星来 香文子

 姉が帰って来た。

 白と赤の斑模様の風呂敷に包まれた何かを抱えて。


市江いちえ姉さま、それはいったいなんですの?」


 原因不明による病で床に伏していた妹の満江みちえが、せき込みながら訊ねると、姉は実に嬉しそうに笑いながら答える。


「あなたが欲しがっていたものよ。やっと手に入ったの」


 妹はそれで、その風呂敷の中身が分かったようだ。

 嬉しそうに姉からその包みを手渡した。

 真っ赤な液体が、ぽたりぽたりと滴り落ちているが、そんなことはお構いなしに、妹は姉と同じように、とても嬉しそうに微笑み、両手でそれを受け取る。


「まぁ本当に!? ありがとう、市江姉さま。本当に、ありがとう」

「可愛い末っ子のためだもの。当然よ」


 私だけがその中身が何かわからなかった。

 まぁ、そんなに欲しかったものであるなら、すぐにその場で包みを開けて中身を確認するだろうと少し待った。

 けれど妹は姉に感謝するだけで、一向に包みを開く気配がない。


「――ねぇ、それはいったい何なの?」


 見ていたこちらが耐え切れなくなって訊ねると、二人は笑顔のまま私の方を一斉に向いた。


「何って、あれですよ」

「だから、あれって何?」

「あれはあれよね」

「ええ、あれですわ」

「……いや、だから、わからないから訊いているんだけれど」


 全く答えてくれない。


「もう、私だけ仲間外れにするなんて酷いじゃない。私だって姉妹なのに……」

「――まぁ! ついに手に入れたのね!?」


 私が口をとがらせて不貞腐れていると、今度は母が話に加わって来た。

 母もそれが何かわかっているようで、嬉しそうににこにこと笑っていた。

 さらに、そこへ祖母も加わる。


「ちょっと、なんで私だけ何も知らないの? みんな、酷いわ、家族じゃない!」


 どうして私だけ一人、何も知らされていないのか。

 あまりに腹が立って、妹が持っていたその包みを私は取り上げた。


「あ、ちょっと! 文江ふみえ姉さま、何を」

「貸しなさい! 答えないあんたが悪いのよ」


 持ってみると、ずっしりと重い。

 生臭いし、濡れているようだし、魚か何かかしら?

 そう思って、一度床に置いて、白い結び目を解く。


「は……?」


 中から出てきたものと、目が合った。

 こちらを見ている。

 黒い瞳が、私を見つめている。

 何度も何度も見つめ合った、私が心から愛しているあの人と同じ目だ。


「え……? え……?」


 どうして、人の顔が……首……が、ここにあるの?

 というか、首から下は……?

 いや、まって、これは、この顔は、あの人の……首?


「もう、文江ったら駄目じゃない。勝手に開けるなんて」

「まって、お姉さま……これは、何? どういう、こと……? 嘘よね、何かの冗談よね? どうやって作ったの?」

「何を言っているの? この私が、作り物なんて持ってくるわけがないでしょう。取って来たのよ」

「いや、だから、取って来た……? え?」

「可愛い可愛い私たちの妹が、病に苦しみながら、どうしても欲しいと望んだんだもの。長女として、当然のことをしたまでよ」


 いや、そんなわけがない。

 そんなわけがない。

 いくら妹が望んだとしても、これは、あり得ない。


 どうして、私の腹の子の父親のあの人の首が、首だけがここにあるの?

 隣の村に住んでいるあの人は、妹の病気が治ったら、結婚の挨拶にここへ来る約束をしていた。

 あの人は顔が作り物みたいに綺麗で美しいから、他の女に嫉妬されることを恐れて、結婚するまで私たちの関係は家族にも秘密だった。


「市江姉さま、本当にありがとうございます。これで私の病も治りますわ。ありがとう、本当に、ありがとう」

「いいのよ、さぁ、これを持って、ゆっくりとお休み。きっとすぐに良くなるわ」


 意味が分からない。

 何が起きているのか、理解できない。

 なぜ、あの人の首を妹が欲しがったの?

 誰にも、あの人との関係は話していない。

 それなのに、なぜ、欲しがったの?


 あの人の首を持って、休む?

 どういうこと?


「では、おやすみなさい」


 何一つわからず、ただ唖然としているしかなかった私を無視して、妹はあの人の首を抱えて、布団に入った。

 まるで、あの人と一緒に布団に入っているように見えた。

 でも、その掛布団の下に、あの人の体はない。

 あるのは、首だけ。

 首を抱きしめながら、妹は眠りについた。


 そんな異様な光景に、私は言葉が出ない。

 私以外の家族はみんな、それを嬉しそうに笑いながら見つめている。


「……よかったわねぇ、これで、良くなるわ」


 祖母なんて目に涙を浮かべ、両手をこすり合わせている。

 それは毎朝、神棚に向かって手を合わせているときの姿によく似ていた。

 妹が病気になって、祖母が友人から紹介してもらった祈祷師が置いて行った神棚だ。

 ちっともよくならなくて、私はあれを信じてはいない。

 だって、あの人が言っていたのだもの。


 祈祷師なんて名乗るやつは、みんな詐欺師だって。

 あの人の弟が原因不明の病にかかって、意味の分からない儀式をさせられたって、言っていた。

 あまりにも気味が悪くて、あの人はすぐに家から追い出したって言っていた。

 せっかく来てやったのにって、文句を言われたけれど、詐欺師だってことを村中に広めたら、もう現れなくなったって……

 まさか――――



「意味の分からない、儀式……?」


 姉を問い詰めると、祈祷師に言われたのだと言った。


「満江には、悪霊が憑りついているの。だからね、それを祓うには、美しい顔の若い男の首が必要だと。美しい男の首を抱いて眠れば、悪霊はいなくなる」

「美しい男の首……?」

「文江、あなた前に言ったじゃない。隣の村に、とっても美しい顔をした男がいるって」


 姉は恍惚とした表情で、つづける。


「すぐにわかったわ。あんなに美しい顔の男の人は、他にいなかったもの。これで、満江は助かるわ」




 妹が死んだのは、それから三日後のことだった。



《了》

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星来 香文子 @eru_melon

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