なんの才能もない普通のおじさんが泥臭く人型兵器で戦うだけのやつ
西塔鼎
■いまでないどこかの、当たり前の日常
ひゅんっ、ばっ。
どこか間の抜けた音とともに数百メートル先で花火になった友軍機をカメラアイ越しに見つめながら、男は小さくため息をついた。
どこにでもいる、といえるほどに没個性的ではないにしろ、それほど特徴と呼べる特徴もない壮年の男だ。
いくつかの古傷と無精髭、ぼさぼさの黒髪に濁った灰瞳。
薄汚れ、よれよれの濃紺の野戦服に包まれた体格はそれなりに鍛えられていて、ぎっしりと機材の詰まったコックピット内では少々窮屈そうに見える。
平時であれば少々いかつく、威圧感を感じなくもない風体だが……こと軍隊においては、そんな見た目の連中は履いて捨てるほどにいた。
しばらく剃っていないせいでだいぶ主張が激しくなった無精髭を無意識に撫でていると、ヘッドセットからひび割れた声が鳴る。
『見たかよクナト軍曹。連中ときたら、ずいぶんと景気がいいぞ』
「ええ、よぉく見えますよ。あーあー、ひどいもんだ。鴨撃ちじゃあないですか。こんな棺桶に手足が生えた程度の代物だって、自家用車よりは高いでしょうに」
そう言っているうちにも、次々と眼前では命の弾ける光が明滅し、外部視察モニターをちらつかせる。
彼ら――より正確に言うなら彼らの乗り込んでいるH.U.G.Eが膝立ちの駐機状態で並べられていたのは、輸送船のデッキ上だった。
豪雨の中、幅広の運河には祭りの時の屋形船のように無数の輸送船が揺れている。
ずいぶんと小さい頃、故郷の川で見た花火大会を思い出す。あの時も、こんなふうに船に揺られながら花火を眺めていたものだ。
……もっとも、今の状況とはあまりにも似ても似つかなかったが。
「これ、本気で我々も接岸するんですか? 対岸についた途端に蜂の巣ですよ」
『先人を見りゃあよーく分かるさ。だが悲しいかな、ちゃんと地に足つけろと作戦部からのお達しだ』
「地に足のついてないような作戦を立てておいて、まあ」
敵軍に占領されている運河基地の奪還作戦。
橋は落とされ、陸地経由のルート上には敵の大規模防衛部隊……それゆえに作戦部が採択したのは、運河を渡っての奇襲作戦。
だが向こうも当然そんなことは読んでいた。
ゆえに、運河沿いには無数の固定砲台がこちらに砲口を向けて立ち並び、歓迎の拍手とばかりに徹甲弾の雨を降らせ続け、接岸しようとしている輸送船やH.U.G.Eをいくつもスクラップに変えている。
「あの調子じゃ、もう第一陣は全滅じゃないですか。無茶でしょう、これ」
これから飛び込むことになる光景を前にして、げんなりしつつ男――クナトと呼ばれた彼が再びため息をついていると、部隊チャンネルから別の声が入る。
『作戦部の命令に逆らうのか、軍曹。ならば……』
『あーストップストップ、学級会は後にしとけよヒルツ伍長。お互い弾除けは多い方がいいだろう』
『ふん……了解しました、曹長』
不服げなメガネの下の眼光が見えるかのような不機嫌そうな声でそう答えると、そのまま沈黙する彼。
後でまた説教されそうだな、と若干の面倒くささを感じつつ――「後で」なんてことを考えている己の能天気さに少しばかり失笑するクナト。
と、ちょうどその時だ。船体が大きく揺れ、ほぼ真横で巨大な水柱が立ち上る。
対岸からの砲撃――つまりもう実弾武装の射程範囲というわけだ。
通信越しに、上機嫌そうな軍曹の声。
『はっはぁ、弾が俺たちを避けたみたいだ』
「いやぁ、幸先がいいですねまったく」
『当たる前にロック解除だ。跳躍距離ギリギリまで接岸したら、飛びつくぞ』
がこん、という音とともに機体足底部のロックが外れ、足が自由になる。
<駐機モードを解除、索敵装備および火器への電力供給を再開します>
合成音声とともに戦闘機動モードへと切り替わり、コックピット内のいくつかのサブモニタとスイッチが点灯、メインスクリーンには全周カメラから再構成された自機の三人称視点映像が映し出される。
グレーの都市迷彩で塗装された、人型の機械。胸部側面には「諸王国連合軍第119連隊3号機」のマーキング。
戦車の砲塔のような扁平型の胴部から頼りない手足を生やしたそれは、首のない鎧騎士のようにも見える。
H.U.G.E.――「Humanoid Unit for General-purpose Elimination」。
汎用人型駆逐攻撃単位。
全高5メートルのいびつな体躯を25mm厚の頼りない複合金属板で覆った人型機動兵器はカメムシのような薄い頭部に備え付けられたカメラアイを薄青く輝かせ、時を待つ。
曇天。叩きつけるような豪雨。視界は不良、だがおかげで敵の光学兵器の方は射程を確保できていないらしい。砲弾以上におっかない収束レーザーの迎撃は今のところ飛んできていない。
前方には、先鋒を務めて大破した無数の輸送船、そしてH.U.G.Eの残骸が運河を埋めて新しい陸地を作っている。
『体張って岸を伸ばしてくれた第25から29分隊の連中に敬礼! 突っ込むぞ!』
曹長の鬨の声――それが合図となって、輸送船からぞろぞろとH.U.G.Eの群れが残骸でできた岸へと飛び移る。
だが、同時にそれはすでに敵の射程に入り始めているということでもあった。
豪雨で減衰しているとはいえ、十数メートルも進めばキルゾーン。
アサルトライフルを抱えて突っ込んだ別隊の機体が爆散、しかし倒れたその残骸を踏みつけてさらに後続が前へ。
クナトも同じように誰のものともわからぬ大破機体を踏み越えながら、ぽつりと呟く。
「アーメン、がいいのか御冥福を、がいいのか」
『ンなこたぁ向こうへ行ってから考えりゃいいさ。ほれ、敵さんがたが見えてきたぞ!』
曹長の言葉に正面を見る。
居並ぶのは、横並びになってこちらへ銃口を向けているH.U.G.Eの大群。
なんとなく動きがそぞろなのは、気のせいではないだろう。誰だってこんなこと、好き好んでやっているわけじゃない。
だが――お互い、やるしかないのだ。
彼らがこちらに銃口を向け、こちらが彼らに銃口を向ける以上は。
それが彼らの、730日と18日続けてきた日常なのだから。
――それは、世界が少し別の流れを辿った地球。
古来より栄華を極め、ユーラシア大陸を中心に巨大な勢力圏を築いていた第IIIローマ帝国――4年と少し前、彼らはついに世界をひとつにしようとした。
だが当然、それを受け入れられる者ばかりではない。
第IIIローマ帝国による併合を拒んでいた周辺諸国はこの暴虐を前に一致団結し諸王国連合軍が成立。世界は明確に二分され、そして……それをひとつにするために、帝国は全面戦争の狼煙を上げた。
連綿と続く大国の歴史の中で練り上げられた強大な軍事力を持つ第IIIローマ帝国。
だが対する諸王国連合もまた、それぞれが第IIIローマの支配に屈することなく独立を維持し続けた国たちである。
戦いは、当初の第IIIローマの思惑のようには進まず……今や戦線は伸び切り、誰も彼もが疲弊していた。
それでも、一度燃え上がった戦火は明確な「決着」がもたらされるまで決して終わらない。
もはやあらゆる人々の思惑を離れ、己が意志を持つかのように無限に燃え広がる黒渦。
物語ならば、類まれな才覚を持った英雄が現れてそれを収めたかもしれない。
巨大な力に抗えるほどの輝きを持った若者が、終わりなき災禍に終止符を打ったかもしれない。
けれど……残念ながらこれは、そういう物語ではなかった。
世界に「主人公」はおらず。ただ同じような日常が、続くだけ。
この世界に、英雄はいない。
なんの才能もない普通のおじさんが泥臭く人型兵器で戦うだけのやつ 西塔鼎 @Saito_Kanae
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