第2話
依然、車椅子の彼とすれ違う日々が続いていた。一本早い電車に乗れると会社までの歩くスピードにゆとりが持てて嬉しい一方、車椅子の彼がいるので、乗り降りに余計な時間がかかってるように見えてしまう。
ところで、彼の車両の乗客は皆マナーがしっかりしていて不思議に思う。俺なんて、たまに降りてきた乗客にぶつかられるのに……
隣の車両はドアが開いても、駅員がスロープを準備する前に降りようとする人はいないし、車椅子の彼が降りるまで邪魔せずじっと待っている。一秒でも無駄にしたくない朝の通勤時間に、そんな乗客ばかりが偶然居合わせるのだろうか?
決まりでもあるかのように、車椅子の彼の下車を待つ人たちを見るたびに疑問が浮かんでいた。
そんなある日、車椅子の彼が下車して駅員がスロープを片付ける間を待っている乗客の中に、時間をかけて下車する彼を睨みつけている人がいた。
きっと今日たまたまこの車両に乗った人に違いない。そう思わずにはいられなかった。
次の日から彼とその周りの様子が気になって、乗り換えを急ぐようになった。注意して見ていると、彼が降りてくるのを見た人の中に、不自然に前後の乗り口に流れる人がいることに気づいた。
繰り返しその光景を見たあと閃いた。
きっと彼を迷惑だと思っている人がこの車両を避けたから、彼の周りには優しい人が残ったのだと。
ゴールデンウィークも過ぎ、新年度の浮ついた雰囲気もなくなった。つまらない日常が淡々と続き、なんとなく憂鬱になる季節。
サボることを覚えた大学生や配属が決まった新入社員が散らばったのだろう。新年度の特有の車内の混雑も次第になくなっていった。
けれど、彼の車両はマナーを守る人たちばかりなのは変わらない。
俺はいつしか彼の車両に乗るようになっていた。
俺がこの車両に乗るのは彼が電車を降りた後で、次の駅から乗ってくる乗客は彼がこの車両に乗っていたことは知らない。新しい乗客が乗り込むたびに、彼がこの車両にいたことを知っている乗客が降りるたびに、暖かで思いやりに満ちた車内の空気は、殺伐とした通勤ラッシュへと戻っていった。
俺は彼とすれ違うだけ、彼と車内を共にしている人たちのように助けになれていない。だからこそ、彼とその周りの人たちが気づかせてくれた優しさを、俺は他の誰かに分けてあげられるようになりたい。
今日も駅員のスロープで下車する彼を見て、その思いが強くなった。
隣の車両は優しい世界 鏡水たまり @n1811th
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