ラブの散歩

秋犬

犬と人形

 その犬は古い西洋人形を咥えて川岸の土手を走っていた。なかなか散歩をしてくれない主人に業を煮やして、犬はたまにひとりで散歩をしていた。犬は大きかったが利口であったので、近所の人は首輪のつけた犬を見てもニコニコと手を振るだけだった。


「ちょっとアンタ、離しなさいよ!」


 犬は植木の陰に入って、人形を地面に置いた。はっはっと舌を出して調子を整えた後、人形に鼻をふんふんと近づける。


「やめて、汚い鼻で私に近づかないでくれない!?」


 犬は人形の言葉がわかるので、その場に丁寧に座り直した。


「だいたい、なんで私なんかをアンタが運んでるの!? 一体私をどこへ連れて行こうって言うの。私なんか、食べても美味しくないわよ」


 人形は、解れた金色の髪を気にしているようだった。


「それに、私は明日燃やされるんだから。お願いだから、元のところに戻してきてちょうだい」


 犬は返事をする代わりに、はっはっと舌を出した。


「私はね、呪いの人形なの。私がいるとみんな不幸になるのよ」


 人形は青い目を光らせて犬に伝えた。長年愛された人形にはいつしか魂が宿り、まるで人間の子供のように意志を持つようになった。


 一緒に出掛けたい。

 もっと遊んでほしい。

 誰か、私を愛してちょうだい。


 人形は様々な形で人間たちに訴えた。目を閉じたり、少し動いたりすることで人形は自分を可愛がってほしいことを切々と伝えたつもりであった。


『夜になると動くんです』

『赤ん坊の泣き声が聞こえるとか』

『明日、人形寺で供養してもらおう』


 人形の持ち主はそう決めて、人形を段ボール箱に詰めて玄関の外に置いた。自分のしてきたことが無駄になったと知って、人形は悲しくなったが諦めの気持ちの方が強かった。そこにやってきた犬が、人形を段ボール箱から引きずり出してここまで運んできたのであった。


「私はね、お払い箱なの。いつまでも人形で遊んでくれる人間はいないのよ」


 すると犬は、再び人形を咥えた。


「ちょっとアンタ、話聞いてた? 私、そっちに行きたいんじゃないんだけど!」


 犬は一目散に走った。人形は人間と遊んだ時も、こんなに振り回されたことはなかった。土手を抜けて住宅地に入り、一軒の民家の前まで犬は走ってきた。


「おう、ラブ。その人形どうした?」


 ラブと呼ばれた犬は家の中から出てきた男に人形を見せた。


「どうせお前が拾ってきたモンなら、そういうモンなんだろう?」


 男は人形をラブから受け取ると、家の中に入った。


「さて、お嬢さんはどこに座ってもらおうかな」


 人形は驚いた。家の中には他にたくさんの人形や仮面、その他何に使うのかよくわからないものが散乱していた。男はいくつかの人形の間に西洋人形を座らせた。


「ちょっと狭いけど、今はそこに座っていてくれ。後でちゃんとした場所を考えてあげるから」


 人形が辺りを見回すと、隣の人形が話しかけてきた。


「はぁい、驚いた? 仲間がたくさんいるでしょう?」

「ここは、どこなの?」

「あの人、私たちのことが大好きなのよ」


 最初からいた人形はケタケタ笑った。男は呪物コレクターで、いわくつきのものを集めるのが趣味だという。


「おお、歓迎してもらってるみたいだな。よかったよかった」


 呪物コレクターはにっこり笑った。ラブは人形を見上げてはっはっと舌を出している。その様子を見て、人形は涙を流した。


「おお、君は涙を流す人形か。気が済むまでここにいてもいいし、新しい持ち主を僕が探してもいいよ」


 そう言うと、呪物コレクターは仕事に向かった。集めたコレクションについてのエッセイを執筆しているのだという。人形はラブに「ありがとう」と声をかけた。ラブは「わん」とひと声鳴いて、呪物コレクターの後を追った。


<了>

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ラブの散歩 秋犬 @Anoni

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