第十六話 そのスキルから知れるもの。


 野営地の周囲には草木の姿はない。

 地下茎はどうか知らないが、少なくとも一度刈った植物群は一向に迫ってこようとしていないらしい。

 この階層の内部抗争なら陣地の取り合いになる癖に、外的要因には植物でなければ無関心なのだから意味が分からない。

 逆に言えば余り気を付けずとも危険性が低いと言えなくもないのが救いだろう。

 ただ、これが野営となると少々面倒な事もある。

 生理的要因――つまりはトイレだ。

 有機物の分解が植物特化の為、排泄物等はそのものに付着している菌によって完全に腐敗してからでなければ分解が始まらないのである。

 その為、持ち込まれている組み立て式の簡易トイレは、野営実習の使用後にちゃんと埋めて、新しい場所に穴を空けて設置する決まりとなっていた。

 因みにトイレで使用する紙はトイレットペーパーではなく、四角く切った紙を束ねた物……二十一世紀ではほとんど見られないチリ紙だったりする。


 そんな野営地の近くには小川があり、そこで風馬と花梨の二人がスキルの練習を行っている。

 別に深い理由はない。

 風馬のスキルは水特化であり、花梨のスキルは風操作であるから障害物が少ない場所を選んでいるだけである。

 小川らしき――と称しているのは、確かに水こそ流れてはいるがその水底は毛足の長い絨毯のようなものがびっしりと生え揃っていて、これを川と呼ぶのには少々抵抗があるからだ。

 言うまでもないがこれは周辺の植物群の根で、これらに寄ってたかって必要成分が吸収されつくされている。

 つまりミネラルどころか何の成分も含んでいない超軟水となっているらしい。

 尤も、水源と思しき場所は歪んだ空間の向こうなので元がどんな成分なのか不明なのであるが。

 ただ、如何に大丈夫だ安心だと言われても白い根がびっしりと生えまくっている光景はお世辞にも気分が良いものと言えず、とてもじゃないが間の水を汲んで飲む気にはならない。

 練習前に風馬に頼んで先に手洗い用と、飲食用の水を出してもらって事なきを得てはいるが、これは彼が水を作成できるスキルがあるからであって、もし風馬がいなければを汲んで使用しなければならなかったのだ。

 三人は風馬に対し、大いに感謝したという。


 閑話休題それは兎も角


 そんな水と風を使う二人は、其々のスキルを使って力比べのような事を繰り返していた。

 川辺から蛇が鎌首を上げるように大きな水滴が持ち上がり、迫って来ようとしているのを風で巻き留めて押し返す、しかし水であるから当然形を崩して抵抗を躱し、また再構成して押しかけてくるのをまた押し返す、といった具合に。

 傍目には遊んでいるかのように見えなくもないが、実はこれも列記とした練習法で、スキル初心者の反復練習として使われている方法らしい。


 実のところ、特殊能力スキルについて分かっている事は存外少ない。

 確かにこれが発見されて結構な年月となってはいるが、先天的に使える者もいる事とダンジョン産の生物が稀に落とすプレートから得られる事以外分かっている事は無いと言ってよい。

 そもそもプレートからどんな力であるのか読み取れるという理屈すら分かっていないのだ。

 実際、何となく分かってしまうのであるが、流石にマニュアルに『何となく分かる』等と記載できない。

 だが、そんな胡散臭くて訳の分からない力であったとしても、近代兵器や近代機器を奪われた人類にとって、このプレートもスキルという特殊能力も必要不可欠なものとなっていた。


 そのありがたさ故か、スキルは神が齎せた慈悲だとしてその力を讃える妙な新興宗教カルトまで出来上がっているそうな。

 幸いにも日本には存在していないが、海外では地元宗教との間で結構ヤバ目の揉め事紛争を起こすにまで至っているとか。

 それも地元宗教が『いやこれこそ自身の神が与えてくれたものだ。』等と主張したのが切欠だというのだから、何と遣る瀬無さが募る話であろうか。


 だが、神がこの試練に対して与えてくれたものだと言われ、納得するのも分かる気がする。

 というのも、この能力。C粒子濃度が高い場所ほど力を発揮するのだから。

 つまり――。


「えぇ……。

 これ今描いてた奴だよね?」

「ええ、まぁ。」


 達己から渡された紙を見て、あるあが感心というより呆れたような声を出した。

 彼女によりダンジョン内では能力が上昇するので、良く練習してその増幅した感覚に慣れるようにと促され銘々が練習を始めた訳であるが、達己の能力は(おそらく)エコーによる知覚能力なので、それを使って簡単な周辺地図を描いてみる事にした。


 成程、確かに使ってみると能力は上がっている実感が得られた。

 現在の能力の到達範囲は自分を中心に半径約25m。

 狭いという訳ではないが広いと断言できるほどではない微妙な範囲だ。

 しかし、その範囲内の地形掌握能力が半端ではなかった。

 彼の脳裏には能力の影響範囲の全てが手に取るように分かり、その範囲内の全てを俯瞰ふかんから見た図で描く事も容易いのである。

 例えるなら、達己の視界に別ウインドウで地図を表示するといった感じで、その地図と手元の紙を重ねて見て、ペンでトレースするだけで詳しい地図が描けてしまう。

 距離計測や、地形判断も必要とせず付近の正確な地図を描く事が出来る。

 何と探索向きの能力であろうか。

 無論、本格的な階層調査となると、半径25mは決して広いとは言えず少々心もとない。

 だが、入り組んで複雑になっている場所であろうと、濃霧の中であろうが灯りが全くない洞窟の中であろうが迷う事なく移動ができ、労せずその地図を描けるというのは非常にありがたい話なのである。


「この二重丸になってるのって、あそこの木ですか?」


 千金が地図を覗きながら問うと、


「うん。外側の円が枝と葉で、内側の円は幹。」

「ひゃあ、木陰が分かるのは便利。岩山とかも分かりやすい……。

 でも川辺辺りだけ何か線がテキトーですね。」

「何か川とかは上手く把握できないんだよ。

 水はエコーを返してこないのかなぁ……。」

「あー……。

 でも逆に言うと、水場である証みたいなものだからそれはそれで分かり易いかも。」

「そう言ってもらえると気が楽だよ」


 実のところ、エコーロケーションだとしても何を発してエコーを取っているのか職員達に見てもらっても分かっていないのだ。

 いやそもそも本当にエコーなのかすら不明なのである。

 尤も、知りたくとも何をどうやればよいのやら、だ。

 以前の世界二十一世紀なら兎も角、現在では光学検査機器すらまともに使用できないのだから詳しく調べようにも検査すらまともに出来やしない。

 それにこれはスキルの能力。はっきり言って超能力といっても差し支えない物だ。

 超常能力相手にいくら理屈をおっ立てようと机上の空論にもなりゃしないのだ。

 だもんで、考えるな感じろ! の精神で、取りあえず使いまくって不備を確認し、その中で使用の際の注意点を見つけ出してゆく他手が無かったりする。


「鹿ノ内さんの方はどうなんだい?」

「私ですか?」


 そう問われると千金は手を前に差し出す。

 すると掌の色がじわっと赤くなり、あっと言う間に掌から滴り落ちそうなほど血液が浮き出ていた。

 掌の上で血の塊はゼリー玉のように纏まっていたが、少女が力を集中させるとぐにぐにと形を変え、ピクトグラムのような人型をとった。

 やがてその赤い人型は軽快に身体を動かし、見事な動作でラジオ体操第一を行って見せる。

 まるで生きているかのようなキビキビとした動作は確かに見事なものであるのだが、それを形作っているのは彼女の血液なので、達己は感心すればよいのかハラハラすればよいのか複雑な思いであった。

 ラジオ体操を終えるとキチンと礼まで行い、ピクトグラムは足元から彼女の中に沈むように戻ってゆく。

 掌にも元の色に戻っており、染み一つ血一滴も残っていない。


「ま、こんな感じです。

 これ以上血を体外に出したら貧血になっちゃいますんで、やっぱ外に出せる量はたかが知れてますね。」

「見てるこっちはハラハラしっぱなしだったよ。」


 千金はそんな達己の反応に、あははーと明るく笑って見せた。


「あ、他に涙の代わりに血液を噴射するとかできそうです。」

「そんなサバクツノトカゲじゃあるまいし…。」

「あー、アレを知ってましたか。」

「前に動画サイトの解説動画で見た事があるんだよ。」


 サバクツノトカゲは北アメリカの砂漠に生息している、その名の通り角のあるトカゲで、普段は砂漠の岩や地面に擬態して天敵から身を守っている。

 しかし、死んだふりや威嚇などの抵抗を用いても天敵から逃げられないと悟ると、実に身体の四分の一にも及ぶ量の血液を目から噴射するという離れ業でもってやり過ごすという。

 当然、それだけの量の血液を失う訳であるから、砂漠の気候によって衰弱死する事もあるらしいが。

 しかし件のトカゲは目に噴出孔があるから良いが、人間にはそんなものがある筈もないので、例え血液を操れたとしても一時的に視界が無くなる事は否めない。


「下手したら自爆するだけだから使用禁止ね。」

「分かってますって。

 耳から出すにせよ鼻から出すにせよ、前に飛ばせないなら意味無いですし。」


 意味云々より、ピンチの際に鼻血やら耳血やら流して抵抗する女の子とは……。

 これが百年前ならリョナ寄りのニッチな需要があったかもしれないが、実際に害獣や自然相手にそういう身体の張り方をされるとどう反応してよいやら。

 できる事なら使わないでほしいものである。

 ビジュアル的にも尊厳的にも、だ。


「とにかく、今見た感じだと血液の操作は上手くなってるみたいだね。」

「そりゃあもう。

 一ヵ月も期間が伸びてくれたんで、練習には事欠かなかったですよ。」


 と、言いながら笑顔で下腹辺りを撫でる千金。

 それを見て達己は苦笑しながら、


はしたないからやめようね。」


 と窘めた。

 都合二か月もあれば月の物も二回来る訳で、その際に自身が被る負担から逃れる為に試行錯誤を続けていたという事であろう。

 無論、その繰り返されたであろうの内容を聞くほど彼は礼儀知らず且つ無神経ではない。

 しかし信じてくれるのは良いが、フレンドリーが過ぎて千金はついこういった所作をとりがちなのが玉に瑕だ。

 単なる馴れ合いではなく、信頼であるのなら嬉しい限りであるのだけど。

 まぁ、彼女も色々と考えて行っているようであるし。


「……ん?

 目から飛ばす云々はいいとして、今のは……。」


 ふと気になって千金に目を向けると、彼女は小さく微笑んでウインクして見せた。

 余りに自然にそんな表情をみせるものだから少々驚いてしまったが、直ぐに彼女笑みの意を汲んで、


「…外気に血が触れたら拙くない? フツーは凝固するんじゃ……?」


 当たり障りのない質問に切り替えた。


「自分の血液なら大丈夫みたいなんです。

 他人様のならちょっと無理かな。凝固を早める事は出来るかもしれませんが。」

「あー……それはそれで血止めの際には助かるなぁ。」


 僅かだが。

 ほんの僅かだが、少女は笑みを深めた。

 彼の反応が彼女の求めているそれであったから。

 実際、達己は己の知覚能力の練習という態で周囲の様子を窺い続けているが、その上で今のやり取りの間のあるあるの様子を窺ってもいた。

 幸い、彼女は川辺でスキルの練習をしている二人の下へ向かっている最中。

 多少はこちらにも気を向けているが、そこまで注意してはいない。

 だから他愛の無い会話の一つとして聞き流してくれている。


 達己はあるあの背を実際に目で確認してから千金に視線を戻すと、少女は人差し指を唇に当てて沈黙を望んでいた。

 それを見て、やはり娘は慎重で用心深いんだと感心をして、自分も彼女と同じように唇に人差し指を当てて

 千金は流石に達己までだとは思わなかったようで、それを受けて笑顔で頷き了解した。


 その後はあるあがこちらに戻ってくるまで知覚能力を維持したまま、スキルの応用や、どのように鍛えたらよいか等を相談するという、傍目にも当たり障りのない会話を続けていたのであるが……。


『ホントに聡い娘だなぁ…。』


 会話の端々にもに触れるものが全く無く、本当に誰に聞かれても、能力の応用法を相談しているとしか思えないものとなっている。

 だからこそ、千金の見かけによらないしたたかさというか芯の太さを垣間見た気がした。


 何しろ――達己も練習の中で、自身のスキルが何を利用しているのか、凡その見当がついて来ていたのだから。


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テラリウムの開拓人 西上 大 @balubar

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