第13話
喫茶店に入るとデートだと思われてるのか、ウェイトレスはにっこりと微笑みながら、海の見える窓際の席に案内してくれた。
「ごゆっくりぃ」
注文を取ると嬉しそうに会釈して、厨房に引っ込んでいった。友達と恋バナをしてる声が聞こえてくる。
「すっごい、可愛い彼女だよね」
「えっ、あれ彼女なのかな? 無茶苦茶差がない!?」
「あー言う無害そうな男が実はモテるのよ。分かってないなあ」
「えーっ、そうなの。びっくり!」
無茶苦茶、聞こえてますけどもね。前に座るリラが頬を赤らめてコホンと咳払いをすると、厨房の女の子達の声がやんだ。
「ご、ごめんね。呼び出したりしてさ」
「いいよ。わたしは気にしないからね」
「そうだよね。流石に俺なんかあり得ないよね」
俺のその言葉にリラはふうっと少し溜息まじりに身を乗り出して頬杖をついた。カップル席なので、乗り出すと無茶苦茶距離が近くなる。厨房から黄色い声が聞こえた。
「あ、あの近いかも……」
「あのね」
そう言って身を乗り出して、俺の耳のそばでヒソヒソ話をするように手を当てた。
「気にしなくてもいいよ。後、もうちょっと自信持った方がいいかもなあ」
「へっ!?」
「わたしは音弥が突然電話かけてきて喫茶店まで来て欲しいと言われた時、ドキドキしたよ」
そう言うと俺から顔を離してまた頬杖をついた。えと、ドキドキしたってどう言うことだ。少なくとも俺は男としてみられてないはずだし、リラの相手に相応しい訳はないし、それとドキドキしたって言葉が一致しなくて……。なんか、リラと普段いる時はバンドのボーカルとして見てるからドキドキもしないが、今日のリラはかなり刺激的だ。なんか、胸が痛いほど締め付けられて、頬が熱くなってくるのがわかった。
「顔、赤いよ……」
「だって、あんなこと言われたら誰だってさ」
「じゃあ、成功だね」
そう言ってニッコリと笑ってウインクした。なんだ、やはりからかわれてただけか。俺がそう思っていると……。
「ご注文の品です」
さっきのウェイトレスがコーヒーとパフェを俺とリラの席に置いて立ち去ろうとした。
「あのね。人の噂は楽しいかもしれないけどね。やめてくんないかな」
「すみません。もうしませんので……ごめんなさい」
ウェイトレスの女の子はリラに睨まれて、凄い申し訳なさそうな顔をしながらすごすごと厨房に入って行った。
「じゃあ、本題話していこうか」
「ああ、そうだね。そう言えば診療所に行ってたって話、ほんと!?」
「うん、実はね。YOZORAのおかげで口パクでも歌えるようになったでしょ」
「ああ、リラは上手く演じてくれてるよ」
「YOZORAの素晴らしい歌声聞いててね。わたしも下手くそながら、また歌いたくなったの」
そう言ってパフェを一口食べて美味しそうな顔をする。やはり、リラは天使のように可愛い。
「一応ね。子役の時に完全に声やられてたけど、今は精神的な病気みたい。喉は完全に治ってるって聞いて、歌えるかもって、隠れて一人カラオケとかやってみた」
「凄いね。じゃあ、歌えるようになれるかもね」
俺の言葉にリラは少し悲しそうな表情をする。
「機能性発声障害って、精神的な面が大きいけど、実はよくわかってないらしいんだよ。わたしも普段は高い声とか出るのにね。歌い出したら途端に高音が出なくなって、すぐに裏返っちゃったりしてね。やはり、歌うのは無理なんだ、と感じちゃった」
「そ、そうなんだ。それはちょっと残念かも」
「いいよ。別にわたしよりも上手くYOZORAが歌ってくれてるからね」
その言葉に俺はSNSの書き込みを思い出した。
「そうだ。あの書き込みって、どう思う? 誰が書いたか分からないけど、やはり医師から漏れてるよね」
「確かにそうかも。医師が書き込むわけがないからね。看護師などがわたしの診断結果を見て、誰かに話したのか、それとも書き込みをした可能性が高いよね」
「一度、病院で聞いた方がいいかな」
「否定されるだろうね。少なくとも証拠が少なすぎるよ。診断書のアップだって、病院名も書かれてないし、そもそも大写しすぎて、あれが診断書なのかも微妙だしさ」
そもそも病院に真実を明らかにさせる事が目的ではない。この事実をSNSで書き込んだこと自体が問題なのだ。少なくとも俺達のバンド活動に対して敵視している奴がいる。
「ボカロが歌ってないことを検証するため、日曜日の街頭ライブでは歌詞をアドリブで変えていこう。曲も数曲を切り替えて、絶対にボカロではできないように音楽の間奏の時にリラが直接、わたしは歌えると言って欲しい」
「分かったよ。わたし言うよ」
「きっと、それで噂は無くなるはず」
「ごめんね。わたしが歌えないばかりに、こんなことになってしまって……」
「馬鹿言うなよ。俺の方こそごめん。リラが歌えないのにこんなこと頼んでしまってさ」
「うううん。わたしは毎日本当に幸せだよ。夢に向かって走ってるって感じがする。それだけに本来の歌声で届けられたなあ、って思うんだよね」
「大丈夫。リラの歌声はみんなに届いてるよ」
「ありがとう。頑張ろうね。わたしはあんな書き込み気にしないからね」
「ああ、そうだね」
そう言って俺はリラの手の上に自分の手を乗せた。厨房からまた黄色い叫び声が聞こえた。
「もう! せっかく良いところなのに」
そう言ってリラが俺の手を握って、手を引いた。
「この店出ましょう。話し合うには不愉快すぎる」
そう言って頬を膨らまして、お金を出そうとする。
「いいよ、俺払うからね」
「今日は奢らせて。わたし、奢られてばっかりだし」
リラはそう言うとウェイトレスにお金をつき出した。
「本当はタダでも良いと思うけどさ」
レジに打ち込んでるウェイトレスにドスの聞いた声で言うと、ウェイトレスの女の子は泣きそうな表情でお釣りを渡しながらお辞儀をした。
「本当に、ごめんなさい」
「今度やったら、知り合いに言って、夜道歩けないようにしてやるから覚悟しとけよね」
そう言って、お釣りを受け取ると俺に笑いかけながら、腕を組んできた。
「えっ!?」
「ほーら、行くよ!」
「あっ、ああ……」
俺はリラのことがわからなくなって怖いやらドキドキするやらだった。
「このくらいしないと、あー言う娘は懲りないからね」
店を出ると腕を離して、そう言ってニッコリと笑顔で微笑んだ。
「あっ、そうだよね。ごめんね、気を悪くさせてね。それと奢ってくれてありがとう」
「うん。たまにはわたしに奢らせてよね。それよりも、ちょっと楽しかったな。ドキドキしたよね」
「あっ、ああ」
そのドキドキは恋のドキドキじゃなくて、人の反応を見た時のドキドキなんだろうな、と俺はリラの後ろ姿を見ながら、そう思った。
父に捨てられた俺は堕ちた天才歌姫を“利用”して復讐するはずが、なぜかラブコメが始まった件 楽園 @rakuen3
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