【短編】ホームレスのおっさんが二匹の獣を拾ったら

三木 べじ子

ホームレスのおっさんが二匹の獣を拾ったら

 イタリア南西部に位置するここは、所謂スラムと呼ばれている。劣悪な環境、日々どこかしらで起こっているスリやひったくりどころではない犯罪の多さに、犯罪発生率も国内随一だ。一歩裏道に入ればそこは別世界。道のいたるところにゴミが散乱し、ドラッグに手を染めた人間が倒れ笑い怒っては、女子供に理由もなく暴力を振るう。人権なんてものはない。当の昔に、国はこの街を手放した。おかげで犯罪は年々増し、薬の使用者も増え、性暴力により生まれた子供がまたスラムで孤児として生きる。そして金も何もないから他人を傷つけて奪う。まさに負の連鎖だ。正常な人間は見て見ぬふり。例え、倒れ喘ぐ者がいたとしても、見ない、聞かない、近づかない。普通の奴らが俺らをないものとして扱うなら、腐った俺らはどうやって正常になればいい。何も持っていないから、ここで生きるしかないというのに。与えられないから、奪うしかないというのに。


 女が薬に溺れた男に犯されて生まれた俺は、このスラムではよくいる子供の一人だった。父とは呼べない男は初めからどこにもおらず、ないものとされた。母から育てられたが、五つの時には母も身心を病んでこの世を去った。スリや泥棒といった犯罪行為に手を染めて何とか生きる毎日。時には危ない奴に手を出してしまい、捕まって死にかけたこともあったが、それでも運よくこうして生きてきた。

 自分の人生を呪ったことがないというのは、嘘になる。十代後半頃は、全てにキレて当たって「なんで俺だけこんな目に合わなきゃならねぇんだ」と暴れ回っていたが、二十代にもなるとそんなことしても無意味だと気付く。ただ無難に、日々を生きることが大切なんだ。高望みをほんの少しして、でも期待は抱きすぎないように、身を潜めていれば、命までは刈り取られずに済む。命さえあれば、この世界は何とか生きていけると知った。


 だから俺は今日も街へ金目の物を探しに繰り出す。夜の街は危険が一杯だ。危ない奴、いかれた奴、馬鹿な奴。色んな奴が点滅する街灯の下を闊歩する。

 酒に酔わせたフラフラの女の腰を抱き、下卑た笑みで「大丈夫かい?そこのホテルで休憩しようか」と見え透いたことを考える男とぶつかる。


「失礼」


 そのまま何事もなかったように去ろうとしたが、背後から声がかけられて俺は後ろを振り返ることなく走りだした。聞こえる足音、怒号に、足を止めればすぐに死ぬ。

 路地裏に身を隠し、すぐそこを男たちが通り過ぎて行った。


「ちっ…。くそ、マフィアかよ。しくったな。ま、でも、取り分は十分」


 懐に入れていた財布を開けば出てくる金。酷いときは日に二ユーロなんて日もある。二ユーロで一体何が買える。そこらの泥水を汲んできただけの癖に、ミネラルウォーターだから十ドルとかほざいた野郎はその数日後には姿を消した。どうせマフィアか薬中にでも声をかけて消されたのだろう。


「キャッシュレスの時代に、八十ユーロ!ヒュー!マフィアに追われただけはあるぜ!」


 クレジットカードも入っている。これはなんという収穫か。今日は思い切って夜の店で豪遊するかとステップを踏む俺は、後ろから頭に強い衝撃を受けて倒れた。

 何度も何度も殴られる。しかし意識が途切れないように力加減がされており、気絶することもできずに死にたいと思うほどの痛みを与え続けられる。頭に、腹に、足に、ドスッドスッ、重い暴力が体の至る所を襲う。


「底辺のゴミ風情が、舐めたことしてんじゃねぇよ。俺らの時間奪いやがってよぉ。次顔見せたら殺すからな!」


 俺を気が済むまでボコボコにした男たちが、不快な笑い声を上げて帰っていく。殴られすぎて全身が痛かった。口の中が切れて血の味がする。


「ま、さか、獣人、が、いた、とは…」


 獣人。獣の姿をした人間か、人間のような獣か、未だ定かではない存在。獣の見た目でありながら、人の言葉を解して人と同じ食事をとり、人と共に生きる。個体数は人よりも少ないが、獣と同じ嗅覚や聴覚、視覚、各動物特有の性質を持ち、また人よりもはるかに強い力を持っている。知能も高く、人が多くを占めるこの世界は、実は裏で獣人が操っているなんて噂が囁かれているくらいだ。

 痛む体を何とか起こし、俺は路地裏を歩く。獣人がいたのに殺されなかっただけ、いやマフィアの人間に手を出して命があるだけ、マシだ。ミネラル詐欺の野郎同様、手を出せば消されるのが当たり前なのだから。口の中に違和感を感じ、ペッと吐き出す。歯が折れていたようだ。売れるかな、と考えたがしかし痛い。


「くそ…。金はねぇし、殴られるし、歯は折れるし…。今日は散々だ!」


 腹いせに近くの壁を蹴るが、コンクリート製の壁と俺のボロ靴と細い足じゃ、ダメージは俺の方が酷い。足の痛みに蹲る俺は、近くに籠のようなものを見つける。何か金目のものか、もしくは食べ物か。近づいた俺は、期待を込めて籠の上にかけられた白い布を勢いよく取った。


「…あ?子どもの猫と、子、犬…?」


 籠の中にいたのは、薄汚い子猫と子犬。やせ細った体は十分な餌を与えられていない証拠だ。毛は艶も何もなくパサついて、本来の色さえ分からないほど灰色に汚れている。寒いこの場所で、一体いつ捨てられたのか。籠に入っているということは人間が飼っていたのだろうが、金銭的、または他の理由で飼えなくなったのだろう。自分たちが置かれた状況を理解することも改善することもできないただの小動物は目を閉じており、生きているのか死んでいるのか分からない。金目の物でも食べ物でもなんでもない期待外れに、俺はその場を立ち去ろうとした。しかし、二匹が目を開けた。てっきり死んでいるだろうと思っていた俺は驚く。二匹は俺をその水色と黄色の瞳で見て、か細い声で鳴いたのだ。


「…はっ。わざわざ金がかかる動物なんか拾って、俺に一体どんな得があるってんだよ。てめぇの生活も満足じゃねぇのに、こんなみすぼらしい奴ら拾って飼って育てて、俺の食い扶持が減るだけじゃねぇか。なのに拾うとか、ねーよ。はぁーあ。馬鹿らしいわ。とっとと帰って寝よ」


 良いことなんか何もない。生物を育てるのは簡単じゃないし、金も膨大に必要になるし、ただでさえこのスラムは治安も環境も最悪だ。満足に育てられる保証なんかない。そもそも自分の命を守り、一日を生きていくだけで精一杯なのだ。死にかけの小動物拾って飼うとか正気の沙汰ではない。


「って、分かってんのになんで拾ってんだよ、俺!」


 片手に籠を抱えて、俺は頭をかく。籠の中にはもちろん、子猫と子犬が眠っている。動物を育てる大変さも、危険も、十分に理解しているはずなのに、気づけば戻って籠を抱えて自分の家に向かって歩いている俺がいた。馬鹿だと自分でも分かっている。痛いほど分かっている。でも納得行かなかった。人間の理由だけで捨てられて、自分たちじゃどうしようもない状態に陥って、ただ死ぬことを受け入れなければならないこいつらの運命が気に食わなかった。まるで、小さな頃の俺を見ているようだった。


「いや、そうだよ!こいつら育てて、肉付きとか毛艶とかよくすりゃ、高く売れるじゃねぇか!天才かよ俺!」


 俺の家は、大分前の廃墟。天上も壁もボロボロで、雨漏りは凄いし埃も凄いし虫とか当たり前に出るしかび臭いが、寒空の下で寝るよりかはまだマシな場所だ。盗んだり拾ったりしたものを集め、雨がかからない隅に作られた俺の小さな住処。

 何かを飼った経験など貧乏でホームレスな俺にあるわけがない。一先ず牛乳とかパンとかを買ってみた。


「…食べても、大丈夫だよな?」


 拾ったライターで蝋燭に火をつけ明かりを灯す。欠けた器に牛乳を入れて、俺は籠に入った二匹に触れた。想像以上に細い。ほとんど骨か皮だ。二匹合わせても片手で持ててしまう。プルプルと震えているが、その体温は俺よりも高かった。地面に降ろすが立つことさえままならず、補助しながら牛乳を口元まで持って行ってやる。


「俺のなけなしの金で買ったんだから、ちゃんと食えよな。住むところにも文句言うんじゃねぇぞ」


 始めは牛乳を理解できなかったようだが、一度舐めたらぺろぺろとその小さな舌で懸命に飲んでいく。パンはそのままだと固いので、牛乳に浸して食べさせようとしたのだが、そんな元気はなかったのか食べなかった。浸した部分と残った牛乳を食べ、残りは明日に取っておく。

 食べても震えは止まらず、二匹の体はあったかいが、寒いのかもしれない。俺は二匹を胸に抱え、数年ずっと使っているペラペラでボロボロの布で自分の体ごと覆う。俺の体温で少しはマシになるだろう。心臓の上で眠る小さな二匹の温かさに徐々に睡魔がやってくる。暖を取れるのも良いなと、眠りについた。


 それからは怒涛の日々だ。徐々に元気になっていく二匹だったが、人とは違うからか成長速度がえげつない。骨と皮だけだった体は肉を付け筋力を増やし、その分食べる量も増えた。スリだけでは賄えなくなり、日雇いの職を探しては金を稼ぎ、二匹に飯を食わせてやった。二匹も成長するにつれてスリや狩りを覚えて、自分たちで飯を取ってくるようになった。時には危険な目にあって逃げ回ったりもしたが、一人と二匹は運よくスラムを生き延びた。


 そして現在。


「ボス。服がよれてるよ。ん、綺麗になったな」

「ボス。オレ、ボスの取引を邪魔した奴ぶっ殺した。褒めて」


 綺麗なスーツに身を包み、肉球のある手で器用に他人のスーツをなおし、獲物を捕獲するための橙と黒の独特の縞模様と晴天の空を思わせる水色の瞳で俺に撫でられ待ちな奴。そして、雪を走り狩りをする長い灰色の毛と金塊の如く金に輝く瞳で、これまた尻尾を激しく揺らして褒められ待ちな奴。手を伸ばすと、普段なら高い位置にあるはずの頭は届くように下げられる。撫でると心底気持ちが良いと顔を蕩けさせた。


 部屋の扉がノックされ、会合が始まると知らされた。煌々と照らされ、絨毯が敷き詰められた廊下を高級な革靴で歩けば床を蹴る音がする。皆が端によけ道を開けて、頭を下げる。


「「「「お疲れ様です、ボス!」」」」


 俺左右それぞれに控える奴らにではない。高級なスーツを纏う俺に向けてである。

 足を止めた俺に、どうしたの?と顔を覗き込んでくる奴らがいる。先程頭を撫でた時同様に手を伸ばせば、避けられることも抵抗されることもなく受け入れられ、その頬に触れる。フワフワで艶々な毛は健康的な食事とストレスのない生活、そして丹念なケアによるものだ。嬉しいと全身で表現する両者に、俺は思わず口を開く。


「あれ…お前らもしかして、獣人?」


 獣の姿をしながら、二足歩行で歩き、人語を話す。人と同じものを食べ、同じように眠る。俺の言葉を聞いた獣人二人は、一瞬呆気にとられた後笑い出した。


「うん。ボクらは獣人だよ」


 薄汚い子猫だと思っていた生き物は、虎の獣人で。


「今更かよ!オレたち随分前から話してたけど、気づかなかった?」


 薄汚い子犬だと思っていた生き物は、狼の獣人だった。


「いや始めは唸り声だったし、俺が話してんの聞いて理解できた超頭良い奴らなんだとばかり…。マジか…」

「てっきり分かっていると思っていた。隠していたつもりじゃなかったんだけど、ごめん、ボス」

「アハハ!マジボスっておバカだよな。いや親バカ?マジカワイイ!」


 それぞれの反応は、昔から変わらない二人の仕草。そうだ、目の前の俺より身長が頭一つ分高くて、筋肉ガッシリついてて、獣でもとイケメンだってすぐ分かる整った顔立ちだろうと、二人は俺が確かにスラムで拾った子猫と子犬だ。


「俺は可愛くねぇ!まぁ、別に良いけど…いや待て。そもそもなんで俺マフィアの、しかもボスになってんだよ!」


 気づけば住んでいたスラムを中心に、そこら一帯を治め裏を牛耳るマフィアのボスに俺はなっていた。あれよこれよと地位と場所と服を用意されて、基本部屋で書類に判を押すか会合に行って何も話さずに決め顔を維持しているだけ。書類を作成するのも考えるのも話すのも、二人がやっていることだ。俺、読み書きは教えたけど難しい書類の作り方とか、他勢力との取引の仕方とか、知らないのだが。一体どこで、いつの間にそんな力を身に着けたのだろうか。


 頬に添えた手を離さないよう、一方は緩く絡め取り、一方は強く握りしめてくる。力強い見た目と反した肉球の柔らかさを感じた。


「ボスとの思い出が詰まったこの場所を、守りたいと思ったんだ」

「オレらの上に立てるのはボスだけだから、ボスなんだぜ!」


 守りたいからマフィアとか、ボスだけだからボスとか、理由になっていない気もするが、俺は昔から深く考えるのは苦手なんだ。考えるまでもなく、今の生活はスラムよりもずっといい。雨漏りもしていない埃一つない部屋。薄いボロ雑巾のような布ではないフワフワの毛布で暖かいベッド。カビもなく三人で一つのパンどころではない、腹が一杯に満たされる食事。一か月に一回ではなく、毎日風呂に入って体を清潔に保てるし、部下もいる。これ以上ない最高の状態じゃないか。


「まぁ、俺は別に良いんだけどよ。お前らは俺がボスで良いのかよ?俺なんか、何の取柄もないただのおっさんだぞ」


 かつて金にするために拾い育てていた俺だが、「いつか売るから」と先延ばしを続けた。結果、汚く貧しいスラムでの生活に文句も言わず、ずっと俺を慕って側にいてくれた二人に情が移ってしまい、売ることもできず現在に至る。今では俺の方がお荷物だ。得意なことはスリと金目の物を探し回ること。どう考えてもいらない、すぐにでも捨てられるような存在だ。


「「何言ってんだよ」」


 しかし二人は首を振った。


「ボクたちを救ってくれた。ボクたちを育ててくれた。ボクたちに愛情を注いでくれた」

「ボスがいるから今のオレたちがいる。何の取柄もないなんて冗談は言わないでくれ」


 言葉は優しく、喉から小動物時代のキューという声が今にも聞こえそうな表情。掴まれた手の強さやいつの間にか腰に回った手により距離が縮まり、圧を感じる。


「ボクたちを救ってくれたアンタのそばにずっといたい」

「オレたちを守ってくれたアンタを一生守るよ」


 息を感じるほどの近さに俺は耐えられずに「分かったから止めろ!」と叫んだ。押してもびくともしなかった二人は大人しく引き下がる。手も腰も解放されたが、何故か以降もずっと心臓がうるさかった。獣人だろうと、顔の整った奴は心臓に悪いらしい。


 その後の会合で決め顔を続けていただけだが、緊張から疲労が溜まった俺は風呂に入って体の汚れを洗い流すとすぐさまベッドで寝ようとした。


「んでお前らまでいんだよ!邪魔だろうが!」

「一緒の方が暖かいよ」

「今までもずっと一緒だったんだし良いじゃん!」


 ベッドは大きいが、獣人である二人は二メートル越えの巨漢である。尚且つ筋肉もあり、左右からの圧が凄い。俺も身長は百八十ある成人男性だ。どう考えても同じベッドで三人横になって寝る利点はないし、両端の二人は横に寝なければはみ出てしまう。ゆっくり休息を取れるよう、各自部屋があるのだからそっちで寝た方が良いだろと言っても、両者耳を畳んで聞く耳を持たない。頑としても動かない二人に、俺は昔の行動を悔いた。


「獣人は幼体の時の習慣が残ってしまうんだ」

「アンタじゃないとダメなんだよ」


 程よく大きくなって来た二人の「一緒に寝たい」おねだりに負け、俺も暖を取れるからと以降も共に寝ていたのが悪かった。薄いがそれぞれの布団も用意したのに嫌だと突っぱねられた時、無理にでも言うことを聞かせておけば、こんなことにはならなかっただろう。獣人の習性を知らなかった俺の自業自得である。

 二人を拾って十六年。十六歳には見えない見た目でウルウルとこちらも見ても全く可愛くないと言うのに、俺は昔からこの顔に弱い。スラムで生きてきて、物乞いをする子供を非情にも素通りするような俺が、なぜこの二人にはいつも折れてしまうのか、謎だ。


「分かったよ。ったく…。ベッドから落ちても知らねぇからな」


 途端顔を輝かせて腹の上やら心臓の上に頭を乗せてくる。流石に全体重を乗せられると重さで死ぬので無理だが、頭だけなら平気だった。グルグルと喉が鳴り、振動が伝わる。フワフワの布団と毛皮に包まれるだけではなく、二匹の言う通り、拾ってからずっと一緒にいて暖も取れるから、俺もよく眠れる。

 二十二歳だった俺は既に三十八歳だ。こんなおっさんとくっつきたがるなんて変な習性だ。いつもよりも眠りに付くのが少し遅いなと思っていたが瞼は次第に落ちて行った。


 眠ってからどれくらいたったのだろうか。意識がわずかに浮上した俺の耳に、ぴちゃぴちゃと水温が聞こえる。もしかして雨漏りだろうか。ならば修理か、雨に降れない場所に移動しなければならない。だが体は動かず、寒いはずの体は熱を持っているかのように熱い。音は下の方から聞こえた。早く修理しなきゃ、あいつらが風邪を引いてしまう。風邪はつらい。しんどい。長引けばそれだけ苦しみは増す。それに風邪を引いたら薬代も病院代もとんでもない金額がかかるんだ。早く起きないと。あいつらを、温めないと。


 ———あれ、俺今、スラムにいたっけ…?


「っ~~~~~~!」


 バチッと強い衝撃に俺はようやく目を開けた。なんだこれは、下の方が、気持ちいい?ぼんやりとしたまま俺は体を起こそうとして、力が入らないことに気づく。


「ぁ、え…?」


「あれ、ボス起きちゃった。良いんか?」

「そろそろボスの意識がある状態で、という話だっただろう。だから今日は、クスリを入れてない」


 クスリ、薬のことか?入れていないとはどういうことだろうか。誰かに使ったのか。薬は良いこと無いから使うんじゃないと言い含めていたのに、なぜ手を出したのか。叱ろうとしてもまだ意識がはっきりしない。


 グチュッ


「っ、ぐっ!!」


 強烈な快楽が全身に伝わる。ようやく覚醒した俺は、震える体をなんとか起こした。二人はベッドの下方で、あろうことか俺のペニスを握っていた。加えて、


「な、んで、尻…?!」


 俺のアナルにまで、口を付けていたのだ。ペニスは握られているが、口元を見れば先程まで口に含んでいたことは分かる。アナルもべちゃべちゃに濡れていた。


「この状況を見て、分からないボスじゃないだろ」

「ボスのアナルは超美味いな」


 二人の口元から、涎か俺の精液かも分からない粘度の高い液体が、垂れて滴り落ちる。その様がなんだかいやらしい。


「ボス。ボクたちもう、十六になったんだ。もう大人といっても十分な歳になった。だから、ちゃんとした大人にならないといけないって、そう思ったんだよ」

「ボス!ボス!オレ、大人になりたい!」


 目の前の二人はほんの小さい頃から知っているで、歳だって俺よりもずっと下で、怖いと思うはずないのに、舌なめずりする彼らを俺は知らない。こんな雄の匂いを漂わせる彼らを、俺は知らない。体が震えた。


 雰囲気に呑まれ、流されるのは駄目だと俺は慌てて抵抗する。


「っ、大人って、そんなん知らねぇよ!お前ら自分で勝手にしろ!てか普通、相手は俺みたいなおっさんじゃなくてもっと綺麗な女だ、ろ?!」


 獣人と人間の力の差は明確だ。太ももを抑えつけられ動きを固定され、握られたペニスを勢いよく上下にしごかれる。抑えつける力は強いのに、扱く手は程よい力加減だった。肉球か、技術か、自分でやるよりも気持ちが良い。ペロ、と湿った感触が伝わる。


「や、止め、ぅく!っ、あ!」


 静止の声も聞かず、虎は見せつけるようにその舌で俺のペニスを舐める。虎の舌はザラザラしていて、しかし唾液がたっぷりと纏わりつき、痛みを感じることはなくただただ強い刺激が襲ってくる。ペニスに集中していた俺は、アナルの方へ意識を向けていなかった。


「あ?!ちょ、ちょっと待て!止めろ!はっ、ぅっ!」


 無視されていたのが気に喰わなかったのか、こっちも見ろとアナルの愛撫が始まる。尻を一杯に広げられたことによって、さらけ出されたアナルに空気が触れる。冷たい空気に晒されたことで自分の今の状況を改めて認識してしまった。しかしどんなに頭を押しても、蹴っても、無意味だった。鍛えられた二人に抗うには、俺は弱すぎた。アナルにはぁ、と温かい空気が触れて鳥肌が立つ。かと思えばこちらの確認もなくむしゃぶりつかれた。ベロベロと舐められ、不快感しか感じないはずなのに、何故か快感を感じている自分に俺は驚いた。驚いている隙に、狼の長い舌はアナルの中に入ってくる。いよいよ本格的にマズイと抵抗しようとして、虎がこちらも忘れるなとペニスの愛撫を強くする。

 前も後ろもぐちゃぐちゃにされて、意味が分からない。アナルの中にあるしこりを押され、裏筋を舐められると駄目だった。すぐに達してしまい、荒く呼吸を繰り返す俺を、二人は恍惚とした顔で見下ろす。


「あー…。飛んでるな」

「飛んでるボス、マジカワイイ」


 二人の股間には、そそり立つペニス。俺に興奮しているらしい。水色と金色の瞳だけが、爛々と輝いている。快楽で働かない思考で、俺はただ肉食動物に追いつめられた草食動物って、こんな気持ちなのかなと思った。

 何故、俺に興奮するのか。何故、俺の体の気持ちいい所を、まるでよく知っていることかのように責めることができたのか。疑問は尽きない。しかしおっさんの体で受け止めるには、快楽も、情報も、多すぎた。俺は、小さな小さな容量を超えた事実に耐えられなくなり、気絶する。


「今日もお預けか」

「オレ、待ては得意だ!」

「早くボスの中に入りたい。ボスの薄い腹をボクの魔羅が広げ、始めは抵抗しながらも快楽に善がり達する様は、さぞ煽情的で数億もする名画よりも美しいんだろうね」

「ボスは唾液も精液もアナルの蜜も、全部甘くて、体のどこを舐めても美味い!だからオレ、ボスが欲しい。ボスの全部を、食べたい」

「必ず手に入れるから」

「待っててな、ボス」


 不穏な二人の会話は、気絶した俺には聞こえていない。これから、二人の猛アプローチという名の囲い込みから逃げようとするが、既に外堀が完全に埋められていて、逃げることができないと俺が知るのは、もう少し先の話である。

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