番外とか

番外 溢れるほどに

ヒュプノスという神格は、受動的で穏やかな気質を持つと記されていることがそれなりに多い。もっとも一緒に暮らしている“彼”はそうでもなく、明るく外向的で、時に騙り、意地が悪かったり優しかったりする。その彼の最近わかった一面として――

 

「ちびっこ、これあげる。有り難く受け取りな」

「オネイロス〜!眷属用の服縫製したから着せてみて〜!!ね、めっちゃかわいくできたの」

「お兄ちゃん、チョコ食べる〜?これ、中に弾ける飴が入ってんの。食べると面白いよ」


――前々から思っていたことを、やっと言葉にする。 

「……睡魔さんって結構世話焼きですよね。や、なんというか、貢ぎ癖とかに近いようなそれがあります」


その言葉を聞いたオネイロスがゆるりと首を傾けてこちらに言葉を返す。

「ヒュプノスにいちゃんはね〜…。昔からおれにはあんな感じだよ。貰うことに慣れちゃ駄目だって思ってるけど、ほんとうに湯水みたいにこっちに与えてくるんだよね」

 

「その心持ち、すごくえらいです。わたしも睡魔さんからは相当もらってますよ。傘とか拡声器とか、あと最近は飴とかグミの類を大量に……」

「…あの人、甘いお菓子も好きなんだよ。口寂しくなっちゃうのを防いでるんだ〜って言ってた」


その言葉の通り、お菓子や袋詰めのパンを入れておくカゴの中は大抵ヒュプノスが買ってきたであろうグミで占領されている。少し前にはラムネなんかも買っていて、なにかしらの作業漬けの時にその袋達がカゴからごっそり消えていたこともあった。


わたしは、む、と眉間に皺を寄せながら突発的な思いつきについてオネイロスに話す。

「…いつもとは反対に、わたしが睡魔さんにお菓子を買ったらあの人は喜んだりとかするんですかね、や、なんとなくですけど。」

「いつものお返し、って考え…素敵だね。シオンのそういう“なんとなく”、やさしいなぁって思う…」

「や、思いつきなので。本当にやるとは言ってないですよ。…でも、本当にどういうのだったら喜ぶんでしょうね…。一周回って知育菓子とか…?」


その言葉にオネイロスがぱちりと目を瞬かせてから口を開く。

「…知育菓子。お水を入れた粉を混ぜたらふわふわのお菓子になったりするやつだ。あれ、色合いがかわいいから気になってた。ヒュプノスにも食べさせたいけど、おれも食べたいから、…今度薬局とかでいっぱい知育菓子買おうよ。ね、約束。」

 

オネイロスのきらきら輝く瞳を見て、こちらの眼尻が下がるのがわかった。

「買い物カゴの中が知育菓子だけで埋まるの、子どもの夢って感じがしますね。いいですよ、やりましょう。どうせならいろんな種類を買ってもいいですよね」

「夢、ね。…ふふ。そうだね、おとなになってから子供の時にできなかったことをいーっぱいすると、自分のなかにいるちっちゃい自分が嬉しそうにするのが好きだから。シオンもいっぱい食べて」

「や、わたしのことは…。…いいえ、なんでもないです。ありがとうございます、夢境さん」

ふにゃりとした笑顔を作ったオネイロスの方を見やって、わたしもまた似たような顔で笑うのだった。

 


…その数日後にわたしとオネイロスで知育菓子を買いに行った。いつも家での買い出し担当がわたしと彼なので、オネイロスはいつものようにわたしの後ろをついて行って、その長身を屈めてお菓子コーナーを覗いていた。

 

わたしはというと、…幾分か彼より小さな身体をしているので「これ、良さそうだよ」とオネイロスから言われた知育菓子を掴んで買い物カゴに入れる役をした。結構買えたと思う。


一度、親族でもない自分に対してそんなに何か与えたり構ってくるのかヒュプノスに訊いたことがあったのをセルフレジの会計中に思い出していた。

あのときはなんというか…ヒュプノスから自分の方に向けられた感情というものに疎く、訊かれた方の彼が若干呆れていたような気がする。

 

お前ってとっくにボクの身内だろ、とか。なんでそんなに理由とか求めんの、とか。そういういつもより少しだけ不機嫌そうな表情から発せられる言葉たちの中に、こんな言葉があった。


「お前の中身がボクの買ったものとか作ってやったもので満たされると安心すんの、それだけ〜」


それはヒュプノスが自分の存在の証明を他者という存在の器を借りて行っているのか、はたまた他者を満たす事に対して満足感を得ているのか。おそらく両方だ。でも、わたしは。


「それって、所謂独占欲というやつでは…?」

この一言を彼に対して言わなかっただけ自分を偉いと思う、のだ。



家に帰ると、本当に誰もいなかった。いや、気配はするがこの場には居ないというか。おそらく別のことをしていてリビングに居ない。

 

「只今帰りました。さて、手洗いうがいを…」

「ただいま〜…。もうおやつの時間だね〜…」


その言葉通り、手洗いとうがいを済ませてから…ヒュプノスが配信をする時のために空けられている2階の部屋の前にそっと立つ。…会話は、おそらくしていない。


まずノックを3回。入っていいよ、という彼の声。

今朝以来やっと顔を合わせたヒュプノスは、また何か作っていた。

 

「わ、オネイロスじゃ〜ん。…あれ、ちびっこもいんの?珍しいね、自分からこっちの部屋に来るなんてさ〜」

「にいちゃん、お疲れ様〜…。この前のにいちゃんがおれの眷属にくれた服、ほんとにかわいくてよかった。ありがとう〜。…あ、それとね」


シオンがヒュプノスに渡したいものがあるって。


思わず、…夢境さん!と思った。そうなのだ、こちらの逃げ道を無意識的になくしてくるのだ、彼は。散々心配された、全員で雑魚寝をしたときもそうだった。…腹を括るしかなさそうだ。


ヒュプノスが首を少し傾けるのと同時にその薄い金色をした三つ編みが垂れる。

「ん〜?…渡したいもの?なんだろ」

 

「……睡魔さんが、あんまりこういうタイプのお菓子食べてるの見たことないなって思って買いました。…受け取るがいいです」

「どこから目線なんだよそれ〜。いいや、開けるよ。…、知育菓子?なんかやたら種類多くない?え〜、メロンソーダとかあるんだ、かわい。え、なんでこのタイミングでボクにくれたの、これ」


――ものを渡したあと…少なくとも、嫌だとは思ってなさそうなその様子に内心で胸を撫で下ろす。


「…シオンはね、にいちゃんにいつも貰ってる分のお返しがしたかったんだって。それはおれもそうだから、これはふたりでにいちゃんに渡すプレゼントってこと〜…。よかったら一緒に食べよ」

「夢境さん。間違ってないですけど、夢境さん。みなまで言うことないんですよ」


ヒュプノスに穏やかに説明するオネイロスとそれにやや動揺するわたしを見て、ヒュプノスは少し目線を彷徨わせて黙ったあとに…こちらをオネイロス諸共、軽く抱きしめてきた。


「…なぁに〜?そんなに二人ともボクのこと好きなの?あー、かわいい。ね、これは嬉しい?ボクはお前らとくっつけて嬉しいけどさ…いやじゃない?苦しくない?いい子だね〜、ちびっこ達…」


…ヒュプノスがこちらに対していつもよりかなり素直に好意を伝えてくるのは、多分彼と一番付き合いの長い、仲のいい兄弟であるオネイロスが間にいるためなのだが。


普段よりかなり距離が近い。

ヒュプノスから蜂蜜のような甘い匂いがふわりと漂ってくるのがわかるくらい、距離が近い。


「…なんか、こんなに睡魔さんのリミッター外すようなことしたんですか、我々」

「ん〜?どっかのねんねちゃんが、…いつもありがとう睡魔さん♡って言ったからこっちこそありがとね〜ってしてるだけだけど?ほ〜ら、照れんなよ。こっちおいで」

「昔一緒に寝てたときもそうだったけど、にいちゃんとくっついてるとあったかいね…。ふふ。そのまま寝ちゃいそう、ふぁ…。」

「待ってくださいよ夢境さん、今置いていかれたらこの状態の睡魔さんとふたりにさせられるのでもうちょっと頑張ってくださいってば」


その後も、いつもより優しいのか接しづらいのか分からないヒュプノスに絡まれながら過ごした。


「……見返りなんか求めてないけどさぁ、やっぱ返ってくると嬉しくなっちゃうよね」


ボクがそんな独り言を言っていたのは誰にも聞かせてない。これは、日常のそんな一幕。

 


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