オトナキドリ
物心ついた時から歌っていた。
歌が大好きで、聴こえる音は無限で、希望で、
明るい道しるべだった。
ずっと歌を歌っていたかった。
歌を作るためにギターを学び、ピアノを覚えた。
何度も何度も練習して、何度も何度も歌った。
友人たちと初めて組んだバンドは青春そのものだった。何をしていても楽しくて、歌っても歌っても感情は無くならなくて、気持ちを込めれば込めるほどに客席は沸いた。
それでも
楽しかった音楽は、やがて苦しみへと変わる。
早くオトナになりたいと願った頃は確かにあった。
オトナってどうやったらなれるのかと悩んで、
辞書を引いては大人びた歌詞を綴った。
時が進めば進むほどに、大人びた歌詞は憧れの“オトナ”達に求められ、量産されて、感情を込められなくなった。
当たり前のように歌い、当たり前のように曲を作る。
歌いたい気持ちも、抱えていた気持ちも
あっという間に分からなくなって、作る曲は仲間との絆すら簡単に切ってしまう刃物になった。
やりたかった演出も、セットリストも
何もできないままに解散し、
歌声だけでスカウトされ、また新しい仲間を作った。
ある日突然、歌えなくなった。
初めてのワンマンライブを終えてすぐの、ボク達は絶好調だった。いや、絶好調を装っていただけなのかもしれない。
ステージの上で、声が出なくなった。
どんなに絞り出そうとしても音は出てこなくて、
周りの音が反響して煩くて煩くて、
やがて音が聴こえなくなる。
絶望の淵に立たされたボクが出来るのは、
楽器で音を紡ぐことだけだった。
歌えなくなったボクは
ただのお荷物で、道具としても欠陥品に成り下がった。
ボクの声の復活を待ち望む人たちはだんだんと減り、そして消えた。
音が失くなった声はやがて忘れられ、
囀ることもできなくなった鳥は、ただがむしゃらに
風をつかもうと翼を動かすが、向かい風に流されていく。
鳴くこともできず飛べなくなった鳥を“面白い”と思う人間は少ない。
奇抜で不思議な容姿をしていれば、少しは目に留まるかもしれないが、周りが酷似しているその“檻の中”には居場所など無く、そのうち、その鳥のためにエサを投げる人間も居なくなる。
そのうち、ピアノも弾けなくなり、
ギターも持てなくなった。
そんな自分に誇れるモノは何も無かった。
涙すら忘れ、キモチすら綴れなくなり、
遂に壊れたその楽器は、雨曝しのゴミ捨て場に
投棄された。
音が出なくなった楽器は、調度品にすらなれなくて、回収日を前にして投棄されたそれはただ虚しく、灰色の空を見上げながら小さく、影を潜めて蹲っていた。
たった1人だけ、
ボクの声を聴いてくれる人が居た。
音の無い世界にたった一本のボクを持って
指で1音1音鳴らしてくれた。
男でも女でもない“ハミダシモノ”のその人は
独りぼっちの醜いアヒルにエサをやり続け、
囀ることを待つわけでも、飛べるようになるのを待つわけでもなく、そっと音を鳴らしてくれた。
美しくも強く脆いその人は、
ただそっと目を閉じて音を探し、チューニングをするかのように、ささくれだらけになった心にそっと薬をつけてくれた。
2人で泣きながら歌った夜がある。
毎日毎日薬を塗り続けたハミダシモノのその人は
久しぶりのボクの歌を泣きながら聴いた。
「おかえり」
とだけ言い、声が枯れるまで泣いた。
泣くことを忘れたボクの代わりに、子供のように泣きながら笑い、何度も何度もボクの声を聴いた。
声はやがて風になり、ハミダシモノの音とともに溜め込んできた何かをそっと運んでいく。
心臓の音を確かめ、そっと笑って、
冷たくなったボクの手をぎゅっと握り、
「描きたい世界を作ろう」と誘ったんだ。
BPM98のちょっと遅めなハミダシモノの奏でる音は居心地が良くて、太陽の香りがした。
雨曝しになった欠陥品は
何度も直されて、味が出た。
濡れて乾いてシミになったり、
アスファルトで擦れて傷になった。
スポットライトはもう当たらないけれど、
ハミダシモノと作るハミデタ世界は
赤裸々の感情を今日も伝えていく。
感情でもいい、言葉でもいい。
そして何より音でもぬくもりでもいいんだ。
ほんの少しの差し込む“灯火”がきっとあるはずだ。
例えるものは何でもいい。受け取り方もそれぞれでいい。
音無き鳥になってしまった誰かの背中を
そっと撫でるような、そんな糸を繋いでいく。
オトナキドリのカーテンコール 日剱命 @hituruginomikoto3510
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