第3話 波状攻撃

 僕は巣を目掛けて、ゆっくりと山道を登った。火の鳥に見つからないように、エアカーくらいもある岩の塊に身を隠しながら、一歩ずつ巣に近づいていった。


 火の鳥は年に数回しか卵を産まない。今がその産卵期だ。

 産卵したあと、つがいが交代で卵を温めるんだけど、この時期が最も狂暴で危険。外敵が接近すると、躊躇せずに攻撃してくると、先生は教えてくれた。

 バイザーの望遠機能を使わなくても巣が確認できる距離まで、僕は辿り着くことができた。


<でかい>

 映像で見るのと違って火の鳥はとても大きかった。身長は僕の倍はありそう。時折羽を広げると、エアカーくらいの大きさに感じられる。


 先輩たちの最終試験で提供される完全武装のスーツには、背景にまぎれて姿が見えづらくなる遮蔽機能がついているけど、僕らのような〝なんちゃってスーツ〟にはそんな便利なものはついていない。相手から自分は丸見えだ。最後の最後には姿を晒しながら巣に接近するという危険をどうあっても冒さなければならない。火の鳥との闘いを覚悟して巣にチャレンジする勇気と知恵、タイミングが試される。それこそが試験の肝なんだと思う。


 僕は風下の岩陰から注意深く火の鳥の行動を観察した。卵を温めるのは雄と雌が交代で行う。どちらかというと、雌が巣にいる時間が長いように思えた。雄はその間、雌の食事を採ってくるんだ。

 僕は雄と雌が交代した直後、雄が巣を離れたタイミングを狙うことに決めた。授業でも、それがベストだと説明を受けた。だが、雄がどのくらい巣から離れた時に襲撃すべきなのか、巣にはどのように接近したら良いのか、それは教えられなかった。自分で考えなければならないんだ。


 僕は半日ほどじっと観察している間に、雄は2回、抱卵から離れて狩りにでた。2回とも、ほぼ同じ時間で戻ってきた。これで雄が不在の間隔は分かった。その間にカタをつけたら良い。あとは雌が守る巣にどう近づくかなんだ。堂々と接近したら、雌は一瞬で攻撃態勢に入る。それは避けたいよなぁ。やはり巣を襲うのは不意打ちの形にしなければ…。


 制限時間が迫っているので、僕が動くのは次に雄が離れた機会しかない。胸のドキドキが止まらなくなってきた。

 僕は右腕に仕込まれたレーザーガンと両肩のロケットキャノン砲の安全装置を外してその時を待った。一応、巣に接近する作戦は考えた。うまくいくかどうかは運次第といったところだ。


 雄が大きく羽を広げた。その時がやって来た。

 雄は卵のある場所を雌に譲り、2、3回大きく羽ばたくと、上空高く舞い上がった。僕はそれを思わず見上げた。


 しまった!

 雄が飛翔してしばらくは深く身を伏せて上空から見つからないようにしなければならなかったのに、僕は無防備に空を見つめてしまった。巣に近づくことばかりを考えて、上への注意が疎かになってしまったんだ。

 警戒心の強い雄は簡単に僕を見つけてしまった。一旦上昇した奴は、「キー」っと甲高い声を発しながら、爆撃機のように急降下してきた。


 心拍数が急激に上がった。雄はもの凄いスピードでこちらに向かって来る。だが、僕はパニックにはならなかった。ハンターの血が僕にも流れているからだろう。僕は右腕を前方に突き出し、レーザーガンの狙いを雄に向けた。早く撃ちたい気持ちを必死でこらえ、射程距離に入った途端に、レーザーガンを発射した。


 外した。

 火の鳥は機敏に針路を変え、レーザーを回避したんだ。恐るべき察知能力と反射神経。もっと引き付けなければならなかったんだ。

<賢い奴>

 僕は心の中でつぶやいた。だが、雄の旋回半径が予想外に大きかったので、次の攻撃までには少しだけ心の余裕が持てる。

 しかし、安心したのもつかの間、背後から雌が突進してきた。雄よりも獰猛なうなり声を上げてきたので気付くことができた。黙って近づかれたら気が付かないまま、一瞬でやられていたかもしれない。


 僕は振り向いた。雌はもう数十歩の位置まで迫っていて一刻の猶予もない。すぐさま僕は肩のロケットキャノンを撃った。2発を時間差で発射したうち、あとの1発が雌の羽をかすった。雌は大きな悲鳴を上げて倒れた。

 上空から「ギャー」という不気味な叫び声がした。雌の悲鳴を耳にして雄が逆上したのだ。旋回を終えて、ふたたび僕へと一直線に向かって来た。明らかにさっきよりも速度が速い。

 だが、僕は不思議なほど冷静だった。前回はレーザーガンを外してしまったけど、今度は外す気がしなかった。雄は奇声を発して向かってきていたけど、僕の心はとても静かで集中していた。


 僕は撃った。今度は目いっぱい引き付けたので、レーザーは雄の額のど真ん中を撃ち抜いた。雄は一瞬目を見開いたあと、首をがっくりと折った。だけど、かなり速度がでていたので慣性のままに僕へと向かってきた。僕は走って逃げた。僕の立っていた地面に雄が激突し、派手な土煙が上がった。

 雌が大きく吼えた。パートナーを失った悲しさと怒りに震えた絶叫だった。だが、最初のロケット攻撃で羽を負傷していたので、飛ぶことはできないはず。僕は少し奴を侮っていたのかもしれない。声のする方をゆっくりと振り向くと、雌はもう僕の目の前で仁王立ちをしていたんだ。


 飛べなくても走れる―そんな簡単なことを僕は見逃していた。先生の言った通りだ。「安心や慢心は一瞬で危険を招く」。

 雌はギラギラした殺意に満ちた目で僕に長い鉤爪を誇示した。



 


 

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