第6話 クール姫は強がりなだけ



 次の日。


 何人かの生徒がまばらに教室にいる中、俺は自分の席に座る。隣の席には既に結城も来ていた。


「おはよ。真島っち」

「おはよう」


 特に話すこともないので、俺はカバンの中身を机の中に移動させるなど、その日の授業の準備をしていたのだが。


 真正面から緊張した面持ちの神崎さんがこちらに向かって来るのが目に入ってしまった。彼女の手元にはチェック柄の紙袋が。


 俺は何も知らない何も知らない……と唱えて、心を落ち着かせる。


 きっと神崎さんはこのまま俺の元へやって来るのだろう……そう思っていたんだけど。


 神崎さんは俺の1メートル先くらいまで近づくと、急に進行方向を変えた。そして、彼女は結城の席へと向かう。


「あかりさん。おはようございます」

「……おはよー。まいやん」


 ここまできてチキっちゃうのか、神崎さんは……!


 神崎さんの行動をチラチラ見守っていた結城も、彼女の方向転換に苦笑いをしている。


 結城は神崎さんの袖を引っ張って、耳元に話し始めた。


「まいやん、まいやん。なんで私の方来ちゃうのさ!」

「……あかりさんにあげたくて」

「うそつけぇ!」


 その後、二人でコソコソとしばらく話し合ってから、急に結城が少し大きな声で話し始めた。


「まいやん、その手に持ってるものは何ー?」


 わざとらしい声だ。結城はアシストする方向に舵を切ったのか。


「……実は昨日クッキーを手作りしまして」

「えー! すごいじゃん、まいやん! 大変だったんじゃない?」

「いえ、そうでもありませんでしたよ。すぐに作れましたから」


 嘘つけぇ!

 昨日は夜中まで物音してたぞ……! 何なら、神崎さんの指には絆創膏が貼られているぞ! 見栄を張るのがあまりにも下手すぎる……っ!


「すごーい。家庭的だね、まいやん。ね、真島っちもそう思わない?」

「は⁈」


 急に話を振られて驚いてしまった。結城と神崎さんの視線が俺に集まる。俺は慌てて頷いた。


「そ、そうだな。すごいと思うぞ」

「だよねぇ。せっかくだから、真島っちにも食べてもらったら?」

「いいのか?」

「いいよね、まいやん?」


 今度は神崎さんに二人分の視線が集まる番だった。しばらくして、神崎さんはそっぽを向いて答えた。


「より多くの人の意見を聞きたいですから、食べていただけるとありがたいです」


 うーん、そっけない。これは本当に俺に食べて欲しいと思っているのか……?


 こうして神崎さんを目の前にすると、やっぱり昨日の会話は俺の幻聴だったのではないかと自信を失ってくる。


 若干自信喪失しつつ、神崎さんが机の上に広げた紙袋からクッキーを取ろうとすると……。


「え、なになに? 神崎さんの手作り?」

「多くの人の意見聞きたいって? 俺も食べるよ!」


 なんと聞き耳を立てていた男子どもが群がってきてしまった。

 彼らは我先にとクッキーに手を伸ばす。俺は慌てて一枚だけ確保したが、神崎さん人気は高く、すぐに彼女のクッキーはなくなってしまった。


「あ……っ」


 その瞬間、神崎さんは目を見開く。何も知らない男子達は「うめーっ」「さすが神崎さん」などとアピールするように感想を言い合っているが……。


 神崎さんの表情は変わらないが、少しだけ手が震えているような気がした。

 男子達は神崎さんのクッキーに夢中でそんな彼女の様子に気づかない。


 そんな彼女を見て、俺は慌てて声をかける。


「大丈夫か? 神崎さん」


 すると、神崎さんは俺に顔が見えないようにそっぽを向くと「大丈夫です」と早口で言った。


「大丈夫ですから、真島君は気にしないで下さい」

「……おう」


 彼女の言葉は相変わらずそっけない。そっけなくて、クールだ。


 だけど……彼女の声は少し震えていて、無理していることが分かった。いつもクールな神崎さんの些細な変化。昨日の会話を知らなければ、気づかないくらいの違和感だ。


 ああ、そっか。彼女は強がりなだけなんだ。


 きっと、昨日の会話を聞いてなかったら、俺も他の男子達と同じ反応をしていただろう。「神崎さんはクールなだけ」と納得して、彼女が悲しんでいることに気づかず、彼女にこれ以上声をかけることはなかっただろう。


 ……でも、俺は知っている。


 昨日、神崎さんが一生懸命料理に励んでいたことを。そして、それを俺に渡したいと言っていたことを。


 だから、俺は少しだけ彼女に歩み寄ることにした。


 俺はクッキーを一口食べる。


 チョコチップ入りのクッキーは、普通に美味しかった。きっと昨日、何回も失敗しながら作ったのだろう。俺はそっぽを向いている神崎さんに話しかけた。


「神崎さん、美味しいよ」


 その瞬間、神崎さんはパッと振り返り、ふわっと笑った気がした。美しい大輪の花が咲くように。温かな太陽が顔を覗かせるように。

 しかし、それも一瞬のことだったので、本当に笑ったのかどうかは分からない。気づいた時には、彼女は真顔で頷いていた。


「それなら何よりです」


 神崎さんの返答は相変わらずそっけない。しかし……。


 その日の夜。


『あかりさん! 真島くんに美味しいって言ってもらえました!』

『おー、よかったじゃん』

『あかりさんのおかげです! ありがとうございます!』


 神崎さんの嬉しそうな声が隣から聞こえてきた。


 人は本音を隠す生き物だ。ゆえに、誤解やすれ違いが生まれる。しかし、その本音を知ることができたら……。


 クールで不器用な子との距離が少しだけ縮まる……のかもしれない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

クールな神崎さんの恋バナが、隣の部屋から聞こえてくる〜あれ、これって俺の話じゃない?〜 夢生明 @muuumin

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画