。一秒足らずで突き当たりにたどり着くと、なんと彼女は壁を蹴り、両側のビル壁を利用してトントンと跳び上がり登っていく。光のような速さと、避雷針に落ちるようなジグザグの軌道。さながら…天に駆け上がる雷。彼女はビル壁を飛び出すと、空へと到達した。
二人は唖然として彼女を見守っていたが、さらに彼女が想像を超えた挙動を始めた。
彼女は空に浮かび、水中に放り出されたように緩やかに髪を靡かせている。
そして、彼女はある方向に一直線に飛び出した。弓に引かれた矢のように、目にも止まらぬ速さで。
二人は、ただ口を開いて彼女を見送っていた。しかし数秒後、このただならぬ出来事をようやく現実のものだと受け止めることができた。
「雷華ちゃん…どっち行った…?」
「確かあの方向は…心霊スポットの廃墟だよ…」
「………追いかけよ。」
二人は無論、授業中に話したことを忘れていない。雷華が確かに言っていた言葉。
ついていけば…死ぬかもしれない?
二人は雷華がどんな存在かも全くわからない。先ほど見たことも、理解の範囲を遥かに超えていた。ただ、彼女は尋常じゃないことに介入している。これを見過ごすことは…なんとなく怖かった。なんの全容も見えることもないまま…雷華を判ることも永遠に来なくなる気がした。
だから…追いかける。
———————————————
雷華はあの時の速さのままに、とある廃墟の中に飛び込んだ。元々、窓枠があったはずの…今は風化して何も残っていないところから。
砂利と灰色の砂ばかりが転がる廃墟の一室。ここが、誰にも見つからず、最も好都合な近場であった。
彼女は何かを見つけたのか?
何かから逃げてきたのか?
否、彼女は自身を追跡していた「きゃつら」を迎え撃つために、この場所に来た。
きゃつらは現れた。
それらは人型の
「やぁ、始めまして
「君を、食い殺しに来た。」
コオロギの大群の中から、一言ずつ言葉が吐かれた。前から、後ろから、上から、下から。
「名乗ろう、私たちの名はペレシト。」
「この地球はいいね、寄生先がとても多い。」
「特に、昆虫。」
「世界中に強力な昆虫が頒布している。」
ズイズイと、彼らは少しづつ彼女に迫る。
「君を殺せば、晴れて日本の神々は全滅だ。」
「もう仲間は一人もいない。」
「生きる意味はないだろう。」
「日本は私たち『MONO』の管轄となる。」
あと一メートル程、そんな距離から彼女に話しかける。彼らが鳴らすガチガチという顎の音がすぐ耳元に届くほどの距離。
そんな距離に来て、彼女はようやく、口を開いた。それは厳かで、どこか軽やかで、簡単な言葉。
「生きる意味なら、最近できた。」
「?」
バババッ…!
彼女の周囲が先ほどのように歪みだす。髪が逆立ち、両の拳を中心に稲妻が弾ける。彼女は両手を合わせ、それを高くに掲げた。
弾ける稲妻は強さを増していき、一目でその危険性が理解できた。ペレシト達は前傾になり、大顎を広げて彼女に飛びかかった。
そして彼女は、強く言葉を…その技名を言い放った。
「『
雷を纏った両拳が直下に撃ち下ろされた。まるで鍛冶台に落とすハンマーのように、全力を込めて…床に直撃したその瞬間…
バリバリバリィッッッ!!!
雷撃が全てを貫いた。閃光と電流が廃墟の闇を晴らし、彼女に飛びかかったペレシト達は爆風に弾き飛ばされた。空を舞って壁や柱に叩きつけられた奴らは、体が破裂して死んだ。大群の前列にいた奴らは残らず黒焦げになり、痙攣しながら泡を吐いている。
まだ生きているペレシトは何十匹もいる。しかし、動けない。ただ黒い目と触角を使って雷華を見つめる。
「神は死んだ。ダカラ、私が子供を産んで…神の血を継ぐ。」
「それが…生きる意味。」
ペレシトは再び大顎を開いた。
絶対にこの女を殺さねばならない、と。
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