タイムスリッパー”タメ口”

渡貫とゐち

未来を救うタメなのに


 エレベーターを降りた若者は、目の前、ベンチに座っている杖をついた老人と目が合った。

 う、と顔をしかめる。露骨に顔に出ていないことを願うばかりだ。


 こんなのただの偶然だ、と思い、気まずさもあったがすぐに視線を逸らして目的地へ向かおうとしたところ、


「少しいいかね、若者よ」


 と、呼び止められた。

 られてしまった。


「……え、おれのことっすか?」

「そうだ。あんたに少しのアドバイスを、と思っての。……いいや、これは警告だな」


 若者は足を止めたことを後悔した。老害の面倒な説教か。このまま無視して立ち去ってしまおうかと踵を上げたところで、老人が言った。


「あんたは近い将来、二択を迫られることになるだろう。どちらを選ぶかで未来が変わってくるのだが……、そこでだ。あんたには、その選択肢を前にして少しの時間を置いてもらいたいんだ」


「時間を置く? ああ、すぐに答えを出すな、ってことですか」


「その通り。今のあんたならすぐにでも選んでしまう二択だが、そこでぐっと抑えて、選ばずにいてほしい。たったそれだけのことで変わる未来があるのだよ――たとえば」


 老人が、手に持つ杖で床を叩き、かつん、と音を鳴らした。


「たとえば、ワシが生きた時代。あんたの選択のせい、と言うと悪く聞こえるが、そうではなく……。あんたの選択が影響し、ワシの時代ではある人物の支配が長く続いてしまっているのだ。それはそれは過酷な世界だったよ……だから、過去を生きるあんたには、ワシが言ったようにすぐに選んでほしくはないのだ。分かってくれたかね?」


 かね? と、同時に再び、かつんと杖の音。


 その音は老人にとっては会話の間を掴むためのものだろうが、若者からすれば脅迫に似たプレッシャーにも感じる。


 目の前の老人は、偉そうで、上から目線だった……しかし老人ならば仕方ない態度だろう。……と、納得しかけたが、そうだろうか?


 当然、謙虚な老人もいるはずだが……だからこそ、老害というレッテルがあるのか。


「信用できないかもしれんが……証拠ならあるぞ、これだ」


 老人が取り出したのは一枚のカードだ……若者も持っている。免許証だった。


「身分証明? ……確かに、2185年って書いてありますけど……でも偽造……」


「できるだろうな。だが、偽造してどうする。ワシが偽造した身分証明を持ち歩き、あんたを騙す理由があるのか? この時代で言うところの”バズる”――が、ワシの時代ではもうなくなっているのだ、尚更、騙す理由がない。ドッキリでもな……。

 これは未来――ワシの世界を救いたいがための行動だ。必要なことなのだ……だからお願いをしている。あんたにも協力してほしい……頼む」


 老人がこくんと頷いた。

 もしかして、それで頭を下げた、とする気だろうか?


「そうか……未来の……。もしかしておれの血縁者だったりするの?」


「いいや、ワシはあんたとは関係性がない赤の他人だ。

 つまり知り合いでもない――繋がりなどなにも、」


 ――その時だった。


 老人が言い終わる前に、ぱちんっ! という音が響いた。


 数人の通行人が若者と老人を見たが、声をかけることはなかった。

 音の割りに、その平手打ちは深刻さがなかったからだろう。


 若者が老人にビンタをした。あまり見ない光景だから驚いただけだ。

 別に、禁止されているわけでもない。


「、っ、なに、を……。急にどうしたと言うんだ!? ワシのお願いに、カッとなるところでもあったのか!?」


「ん? 気づかないのか?」

「なにがだ!!」


 パァン!! と、今度は強めの平手打ちだった。


 老人が座ったまま少しだけよろけるが、杖のおかげで倒れることはなかった。


「な、なんなんだっ、なにが不満なんだ!!」


「あんたは未来人なんだろう……信じるよ。信じた上で――つまり、?」


「それは…………確かにそうなるが……しかし、だからなんだと言うんだ!?」


 ビンタをされる理由にはならない、と、老人が叫ぶ。

 年齢差だけが理由ではないのだ。


 若者がかちんときたのは、態度の話である。


「老人だからって誤魔化されねえぞ。杖をついた老人だろうが、未来人なら年下だ。だったらよお、おいおい――ずっと気になっていたが、タメ口はないだろ。しかもお願いをする立場なのにその態度はなんなんだ? 未来では年齢による上下関係がなくなったのか? 最低限の礼儀もなくなったのなら、未来なんかそのまま滅んじまえばいい」


 若者の鋭い視線。

 老人が、今更ながら大きなミスをしたことに気づいた。

 ……老人からすれば新しいパターンである。


「ま、待てっ、すまなかった……ちゃんとお願いをするから……どうか、どうか……ワシの頼みを聞いてくれ……お願いします、この通りだ」


 さっきよりも深々と頭を下げた老人。

 若者が、老人の後頭部を見ながら微笑んだ。


「最初からそれをしてくれ。あと、別にそこまで求めてはいなかったけどな」

「……!」


「偉そうな態度が気に入らなかっただけだ。尊敬しろとは言わないし媚びろとも言わないけどさ、他人としての最低限のリスペクトぐらいはしろって話だ。それだったらタメ口でもいいんだけどさ……ま、今ので及第点だな。

 未来人とは言え老人なのは確かだし、うん……そんな人が頭を下げて頼ってきたのならお願いを聞いてあげよう。それが世界を救う結果に繋がるかもしれないのなら、少し時間を置くくらい、できないことじゃないだろうしな」


「…………それは、ありがたい」


「できる限りやっておくよ。じゃあな、じいさん、未来で楽しみに待ってろよ?」



 そして、近い未来。


 若者が迫られた選択肢とは――――



『ねえ、どっちなの!? どっちを選ぶの!?!?』



 幼馴染か転校生か。


 若者は恋人を選ばなければいけなかった――、究極の二択である。


「す、少し、時間をかけてもいい……?」


「ダメ。ここで答えを出して」


「ここで決めてくれないなら、私たちはどっちもあなたとは付き合わないからっ」


 ふん、と転校生が腕を組んで不機嫌モードになり、

 幼馴染は、あっかんべー、と若者を急かしている……ここで選べ、だ。


 時間を置く、選ばない、なんてことをすれば、大切な人をどちらも失うことになる。

 若者は、老人との約束などすっかりとすっぽ抜けていた。


 もしも覚えていたとしても、遥か未来よりも今を選ぶだろう……


 赤の他人の老人よりも、直近の自分の幸せの方が重要だ。



「分かったっ、すぐに決めるからっ、その――――うぅ、やっぱり、おれは……」



 君が好き――と。


 若者は、片方を選んだ。



「また失敗だ、クソ……どうしたってあの若者は選んでしまう。選ばれなかった片方が未来で暴走を繰り返すことを分かっていると、この結果は喜べんな……」


 素直に祝うこともできなかった。


 杖をついた老人が、物陰から若者を監視していた。

 何度見たことか、この光景を――彼女の顔を。


 笑う幼馴染。

 そして、闇落ちする転校生――――



「…………もう、ワシの世界は救えんのかもしれんなあ……」




 … おわり

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タイムスリッパー”タメ口” 渡貫とゐち @josho

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