ライカ・サンダボルト-神はなぜJKとして生きると決めたか-

リバテー.aka.河流

第1話 物〈MONO〉


竹取物語…作者未詳。

現存する日本最古の物語としても知られるこの伝説的な物語には、『天人の迎へ』というエピソードがある。

かぐや姫と名付けられたその少女は大層美しく成長し、和の世界中から求婚者が現れ、帝にも目をかけられた。しかし彼女はその誰にも応じず、やがて月を見ては物思いに耽るようになる。彼女は自身が月の都の者である事を告白し、「天人」たちの迎えがもうすぐ来ると悲しんだ。


帝は全ての力を使ってかぐや姫の護衛に当たった。

大戦おおいくささえ起こせそうな兵数…

鍛え抜かれた選りすぐりの武士ども…

日本中から集めた最高峰の武具…

一つの屋敷に、国中の全てをかけた。


そして…時が来た。


『かかるほどに、宵うち過ぎて、子の時ばかりに、家のあたり昼の明かさにも過ぎて光りたり』


光が、夜の闇を飲み込んだ。

護衛の者どもは天を見上げ、星の輝きすらも隠してしまうほどの閃光に目を奪われた。これほど強い明かりにも関わらず、まるで月の光を目の前に感じるような…柔らかく染み込むような感覚であった。


『大空より、人、雲に乗りて下り来て、土より五尺ばかり上がりたるほどに立ち連ねてたり。』


泡か、もしくは砕けた氷のような雲に乗り、数名の男女が現れた。護衛たちは彼らを見て唖然とした。皆見たことのない異様な姿をしていたからだ。


透明な傘を持った女。

球体状の被り物をした男。

肉食獣の牙を持った人型のバッタ

そして、トキの頭を持った和装の男。

人の形をしているだけの怪物…これが天人。


『からうじて思ひ起こして、弓矢をとりたてむとすれども、手に力もなくなりて、萎えかかりたり。』


人々は自らの想像を超える異形の者どもにひどく恐怖した。この時点で半数以上が、直感的に「敗北」を思い浮かべ武器を下ろしてしまったのだ。


しかし、天下に名だたる武士ども。彼らの中の数名は、決死の思いで矢をつがえた。

例え敵わずとも、決して無傷では返さぬ。


しかし、いくら矢を引こうと力を込めても、不自然に力が抜けていく。それどころか、彼らは額に大汗を流しながら息を切らし始める。この異常の中、彼らは天人の一人を見た。それは、あの人型の蝗。

奴は天人の中で唯一、こちらに明確に敵意を向けていた。牙の生えた口を顎が外れてしまうほど大きく開けて、何か紫がかった霧のような物を吐いていたのだ。あたりに霧が立ち込め、護衛の者どもは皆苦しみながら泡を吹いて崩れていく。


「パズズ様、その程度で。彼らが死んでしまう。」


苦しむ護衛達の前に天人のうちの一人が躍り出た。それはトキの頭を持ったあの男である。彼の指示により、と呼ばれたその怪人はようやく口を閉じて霧を吐くのをやめた。そして、トキの男はこちらに視線を向けると、人々の前に立ちはだかった。


「夜分にご足労。私の名は『トト』、月の都の代表だ。」

「かぐや姫を引き取りに来た。」


怪物のような姿をしていながら、流暢に会話をすることができた。天人の代表として現れた彼に対し、こちらからも一人の老人がその前に立った。

その男こそかぐや姫を育てた翁…讃岐の造麻呂であった。

彼は大切に育ててきた、娘の如きかぐや姫を決して渡すまじと立ち塞がり、天人との交渉に出た。


「初めまして、勇気ある地球の代表よ。私たちの姿は恐ろしいか?」


「…え、えぇ。あなた達は本当に月の者なのでしょうか…?確かに衣も、乗り物も、全て見事な美しさだが…あなた達自身のそのような姿は…まるでもの、物の怪の類のように…」


「ほう、興味深い。和の国の君たちは私達のことを『MONO』と呼称するのか。これは知らなかった、新たに記録しておこう。」

「時に…造麻呂よ」


(なっ…なぜワシの名を…!?)


「私たちは君がささやかなる功徳を積んだことを見て…君を信頼しかぐや姫を授けた。」

「地位も金も持たぬ下賎な…しかし、欲もなく清らかな人間であるから、君を選んだのだ。だのに、かぐや姫を得てから君は金を手に入れ、身を変えたように裕福になった…もう十分だろう?」


「…!」


「かぐや姫罪を犯した…その罰としてわずかな間この地球に住まわせていたに過ぎない。早く引き渡してもらおう。」


「おっ、お待ちください!私はかぐや姫を養い申し上げること、二十年になりました!あなたのおっしゃるような『わずかな間』なわけがございません…!きっと…あなたの探すかぐや姫とは別の者にございます!」

「それに…かぐや姫は病を患っていて…」



「 も う よ い 」



「…っ!」


造麻呂は肺を潰されるような、とてつもない重圧をトトの言葉に感じた。彼は苦しみながら胸を抑え、やがて膝から崩れ落ちた。


「さぁかぐや姫…」


トトが屋敷の方に体を向けると、指先をくるりと回しその扉を手を触れずに解放した。その先には、嫗がかぐや姫を抱きしめて部屋の隅に縮こまっていた。嫗は決して彼女を離さんと、枯れ木のような細い腕に思う限り力を込める。

しかし、かぐや姫はそんな彼女の手を優しく引き離して、ゆっくりと立ち上がった。


「おばあちゃん…もう大丈夫だよ…」


「嫌だよっ!かぐや姫や!」


彼女の必死の静止も聞かず、彼女は外へと歩んでいく。そして扉を出ると、トトの手を取り、空を歩いて彼らの乗り物に乗り込む。


嫗も、翁も、護衛の武士どもも…皆が情けなく涙をこぼした。何もすることはできず、ただ彼らを見守るのみ。

翁の隣を通り過ぎる時、不意に彼女は足を止めた。見上げる彼に対し、その手を取ってある物を与えた。


「おじいちゃん、最後だから…これを。」


彼女は玉のような薬と、歌を込めた文を彼に握り込ませた。


「私は天に帰り、この場所で過ごしたこともきっと忘れてしまう…」

「今まで本当に…ありがとうね…」


「かぐや姫…かぐや姫ぇ…!」


かぐや姫は天の羽衣を纏い、そしてその瞬間、地上の者達への哀れむ気持ちも…全て消え失せた。彼女は人間ではなく、天人の一人として返り咲き、そして地上を去っていくのであった。





………竹取物語における、かぐや姫の描写はここで終了する。この物語では、彼女について語られていない部分が数多く残っており、読者達はその空白に対しさまざまな考察を当てた。その中でも…『かぐや姫の犯した罪』について、この作品の神である私の視点から、ある一つの答えを明確に示してみよう。

彼女の罪…それは、

『八岐大蛇の殺害』である。

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