「自殺」を人生の選択肢から除外した

Unknown

【本編】

 俺は物心ついた頃から大人しくて孤独体質だった。28年の人生の中で「寂しさ」はずっと感じている。大人になってからも、1人で過ごすのが当たり前の生活をずっと送っている。(家族はいるけど)


「俺って人間に向いてないなぁ」と痛感させられる経験を幼少時代からずっと重ねてきたからか、高校の頃にはすっかり心の大部分を自殺願望が占めるようになっていた。いつの間にか死にたがりになっていた。幼少期からの悲しいことや辛いことの積み重ねの結果だから、死にたくなった明確なきっかけや転機があったわけではない。誰のせいでもなく、いつの間にか俺の心の中はとても暗くなっていた。


 とりあえず、高校・専門学校・職場のどれもで孤立していた。そして引きこもり歴も長い。今28歳なんだけど、貴重な20代の大半は病んで引きこもっていた。外出は精神科に行く時と酒を買いに深夜のコンビニに行くだけ、みたいな腐った生活をずっと送っていた。人生の中でキラキラした思い出なんて本当に1つも無い。


 少なくとも、この世界は俺の為に作られた世界ではないようだ。この世に俺の居場所は無いようだ。別にそれでいい。法律さえ守ればセーフ。


 俺は現在、安いアパートで独り暮らしをしている。だが働いているわけではない。俺は精神障害者として認定されており、障害年金を受給している。それと親の仕送りで生きてる。


 でも今月の22日に担当者会議というのがあって、そこで契約を結ぶと、俺は在宅の完全リモートワークのB型作業所で働けるようになる。時給300円だけど、300円でも個人的にはめっちゃ嬉しい。2時間働けばタバコが1箱買えるし。


 それで本題に入るけど、つい最近、俺は自殺を人生の選択肢の中から完全に除外した。


 なんでだろう……。良くも悪くも自分のことが本当にどうでもよくなったのが自殺願望が無くなった理由かもしれない。生きる理由もない代わりに死ぬ理由もないというか。あとは失敗した時の後遺症がとても怖い。例えば首から下が動かせなくなるとか。ユーチューブに、自殺に失敗して後遺症が残った当事者たちの動画もある。そういう動画を見ると、(死ぬのやめとこう……)と俺は思う。


 とりあえず自殺をする気は全く無くなった。今日も1人でずっとノートPCの前でぼーっとしてたら空が暗くなっていた。まるで味の無いガムを噛んでいるような生活だ。


 今まで、「死」は俺の生活の中に常に根ざしていた。俺は自殺未遂の経験が2回ある。たまたま2回とも失敗したから生きてるだけだ。


 生きてて良かったとも悪かったとも今は思わない。


 ◆


 深夜1時過ぎ、なんとなく無音でテレビをつけたら、超つまらなそうなアニメが流れた。どうでもいい。


 このどうでもいいアニメのように、俺の存在もどうでもいい。どうでもいいからこそ、別にわざわざ死ぬ必要も無いだろう。


 ・このアニメは俺にとってはどうでもいい。だけどテレビで流れている。

 ・俺の人生は俺にとってはどうでもいい。だけど生活は流れている。


 どうでもいいアニメと、どうでもいい俺。だけど両方とも当たり前のように存在している。


 どうでもいいもので世の中は溢れている。人にしろモノにしろ、どうでもいいものばかりだ。というか俺は世の中そのものがどうでもいいと思っている。明日、何らかの理由で地球が大爆発するとしても「ふーん」くらいにしか思わない。みんな同時に死ぬなら別に怖くない。


 きっと、この文を読んでくれている方の中にも、同じような人がいるのではないだろうか。突き詰めれば何もかもどうでもいい。


 だから「自分が世の中にとってどうでもいい存在」であることを悲観する必要性も無いと思う。誰からも必要とされなくたって気にする必要は無い。自分が自分を必要としていなくても気にする必要は無い。


 この世の全ては無常なんだから、極論、この世の全ての人間やモノがどうでもいいのだ。


 ちなみに「無常」とは仏教用語で、この世の全てのものは常に変化し続けるという概念だ。今を生きている全ての人間はいつか必ず滅んでいく。今この瞬間に産婦人科の手術室で産声を上げている赤ちゃんもいれば、今この瞬間に病室で静かに息を引き取っている老人もいる。移り変わるのは人間だけじゃない。この世に存在する全てのものは常に変化し続けて循環していく。


「無常」というワードにネガティブなイメージや虚無感を抱く人もいるかもしれないが、俺はむしろ逆で、「無常」という概念にかなり救われている。


 どれだけ大好きな人やモノがあったとしても、いつかそれらは必ず滅ぶ。


 どうせいつかみんな消えちゃうなら、別に現段階で全てを失っていても何も気にする必要が無いのだ。失うのが早いか遅いかの違いでしかない。


 今、俺は全てを失っているような気持ちでいる。だけど悲観的な気持ちは全く無い。


 どうせ最終的にはみんな平等に死ぬからだ。人もモノもみんな平等にいつか死ぬ。それは、何も持っていない孤独な俺にとっては大いなる救いである。


 だいぶ性格が悪いことを書くが、街でイチャイチャしてるカップルもいつか絶対に死ぬし、めちゃくちゃ金持ちな奴もいつか絶対に死ぬ。


 だから大丈夫だ。俺はなにも嫉妬する必要は無い。死んだら全ての人間は無になる。まだ死んだことないから実際のところは分からないけどな。


 ◆


 とりあえず、無理して死ぬ必要は無いと思うし、無理して生きる必要もないと思う。結論を急ぐ必要は無い。幸せだろうが不幸だろうがどうせいつかみんな平等に死ぬ。


「今この瞬間がとにかくキツイんだよ……」


 って人も居ると思うけど、俺はそういう過激な期間は通り越してしまった。


 高校時代・専門時代・社会人時代・引きこもり時代、それぞれ深刻な辛さがあったが、28歳まで生きたら、なんか良い意味で全てどうでもよくなれた。


「あ、俺って国に認められた精神障害者なんだ。だからこの世と気が合わなくて当然なんだよな」と思えるようになった。


 まあ、それぞれ置かれてる立場や境遇はみんな違うから、苦しみの種類もみんな違うと思う。俺は持たざる者だから持たざる者なりの苦痛があるが、その逆の苦しみだって当然ある。難病や重い障害と必死に戦っている人だって沢山いる。俺にはあまり想像できない苦しみだけど、想像力を働かせることだけは出来る。


 少なくとも俺は「無常」という概念によって救われた。


 ものごっつ諸行無常。


 ずっと固定された存在はこの世に1つも存在しないから、別れや離別も当たり前。そう考えると、失った悲しみは薄れる。


 俺には仏教的な考え方が自分に合ってるかな。一切皆苦とか。「人生とはそもそも苦しいものなんですよ」と断定してくれる存在があるのはありがたい。(あまり仏教に詳しくないけど)


 俺は今は心が安定してるけど、元々気分の波が結構あるタイプだから、今日言ってたことが明日には真逆になったりすることがある。


 とりあえず、生きるの辛くてもあんまり気にしなくていいと思うよ。辛さや痛みはいつか必ず終わる。この世は無常だからな。永続する苦痛は1つも存在しないよ。


 こんな感じで、すごくふわっとした事しか言えない。


 俺も1日の間に気分が何度か入れ替わったりして、泣いたりする事も結構ある。


 でも、冷静になり、ちょっと落ち着くと「別に俺って死ぬ必要ないよな」と思える。でも時間が経つとまた「あー、やっぱり俺だめだ」ってなったりする。


 凄く面倒な人間なんだよ俺は。一貫性も無いしな。


 あと俺みたいにメンタル疾患を持っている人の場合、長期的な視点を持って生きるという事が難しいケースが多い。だが精神病はかなりの長期戦になるケースが多いので、その途中で折れてしまう気持ちも正直よく分かる。


 元々頑張ってる人に頑張れって言うのは好きじゃないが、とりあえず命さえ繋いでおけば好転の可能性は高い。あと医療と福祉に繋がるのは早ければ早い方が良い。例えば手帳の取得や年金の申請や自立支援の申請には時間が掛かる。


 あと、精神的な病を持っている人は、完全な孤立状態に陥ってはいけない。1人暮らしなら訪問看護とかの福祉サービスもあるし、とにかく医療と福祉に繋がっておくという事が大切だと思う。


 ◆


 病気の症状なのか、俺は常に空虚感や虚無感が酷い中で生活している。心が空っぽで、すっからかんだ。孤独だ。全てがどうでもよく思える。


 でもこうやって適当に文を書いていると少しだけ気が紛れる。


 今は断酒もしているし、どうしても虚無感は拭えないのだが、1日1日をやり過ごしていくしかない。孤独と共存しながら生きる。


 俺の文を読んでくれている方には感謝する。


 俺の心が楽になるために書いている文が、少しでも他人の心を楽に出来たら嬉しく思う。


 まぁ、俺なんてクソどうでもいい存在かもしれないけど、もし最後まで読んでくださった方がいるのなら、俺はその人に感謝しかない。


 今は正直、文をパソコンでカタカタ打つくらいしか趣味が無いからなあ。あとは音楽鑑賞か。文章表現と音楽鑑賞の2つだけはメンタルが落ちているときでも出来る。あとはボーっとユーチューブで動画を見たりしてる。医療系の動画を見ることが多いかな。あと元々高校の途中まで野球部だったのもあって、野球を見るのも好きかな。趣味っていう趣味はほとんど無い。


 前はゲームとか好きだったけど、気分が落ちてるときにゲームなんて出来るわけない。操作が複雑すぎるのと、ストーリーが頭に入らん。アニメもここ数年は全く見ていなかったが、妹の旦那さんにおすすめされた「メダリスト」というフィギュアスケートのアニメは見たぜ。


 俺は人からおすすめされたものはちゃんと見たり聴いたり読んだりするタイプだ。意外と律儀な面もある。


 ◆


 最後になるが、「今この瞬間に自殺を真剣に考えているほど辛い人」に掛ける言葉なんて正直何も無いです。


 死が迫っているときに、言葉なんて無力だと身をもって知っているからだ。


「あなたが死んだら悲しむ人がいるよ」とか「生きてたら良いことがあるよ」なんて言葉を聞いても、辛い時は全く胸に響かないよな。


 ◆


 どうでもいい話だが、俺が今本当に1番やりたい仕事は人を助ける仕事だ。看護師とか介護士とか。でも俺はむしろ常に看護される側の人間で、精神科も含めて今まで数々の入退院を繰り返した。


 とりあえず2025年4月22日に担当者会議というものがあり、そこで契約を結べば俺は在宅ライターとしてのB型作業所で働けるようになる。時給300円。早ければ23日から働ける。嬉しい。


 精神障害者である自分にやれる範囲内で俺は少しずつ前に進めている。


 俺の場合もう28歳になってしまったけど、生き方なんて千差万別だから、自分が周りの人と違っていても気にする必要性は1ミリも無い。


 




 

 終わり

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