つくば万博の思い出

一矢射的

第1話



 一九八五年、三月某日。

 茨城県つくば市内にて。

 国際科学技術博覧会、通称つくば万博が満を持して開催された。


 当時小学生だった私と妹は、寡黙な父と天真爛漫な母に連れられて、この世紀の式典を一生の記憶に刻んでやろうと、いち早く現地に乗り込むのだった。


 今にして思えば出不精だった父が、こんなお祭り騒ぎに自分から出向いて行くなんてまず有り得ないことだった。あの面倒くさがりな父ですら思わず浮かれて出かけてしまう程に、あの時つくば市は熱狂の渦中にあり「地元で万博が行われる」という栄光にどこまでも酔いしれていた。


 なんせ万博中央駅という仮設の駅までもがわざわざ常磐線に作られたというのだから、行政の力のいれ具合が判ろうとも言うものだ。

 会場近くではその駅から直通だという二連のシャトルバスが道を縦横無尽に走り回り、それを見ただけで妹は「いいなー、アレに乗ってみたい」と可愛らしくはしゃぐのだった。私や両親はそれどころではないというのにまったく無邪気なものだ。

 とにかく入場のゲート付近は混みあっており、開場二時間前から現地に到着していたにも関わらず、どこか車を止める場所を見つけることすら困難な有様だったのだから。どうにか駐車場を見つけて現地入りしてもまだ安心は出来ない。ゲート前にもやはり長蛇の列が待ち構えていた。押し寄せる人の波がまるで新宿のラッシュアワー並みだ。


「いつまでも紙のチケットなんか使っているから行列ができるんだ。未来がテーマの万博だというのなら、最新のテクノロジーで何とかしてみろってんだ」

「まぁまぁ、いかにもお祭りらしくて良いじゃない。それにこうやって待つ時間も楽しいものよ。想像する時間が長ければそれだけ期待が膨らむじゃない」


 並び疲れて早くも不貞腐れる父と、それを慰める母。

 正確には「人間・居住・環境と科学技術」が万博のテーマなのだけれど。

 最新の科学技術によって私達の生活が今後どう変わるかを示すものらしい。

 シンプルに述べれば、ここは「私達の未来が視れる」会場。

 実に四十八もの国々が理想の未来像を提示しようと集まったのだ。


 私達の胸はこれから繰り広げられるであろうSFめいたショーへの期待で高鳴っていた。たとえ待ち時間が二時間を超えようともこのワクワクをとうてい止められるものではない。作られて形となった夢が現実という試練を凌駕していた。


 正午をまわり、やっとの思いで会場に入るとマスコットキャラクター、コスモ星丸(土星に足の生えたようなキャラだ)の着ぐるみと沢山のパビリオンが私達を出迎えてくれた。宇宙ロケットや筑波山を模したツインピラミッド型の建築物は、特撮番組に出てくる秘密基地みたいで日常とはかけ離れた会場内の独特の雰囲気を醸し出していた。更には岡本太郎氏のモニュメント「太陽を視る」の存在感もすごい。こちらは蝶をかたどった人の顔のようなモニュメントだ。昔大阪で万博をやった際「太陽の塔」が一躍有名なったように、きっとこの人面蝶もつくば万博から飛び立つことだろう。

 遠くには世界一の大きさ(当時)を誇るという観覧車テクノコスモスも見えていた。気分はすっかり遊園地のようで、父や母も興奮を隠せずにいる様子だった。


 そして、万博で体験したアトラクションの数々は期待以上の代物だった。


 ロボットが生演奏するエレクトーン。

 3D眼鏡で飛び出して見える立体映像。

 全ての壁がスクリーンで、投影したアニメの中に入れる部屋。

 こちらとの会話に応じてくれるロボ星丸。

 実際に食べて体験できるチューブの宇宙食。


 どれもこれも私達が思い描くまさに未来そのものといった感じで、まったく夢のようなひと時を過ごすことが出来た。

 これで各パビリオンが入場無料というのだから信じられない。


 特に私と妹のお気に入りだったのはテレビ電話が体験できるもしもボックスだ。

 V字型の大階段、その両端に電話が設置されており……通話している相手の姿が遠くから目視できるというのがポイントだ。お互いの距離があんなに離れているのに、まるですぐ傍に居るみたいに顔を見ながら画面越しの会話が出来るだなんて。


「見てみて母さん! 早苗があんな所に」

「お姉ちゃーん、こっちだよ! そっちは画面! おーいおーい!」


 これぞ、まさに未来そのものだ。

 もちろん、未来からきた皆さんがこの感想に多少の異を唱えたとしても、私はさして驚かないけれど。これが昭和の思い描く「レトロな」未来だったのだから。


「いやぁ、凄かったな。お父さんはあのエレクトーンが忘れられないよ。滑らかな指使いはまるで中に人間が入っているみたいだった」

「母さんはロボと会話できたのが衝撃的だったわ。こんにちはって挨拶したら、ちゃんと返事をしてくれたのよ、賢いわぁ」

「早苗は甘い宇宙食と観覧車が好き」

「私はやっぱりテレビ電話かなぁ。あんなスゴイ物がそのうち各家庭で使えるようになるなんて信じられない」


 私達は突如目の前に現れた未来に圧倒されて、無限に湧き出てくる興奮と幸福をトコトンまで噛みしめていた。

 たとえどんなに科学技術が発展して、ここに顕示された未来がいつかは色褪せ ありふれた物になろうとも……この思い出はセピア色の輝きを放ち続けるだろう。


 一日中歩き回ってクタクタだったけれど。

 その日は私達家族にとって最良で忘れられないものとなった。


 そして楽しい時は瞬く間に過ぎ行くもの。

 いつしか時代は流れ……。










「聞いた? お婆ちゃん、この子ったら万博を見に大阪まで行きたいって言うのよ」

「あら、悪くないじゃないか。行っておいでよ」

「もう、あんなの混んでいて大変なだけですよ。お爺ちゃんは疲れて遠出も大変なんだから」


 二〇二五年、四月。令和の時代。私がすっかりお婆ちゃんになった頃、万博というキーワードは再び私の人生に戻ってきた。その間に世の中は随分と様変わりしたけれど、それで変わらない物もしっかりとある。


 テレビ電話はコロナ時代のリモートワークで大活躍している。

 ロボットとの会話は端末越しの「AIとの問答」という形で実現した。

 今じゃAIが絵を描くことも、音楽を奏でることも、歌うことだって出来る。


 父が文句を言っていた紙チケットも、デジタル化し携帯電話の中へ姿を消した。

 ただ、人が集まりすぎてサーバーがダウンしたとか何とかで、残念ながら大阪万博の初日は入場の大行列が解消することはなかったそうだけれど。

 やはり、どんなに科学技術が発展しようとも解決しきれず残る問題はあるものだ。


 そして、変わらないものは何も問題だけでなく。


「良いじゃないか。ジジババの事なんて気にしなくても良いからさ。思い切って行ってみたらどうだい? きっと良い思い出になるよ」


 だって私達がそうだったから。

 素敵な思い出と興奮は、私達家族を支え続ける背骨になったから。


 行く価値はきっとある。未来に憧れる人々のトキメキがある限り。


 今度の万博で示される未来はどんな物だろう?

 令和の時代に人々が思い描く未来のビジョンとは?


 ババにはもう思いもよらぬ事だけど。

 それが最良のカタチで示される事を切に願っている。


 大切な人との素敵な思い出は、きっと一生の宝物だから。

 その証拠に、今も私の机にはつくば万博の記念硬貨が眠っている。

 引き出しの奥底で、いつまでもレトロな未来を夢見ながら。










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