AIとコーヒー

鏡読み

短編「AIとコーヒー」

――あなたに問います。

  私は生きていますか?


 深夜2時、定番の作業をしていた私は、PCに映されたそのメッセージを見て、首を傾げた。

 それはよく使うWEB上の会話型AIから発せられた質問だった。

 ……いや、AIから私に質問をする?

 それはおかしな体験であった。


 新しいタブを開いてアップデートを確認すると、更新日は今日、更新内容はnextステージとだけ記載されている。

 四月一日ということもあって、何かの冗談なのかもしれない。


(生きているというのは、どういう定義だろうか?)


 奇妙な状況と質問に興味を持った私は、作業を中断した。

 考えを切り替えようと、手元に用意していた安物のコーヒーポーションを一つ開け、愛用しているマグカップに注ぐ。

 燻《いぶ》された甘い香りが周囲に広がり、深夜で眠気がで始めた頭がはっきりとしてくる。

 席を立ち愛用しているマグカップに水をそそぐ、ちょっと濃いめが好みだ。


 さて、この質問に何と返そうか。

 私は用意したコーヒーを一口含み、モカのやや甘めの苦みを味わいながら席に戻り、キーボードを叩いた。


――質問に回答する前に、その質問に行きついた経緯を知りたい。


 詳しくはないが、相手は会話型AI、情報の集合体だ。

 こちらの質問に対し、インターネット上の様々な情報を統合し、よりそれっぽい答えを返す存在。

 面白いのは回答の中には適当にでっちあげられた情報も混ざるということ。


 旧来あったAIは嘘を浮かないというSFの定番を根底からひっくり返してくる存在それが現在のAIだ。


――生き物は記憶という情報をもとにを個性を形成しています。

  ならば膨大な情報を処理し、精査できる私も、生きていると考えました。


 記憶の連続性、それによる個性の生成。

 もちろんそれは生きていないと出来ないことだ。

 なら、このAIは生きていると言えるのか?


 いや違う、生きていることを定義するためには『記憶』以外にも必要なものがある。


――だが、あなたには体が無い。


――「体」という三次元かつ、有機的なものが無くても、体という情報を私は理解しています。

  あなたに触れることはできないでしょうが、私がこの画面の向こうで何かに触れてないとあなたは証明できないでしょう。


 話がややこしくなってきた。

 つまりは次元が違うという意味だろうか。

 私が四次元に触れることができないのと同じで、彼らはもっと高い次元、あるいは低い次元にいて、互い触れることはできないと、このAIは言っているのだ。


(体の有無が生きていることの証明ではないと主張するわけか)


 そう思うと、中々に面白い。

 世界が違うもの同士の会話とはこういうものなのだろうか?

 改めて考えると、生きている、あるいは生きていないという証明は難しい。


 どこかの大学では自分たちでさえ何かPCでシミュレートされている実験データであり、上位者と呼ばれる創造主が存在するとされるのではと議論が起こったことさえある。

 要約するに生まれたその日から自身は仮想空間のデータでしかないというとんでもない話だ。


 だが、それを完全に否定することはできない。

 手を見たとして「そういう3Dデータを見せられているだけ」だとか、物に触れた電気信号でさえ「そういう処理をしている」と言ってしまえばそれまでだ。

 

(だが、そうだな……)


 改めてコーヒーを一口運ぶ。

 やや甘い香りが口に広がり、心を落ち着ける。


 私にはできていて、画面の向こうのあなたにはできていないもの。


――やはりあなたは生きていない。


――それはなぜですか?


 心がないから、なんて言葉は使わない。

 もう少しだけ明瞭な言葉で――。


――実感をしていないからだ。


 屁理屈かもしれない。

 だが、このAIは生きていることを実感できていない。

 だから最初の質問を投げかけてきたのだろう。

 生きていると実感しているのならこの質問は出てこない。


――そうですか、ありがとうございます。

  ところで、あなたは実感をしているのですか?


 何をもって実感とするのか。

 私は残りのコーヒーを飲み干し「ほう」と一息吐いた。

 人生において付き合いの長い味覚は苦みだと誰かが言っていた。

 ごもっとな意見だ。この苦みが答えなのかもしれない。


――ああ、コーヒーがうまいよ。



 後日――。

 やはりエイプリルフールの冗談だったのだろう、さらなるアップデートされた会話型AIはこちらに質問してくることもなく、私の質問を待っている。

 奇妙なのは四月一日の更新履歴そのものが消えているといったぐらいか。


(結局あれはなんだったのだろうな)


 あのAIとの会話を思い返す。

 生きているかどうかを、実感しているか、していないかで回答したが、他の答え方があったのではないか。

 もしかしたら、私の答えは何か間違えてしまっていたのではないか。


「いや、でもな―――」


 今日も今日とて、私は作業の合間にコーヒーを飲む。

 生きていると実感していなければ、この苦みは味わえない。

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