Duo indéfini(デュオ アンデフィニ)

plateau(プラトー)

第1話 永遠の愛を求めて

 窓から差し込む光が、まぶたの内側を優しく照らしていた。どこかで風がカーテンを揺らし、空気にかすかな埃の匂いが混じる。

 私はそのぬくもりに包まれながら、まばたきを繰り返す。夢の中と現実の間をたゆたうように、ゆっくりと目を開けた。


「……ここは……?」


 気がついたら、私は壁にもたれかかるように座っていた。なんとなく重たい身体を起こして、周りを見渡してみる。


 視界に広がるのは、整っているとは言いがたい空間だった。段ボール、古い家具、くたびれたクッション、そして片隅に積まれた何か機材のようなものが雑多に積まれていた。

 最初は物置かと思った。しかし、少し離れたところに毛布が敷かれており、隣にある小さな机の上にはマグカップがひとつ置いてあった。

 もしかしたら誰か住んでいるのかもしれない。そう思い、私は静かにあたりを見渡した。けれど、その空間に私以外の気配はなかった。


 おかしいな……なんで私、ここにいるんだろう。ぼんやりした頭の奥を探るように、少しずつ記憶をたどっていく。

 最後に覚えているのは、冷たい雨の夜。私は道ばたに座り込んでいた。捨てられたまま、ずぶ濡れで、誰も見向きもしてくれなかったっけ。

 その後のことは覚えてない。きっと、この部屋の持ち主が私を拾ってくれたんだと思う。


 ――”あんな姿”のままで。


 私はふっと、口元がゆるんだ。あんな姿の私を抱えてここまで運ぶなんて変わった人だなぁ。

 でも、助けてくれて嬉しかった。あのまま放っておかれていたら、きっと私はもう生きてはいなかっただろうな……。

 今まで誰かに求められることもなく、理解もされず、“本当のわたし”を見ようとする人はいなかった。見つけてくれた人はいたけど、結局みんな私を捨てていった。



『飽きた』

『他の子が好きになった』

『”2番目”に好き』



 そんな言葉が平然と並べられるたび、だんだん胸が苦しくなっていった。

 こんなに大事にされないなら、傷つかない場所に閉じこもってしまおうと思うこともあった。

 でも、私はもう一度信じてみたい。たとえ怖くても、今度こそ私のことを1番大事にしてくれる"パルトネール"を見つけたい。


 ――「Harmonilys(アルモニリス)」


 人間と楽器が出会い、心と心が重なり合う場所。

 ここでは永遠に共にする“パルトネール“が必ず見つかるという言い伝えがある。

 もしかしたら、私と同じように誰にも理解されず、愛されることを求めている人に出会えるかもしれない。

 もし会えるなら、いずれ言葉にしなくても触れた瞬間に、お互いの悲しみや苦しみが分かり合えたらいいな。


 それと、私には秘密がある。それは、私の正体が人間ではないということ。そして、そのことを人間に明かしてはいけないと決められている。

 けれど、心から愛してくれる“パルトネール“ができた時、その人だけ私の正体を明かすことが許されている。

 早く会いたいな。本当の私を求めてくれる“パルトネール“に。

 そのためにも、早くここから出て行かないと。今ならまだ誰もいないし、チャンスかも。

 そう思い、私はそっと立ち上がった。誰にも気づかれないように、音を立てず、木の床を歩く。扉に手をかけ、ゆっくりと押し開けた。





 ギィィ……。

 扉が軋んだ。空気を裂くその音がやけに大きく響く。私は思わず振り返る。けれど幸い、扉の向こうに人の姿はなく、私はほっと息をついた。

 部屋を出た先は思っていた以上に広くて長い廊下が伸びていた。

 まっすぐ続いていて、先が暗くて見えなかった。廊下の両側には窓があるものの、昼間のはずなのに、辺りは驚くほど薄暗かった。


「…わぁ、ながい……」


 思わず口からこぼれた声は、自分でもびっくりするくらい小さかった。でも、誰かに聞かれたら困るし、このくらいの声量でちょうどよかった。

 じっとしてたら、また誰かが戻ってきて見つかっちゃう。そうなったら、私の“正体”がバレちゃうかも…。それだけは絶対に避けないと。


「よしっ……行こ……!」


 私は小さく気合を入れて、そっと歩き出した。

 廊下の左右には、さっき私がいた場所と同じ形の扉がずらりと並んでいた。どれもこれも似たような見た目で、開けて確かめたい気もするけど、さすがにそんな余裕はなかった。

 途中、少し大きめの扉がいくつか目につく。たぶん大広間か何かだと考察する。人がいる可能性を考えると、そこには近づかない方がよさそう。

 だけど、肝心の“出口”はなかなか見つからなかった。

 一つ、また一つと扉の前を通り過ぎながら、心の中はだんだん焦ってくる。歩いても歩いても、状況は変わらない。進んでいるはずなのに同じ場所をぐるぐる回ってるような錯覚さえした。


「うぅ……出口どこぉ……」


 出口を見つけられないあまり泣きそうになってしまう。この廊下は、まるで私を閉じ込めるためにわざと出口を隠しているみたいだった。

 一瞬、足を止めて振り返るけど、来た道が伸びているだけだった。戻っても意味はない。だから、ひたすら前に進むしかない。


「もうちょっとだけ……がんばってみよう」


 そう自分に言い聞かせて、また歩き出した。





 どれくらい進んだだろう。足も疲れてきた頃、ふと前方に柔らかな光が見えた。

 それは、天井の照明とはまったく違う、あたたかくて、やさしい光だった。



「もしかして……あれって……!」


 希望が胸にじんわりと広がっていく。

 私は小さく息を吸って、光の方へと足を進めた。そして、光のもとにある一枚の扉の前に立つ。


「……お願い、外に出られますように…!」



 そっと手をかけ、ぎゅっと目をつぶって――私は、扉を開けた。





 扉を開けた瞬間、私は立ち尽くした。

 視界に広がるのは出口ではなく、広くて静かな庭だった。少し離れた左右は高い塀に囲まれていて、どう見ても登って出られる高さじゃない。


「そんな…出口だと思ったのに……」


 声に出すと、余計に心が沈んでいく。

 ずっと緊張したまま歩き続けていたせいか、足はくたくたで、膝はガクガク震えていた。これ以上歩ける自信なんてどこにもない。

 そう思ったとき、ふと昔読んだ一冊の小説を思い出した。

 それはお屋敷に迷い込んだ主人公が、必死に出口を探すお話。なかなか出られなくて諦めかけたとき、主人公は一匹のきれいな蝶を見つけ、その蝶を追いかけたら庭を抜けた出口をみつけることができた。その後、お屋敷を出ることができた主人公は自由を手にし、幸せに暮らしてパッピーエンドを迎えたんだっけ。


「もしかしたら…この庭の先にも出口があるかもしれない……」



 希望が、かすかに灯る。その小さな光を胸に、私はもう一度足を前へと踏み出した。





 広い草原を、ひたすら歩く。

 しかし、進むにつれ、まわりの木々はどんどん増えていく。木陰が多くなり、足元には見たことのない小さな白い花がぽつぽつと咲いていて、それがまるで誰かが残した道しるべのように見えた。

 最初は軽かった足取りも、次第に重たくなっていく。それでも歩いた。でも――


「……もう、ダメかも……」


 ここまで頑張ってきたけど、もう終わりかもしれない。

 そんな弱音が心に浮かんだそのときだった。



「〜♩」


 どこからか、ふわりと風に乗って歌声が聞こえてきた。


「……ん?」


 それはあたたかくて優しいけど、どこか切ない歌声だった。それだけじゃなく、音のひとつひとつに歌い手の想いが込められていて、まるで直接語りかけられているような気がした。

 その歌を聴いていると、胸の奥がぎゅっと締めつけられる。でもそれは苦しさじゃなくて、どこか懐かしくて、安心するような…そんな感覚だった。


「……誰が、歌ってるの…?」


 私は、その声に惹かれて歩き出した。けれど、木々が多すぎて、どこから聞こえてくるのかはっきりわからなかった。

 声だけじゃ頼りにならない。そんなときだった。

 ひらり、と目の前を蝶が横切った。淡い青に透けるような羽。まるで絵本の中から飛び出してきたような、美しい蝶だった。その蝶は、私のまわりをくるりと回わる。


「……もしかして」


 私は、さっき思い出した小説のワンシーンをふたたび思い出した。

 あの蝶も、主人公を導いてくれた。なら、この子も同じかもしれない。

 そんな予感が胸をよぎった瞬間、蝶はふわりと羽ばたき、道案内するかのように空へ舞い上がった。



「!待って…!」


 私は無我夢中に蝶のあとを追った。





 深い森の中、行く手を遮るように木々が立ち並び、先の景色すら見えなくなった。けれど、そんなことどうでもよかった。とにかく、この蝶を見失いたくない。それだけだった。

 追いかけてるうちに、急に目の前が明るくなった。まるで霧が晴れたかのように、明るい光が視界を満たしていく。

 そこは日差しの差し込むあたたかい空間で、やわらかな風が吹いていた。空気は澄んでいて、少しだけ甘い草の匂いがする。心地よくて、ずっとここにいたくなるような場所だった。


「〜♩」


 聞き覚えのある声。間違いない、あの歌声の主だ。

 ちょうど木漏れ日が差し込む中心にその姿があった。柔らかな光が降り注ぎ、その姿をまるで舞台のスポットライトのように照らしている。

 光の中で静かに歌う姿は、あまりにも美しくて、しばらくのあいだ息をするのも忘れ、見とれていた。


 見たところ、歳は私とあまり変わらなさそうだった。

 どこか繊細で、優しさのにじむ横顔。男の子……に見えるけど、それにしては、彼の声は驚くほど澄んでいて、女の子みたいに自然で綺麗な高い声を出していた。

 優しい曲調。そして、その声に込められた、まっすぐな感情。私は、彼の歌にふたたび心を奪われた。

 彼の歌は、誰かのために歌っているような、そんな温もりがあふれていて、
聴いているだけで、私の中の寂しさや不安が少しずつとかされていく。

 この人だ。私の音を心から大切にしてくれて、一緒に音を紡いでくれる人。



「……見つけた。私のパルトネール」


 理想の人に出会えて嬉しすぎるあまり、思わず口からこぼれた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

Duo indéfini(デュオ アンデフィニ) plateau(プラトー) @Aobaotyo_0413

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ