最終話 誇り高い血
雌は歯茎をむき出しにして獰猛な唸り声を上げた。尖った牙が唾液で光っていた。
「やられる」
そう思った瞬間、僕は左肩に大きな衝撃を受けた。キャノン発射装置が吹き飛ばされて、鉤爪でがっちりと肩をつかまれた。重装甲スーツは火の鳥の鉤爪くらいは防げるといったのは誰だ。鉤爪はスーツの表皮を簡単に貫いて、僕の皮膚まで達した。いや、皮膚だけじゃない、骨まで到達していた。
もの凄い激痛で目の前が真っ白になった。雌は血走った目でもう片方の肩もつかもうとしていた。僕は猛烈な痛さで目が涙で滲んでいたけど、必死の思いで右腕を奴の心臓辺りに持っていった。
レーザーガンを撃とうとしたんだけど、雌が右手を薙ぎ払った。余りに強い力だったのでレーザーガンは一撃で故障してしまった。
「くそうっ」
僕は痛さを忘れた。雌は再び僕の右肩をつかもうと左足を伸ばしてきた。僕は最後に残された武器、右肩のロケットキャノンを雌の頭部めがけて発射した。
大きな反動とともに、雌は頭だけでなく、上半身も吹き飛んだ。もの凄い量の赤い血液が飛び散り、僕は土砂降りの雨に逢ったようにずぶ濡れになった。
「勝った」
気付いたら、僕の左肩には奴の足がまだ突き刺さっていて、傷口からは僕らの種族の誇りでもある黄緑に光輝く血が流れ出ていた。
僕は急に眩暈がした。だけど、ここで倒れる訳にはいかない。課題は「卵を手に入れること」なんだ。僕は左肩に突き刺さっていた鉤爪を引き抜き、足を引きずりながら巣へと歩いた。
そして、卵1個をバックパックに収納した。
「任務完了」
僕は腕の通信装置を操作して課題の終了を学校に伝えた。その刹那、気を失ってしまった。
気が付いたとき、僕はエアカーの中にいた。重装甲スーツは上半身だけ脱がされていて、衛生担当の生徒が左肩に包帯を巻いていた。
「2匹ともやっつけたんだな。あれだけ出血しても卵を入手した。見事だったな」
エアカーを操縦していた先生が前を向きながら言ってくれた。さすが父親の血筋だと。僕はやっと安堵することができた。
あとで聞いたんだけど、この日の試験では2人が死んで、3人が再起不能の大けがを負った。僕のけがは重傷の部類に入らない。けがはなかったけど、卵を奪えずに時間切れになった生徒もいた。合格者は35人中、僕も含めて21人だった。第一関門で三分の一が脱落してしまった。
学校の駐機場では兄上が出迎えてくれた。
「やられちゃいました」
ぐるぐると包帯を巻かれた姿を見られるのは恥ずかしい。僕は照れ隠しに言った。
「卵は」
兄上は厳しい目をしていた。
「確保しました」
「そうか」
兄上は少しだけ目を細めた。
「傷の具合は」
「大したことはありません」
僕がそう答えると、後ろから先生が「恐らく骨折もしている。出血も多かったので、このあと念のため入院することになる。全治2カ月といったところだろう」と余計なことを言った。
「ゆっくり休め」
兄上はそれだけ言うと、包帯をしていない右肩を軽くぽんぽんと叩いた。
しかし、入院とは…。今夜は僕が手に入れた火の鳥の卵でディナーの予定だったのに。母上は随分と落胆するのではないだろうか。
病院のベッドで点滴を受けながら、僕は思った。
これから続くいくつもの試練を乗り越えて、いつか別の星で行われる最終試験に臨めるのだろうか。最終試験では、あの教訓映像にでてきたような獰猛な生物が僕の前に立ち塞がるかもしれない。その時は〝なんちゃってスーツ〟ではないので、敗北を覚悟した時に誇りを守るための自爆装置ももちろん装備されている。それを使うことにはなりたくない。
だが、先のことを心配してもしょうがない。今日のように目の前の課題に命がけで取り組むことでしか、ハンターへの道は切り開かれないんだ。
そんなことをあれこれ考えているうちに、僕は眠りに落ちた。
僕の初めての「おつかい」はこのようにして終わったんだ。
(了)
はじめての「おつかい」 @yoshitak
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