長男と三男、のはずが

私は、死だ。物事の終わりの象徴だ。

だがその前に近縁に2人の弟を持つ兄でもある。私は弟とここ数百年あまり関わりを持たずに生きてきた。それがあの小娘――御影堂紫苑との接触によって弟と話す機会が出来て、弟たちと過ごす時間も自然と増えた。


それは、私にとって嬉しいことなのだが―― 

  

「タナトス、仕事前なの。夜、眠れてる?」

「…タナトスにいちゃん、隣座ってもいい?」

幼少期の頃すら関わりのなかった末弟、オネイロスとの距離感が未だに掴めていないままでいる。


┈┈

夕方に起きて、傍らに置いたスマホに電源を入れるとポップアップ通知に1件だけ通知があった。いつも使われている神格たちとわたしで構成されているグループチャットのもの――だと思ったがそうではなかった。

「…個別でメッセージが来てますね。個別で?」

珍しいこともあるものだと思って誰から来たかを確認する。メッセージはタナトスからだった。


「えっ、昼にどこか食べに行こうかとかの連絡かな。もしそうなら寝過ごしちゃってますね…」

しかし彼はそんな連絡の前には大抵前日に確認を取ることが多い、律儀な神格である。…であっても今回はどうかわからないので急いで内容を確認してみる。まず最初の5行ほどを確認すると――


『突然の連絡で済まない。このメッセージについては口外しないで欲しいと前置きをした上で、本題に入らせてもらう』


…思っていた数倍物々しいものが来ている。

声に出して反応するとヒュプノスとかオネイロスあたりが来て「口外禁止」という制約が即座に破られそうだったので、声を殺して画面をスクロールする。


『最近オネイロスがこちらと距離を詰めようとしているのが私のような鈍い男にも解るほどに行動に移されている。それとまた話題は変わるが、お前はオネイロスととても仲が良いと思う。ヒュプノスの次くらいに。そこで提案なのだが』


あ、意外と微笑ましい内容かも。なんとなく次にどのような文が来るのかは分かってきた。


『弟のやりそうなことをトレースしてコミュニケーションの練習台になってくれないか』

えっ、全然違った。好きなものとか共通の話題を教えてほしいとかじゃないんだ。なんで?あと普通にそれに関しては睡魔さんに頼みましょうよ。


ほかでもないタナトスの頼みなのだが、少しばかり腰が重い。その理由としてあるのは――


普段のオネイロスのパーソナルスペースの狭さ故に必然的に近い距離でコミュニケーションを取らなければならないことと、こちらがタナトスに一方的に憧憬やら何やらを抱いていること、の相性があまりにも悪いのだ。


どうあがいても最後の方で二人羽織みたいな距離感になりますよね、絶対に。心臓が止まる。今度こそ本当に看取られてしまうかもしれない。

いや、しかし。タナトスの頼みなのでなるべく聞きたい。そのためには、と、オネイロスと関わったときの記憶を頭の中で総動員して――


タナトスと話す予定を組んだ、その当日。

「……本当に、いいんだな。ありがとう。」

「…いえ。困った時はお互い様というやつですから。それでは、いきますよ。」


すぅ、と息を吸う。トレース、開始だ。

「…ふぁ。タナトスにいちゃん、おかえりなさい。睡眠時間、ちゃんと足りてるの。あんまり寝ないとヒュプノスに絡まれちゃうからほどほどにしたほうがいいよ…」

「…!………ああ、いつも心配をかけてすまないな。今日はちゃんと休みだから、お前と話すついでに休養に努めたいと、思う…」


オネイロスの真似をして話し始めた瞬間、タナトスが息を呑むのがわかった。少なくとも全然似てないなんてことにはなっていないらしい。これも記憶をしっかり保持して参照できる自分の異能力故の賜物だ。


「休養がついでなの、多分よくないよ〜…。でも、それだけおれと話す時間を優先してくれてるってことだよね。うれしいな、ありがとね」

「……そうだ、お前とずっと話したかった。私はずっと世話も何もかも弟に任せて、ずっとお前の顔を見られていなくて……」


あっ、彼の中の激重感情スイッチを押してしまったかもしれない。多分わたしという代理だから言えていることだと思うし、素直に伝えられるのはいいことなのだが。いやでも、オネイロスはこれを伝えられても気持ち的に引いたりだとかはしないだろうし、もう少しその役に徹することにする。


「……んーん、にいちゃんがずっと覚えてくれてただけですごく嬉しい。こうやって今兄弟水入らずで話せる機会をくれたのも、おれのことが大好きだからだよね、そうでしょ」

「……ああ、お前のことが本当に大切で、愛しくて、何処にもやりたくない。これから一杯話す機会を作って、それで――」

「…、……ゔっ」

「……、大丈夫か小娘、一瞬呻き声が聞こえた気がしたんだが。無理をさせているか、私は」

「…いや大丈夫ですほんとすみません、続けますね」


 

危ない。すんでのところで抑えた。

わたしから見たタナトスの好きな部分は、人柄、信念、在り方。それだけ言うと聞こえは良いが――


何より、顔と声が好きなのだ。一旦俗物すぎる。


タナトスの光を通さない黒い瞳が伏せられた睫毛ですこし隠れて、その睫毛が濃い影を作っている。黒黒とした濡羽色の髪がぱさりと音を立ててこちらに垂れる。そのどれもがわたしにとってはどうしようもなく、刺さる。


一緒に生活している中で一番長いのが彼なので十分慣れたかと思ったのだが、そんなことはまだないらしい。本当に情けない。


「…お前は眠くないのか。こんな男の話をずっと聞かされていたら退屈にもなるだろう。そろそろ、切り上げたって――」

「…タナトス、自分の存在を蔑ろにするの、やめてって言ったでしょ〜…。でも、そうだね…」


ここからのオネイロスならこうするという台詞が、予測はついている。いるのだが。しばらく言葉が出てこないのを心配したのかタナトスが不安そうにこちらを覗き込んでくる。


――腹を括るしか、ない。


「…久々ににいちゃんに甘えたいからさ。ヒュプノスがやってくれたみたいに、おれとも一緒に横になって寝てほしいの」

死ぬ。殺してほしい。希死念慮が一時的に再発しているのを感じている。断ってくれ、断ってくれ死神さん、そしてあわよくば殺してくれ、とひたすらに祈っていた、が――


「…そう、だな。それでお前が安心して眠りに就けるなら幾らでも私と居てほしい」


…譲れないところを真面目に突き詰めた結果一対一での共寝が成立してしまった、のだ。




タナトスが落ち着かない様子で、オネイロスの言動を模したままの私にこちらに身体を向けた状態で話しかけてくる。

 

「…入眠前の本の朗読は、要るか。」

そんなものをこんな至近距離で聞いたら死ぬ。本当にやめてほしい。しかし、オネイロスならここのタイミングでは絶対に引かない。脳内で自身の頬を両の手で挟むようにして平手打ちし、正気を保つ。


「……ん、タナトスの好きな本がいいな〜…。難しい本が好きそうだよね、あんまり絵本とか読まなさそうだと思ってるの、ちがう?」


絵本は実際にオネイロスが借りてきて読んでいたりするのを間近で見たことがある。だが、タナトスが絵本についてあまり知っている印象は受けなかったので会話作りも兼ねて話題を広げようとする。


「…そうだ。私がよく好むのはごく一般的には悲劇とされる物語だが、お前は優しいからな。お前の好きなものを知る方が、私にとってもいいのかもしれない」


そう言えば前に三大悲劇に数えられる作品のひとつを読んでいたのは記憶に新しい。前に読んでいたのも愛読書のひとつなのかもしれない。


「悲しいのが好き、なのかな。それとも、人の営みを丸ごと好きなのかな。タナトスのことだから、なんとなくだけど後者な気がするよ」


その言葉を吐いたタイミングから程なくして、タナトスがこちらに対して目を伏せながら笑む。…出た、本当に心臓に悪い。

「…ああ。お前は本当にこちらをよく見ている。」


流石に、キャパを超えてきた。ブラコンヤンデレ神格――ヒュプノスの陰に隠れてあまり目立たないが、タナトスも相当弟に対しては甘い方なのだ。それが今、何の因果か擬似的にこちらに向けられているため毛布に仕舞っている手も震えている。




それからようやく決死の思いで、話題が少し途切れたタイミングで――おもむろに右手を挙げる。それを見てタナトスがはっとした顔をした。


…この奇妙なコミュニケーション練習の上で、限界になったら右手を挙げてほしい、と彼から言われていたのだ。歯医者とか病院の類か?





タナトスがこちらを慮るような目線で以てこちらに声を掛けてくる。


「……相当無理をさせたな、ありがとう。」

「いえ……。いやでも確かに、無理はしました」


それを言って一瞬タナトスの表情がしゅんとして曇るのを見て、慌てて弁解する。…ちょっとくらいダメージを食らうのを覚悟の上で。


「……死神さん、美人さんなので。距離が近いとちょっと心臓がドッてなっちゃうというか」

「…断然ヒュプノスやオネイロスの方が美しい顔をしていると思う。むしろあれが平気なのはなぜなんだ小娘」


あ、兄弟愛ブラコントーク再びだ。

本当にこの神格達は兄弟間での仲が良すぎてなんで自分が邪魔になってないか分からない時がたまにある。……受け入れられているのは、嬉しい。

 

しかしこの神格、前々から思っていたが自己評価がめちゃくちゃに低い。ヒュプノスとオネイロスとわたしで囲んで一生褒めちぎってやろうか。


布団で並んで寝るのも、魂(比喩的な意味で)と気が抜けてなにも抵抗がなくなったあたりでオネイロスたちが帰ってきて、あわててタナトスとの距離を離すのだった。


┈┈



見えてる、かな〜。はじめまして、おまえたち。夢の神格、オネイロスだよ。あのね〜…今日のはね、ヒュプノスからタナトスにいちゃんが怪しいことしてる〜って連絡が来てたから、眷属を通して一緒にヒュプノスと見てたんだよね、実は。


「…シオン、おれの事普段からすごく見てるんだ、かわいいね。そうだよ〜、おれはタナトス相手だったらそう言うな」

「ちびっこ、めちゃくちゃ手ェ震えてんじゃ〜ん。絵面はウケるけどセーフワードないのこれ、ほっといたら死ぬんじゃないのコイツ」


そこからいろいろ、エスカレートしていくのも見た。これ――シオンとタナトスにいちゃんのエミュレーションの面白いところは(面白がっちゃ駄目だけど)、シオンがおれの言動をトレースすればするほど墓穴を掘るところだった。あの子、タナトスにいちゃんのことが相当好きなはずだから。挙動不審になっているのを見てヒュプノスとちょっと盛り上がっていた。


「うわ、言いやがった!一緒に寝て〜って言う前の顔が完全に腹切る前の武士のそれなんだよね、我欲で動かなかったから許してやるよ、ガキ」

「…本当に寝ちゃったら、ふたりの夢の中に顔を出しちゃいたいけど。びっくりさせちゃうかな。でも焦ってるところもちょっと見たいな、こんなこと考えるなんて意地悪かな、おれ…」


そして、あの時のタナトスの言葉は、シオンではなくおれに向いている。気持ち的には。


「次に話しかけに行くとき、タナトスにいちゃんが照れなきゃいいな」

「いっそ囲んでやろうよ、弟2人で。対応力上がってるか試しに行っちゃお」

「…ふふ。どんな反応してくれるんだろうね、タナトスは…」


日だまりの中、布団に倒れ込んだシオンとそれを眺めるタナトスの姿を認めてなだれ込むように帰ってきたおれたちは、また日常の1ページに色々刻み込むのだった。…なんてね。

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惨死終に(さんしじゅうに) 宮いちご @miya_ichigo

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