終章-御影堂紫苑という少女、その家族について-

「…、できた。ここに遺骨を仕舞うんですね」

「そうそう〜。あとは遺品なんか入れちゃってもいい。ちゃんとしたのがあるならだけどね。」

  

レーテーを鎮めた後は、御影堂邸の庭に御影堂家の名が刻まれた墓石を建てた。

 

本当だったら、多分バチバチに葬儀関係の方々に怒られる。でも、そこは神様の力である程度融通を利かせてどうにかしてもらえる、と楽観視している。


遺品。そういえば、両親が住んでいた家は、わたしが昔住んでいた家は、どうなっているだろう。


…確か、記憶違いでなければ、いつもの習慣でそのまま玄関のドアに鍵をかけてから薬師の運転する車に乗り込んだはずだ。


「遺品…………。まだ昔の家にあるのでは…?」

「…え、そうなんだ。シオンの大切なら、おれも一緒に探してあげたいよ。にいちゃんたちだって、そうでしょ。一緒に探そうよ」


……そこからは、なんだかいつもの空間転移とかを駆使して、昔のわたしの家に辿り着いた。そうして、部屋の中に入ると――


「…お母さんのハンカチとか、オルゴールとか、お父さんの懐中時計とか…や、これ、遺品というにはありすぎるのでは。エコバッグ要りますって。遺品整理って概念、やっとわかったかも」

「…嬉しそうだな、小娘。」


カーテンが閉められていてもじわりと陽の光が滲む室内には、沢山の本と生活の跡があった。


ここで、あの人達は暮らしてたんだなぁ。

そう思うとちょっと泣きそうで、…なんならここから帰りたくなくなってしまいそうで。


「帰りたく、ないなぁ……。」


その様子を見ていた神格達が口々に云う。


「ん、今度はこっちに住みたいの?ここの水道代光熱費電気代、お前一人じゃ払えないでしょ〜。ブラックカード持ちのヒュプノスお兄様が一緒にいてあげようか?ま、定期的に実家に帰るターンもあるんだけど〜。」

「…ここのおうちがいいんだ。日がよく当たるいいところだよね。でも、ひとりだと、生活が自堕落になっちゃうかも、だよね。にいちゃんと一緒におまえの眠りを見ててあげるからまたいっしょにいよ、シオン。」

「…この家という場所があっても尚、お前に身寄りがないのなら。私はお前を庇護したいと思っているよ。お前はひとりで立てるだけの強さはあるから、…これは私の我儘だな」


「えっ何ですか、全員で住もうとしてます?お家を建ててくれたお父さんお母さんに謝れって感じですけど、御影堂邸よりめちゃくちゃ狭いじゃないですかここ。そんな環境で皆さん、平気なんですか」


というか、そもそも。

災厄レーテーさんを鎮めたらもうわたしって用済みみたいな話じゃないんですね?」


その言葉の後に…しん、という沈黙。

あ、これはまた返答をミスったやつだ。



タナトスが顔を片手で覆いながら嘆く。  

「お前は、お前は本当に……最後の最後で…」


ヒュプノスがけらけらと笑う。

「いや〜こんなに深入りさせといてさぁ、はいさよならとか有り得ねーから!お前はずっとボク達といるんだよ、ガキ♡…覚悟しとけよ、マジで。逃げようとしたら冥界に連れてくから」


オネイロスがこちらの袖を掴んで話す。

「シオンのそういう自分に優しくできないところ、おれたちが直してあげないといけないね、ふふ。だいじょうぶ、おれたちは神様だもの。すこしくらい人間にかまけてたってちゃんとお仕事はできるもん、だから――」



「これからも一緒に過ごそ、ね。」

「……ひぇ。」


……外から見てもとんでもない家庭環境の少女になってしまったかもしれない。父親にしては若いくらいの男性が二人、自分より一回り年の差がある男性が一人。


…ここにせめてもう一人女性が居ればまだどうにかなったのでは?と思いレーテーの顔が浮かびかけるのを慌てて頭を振って消す。


まあ、人間の揺りかごから墓場まで、って…神様にとっては短いだろうし。わたしが尊厳ある死を迎えられる条件として、気心の知れた死神もいるし。


「…いいか。わたしが死ぬまでなんて短いし。」


――世界を救った勇者は、戦いで喪ったひともいなくなったお姫様も、過去の人達のことは誰も助けられなかったけど。

繋がったいのち達から、生きてと望まれた。


だから、前を向いて生きてていいって。


「そう、思えたんですよ。」



――あのプリクラで撮った遺影の出番は、きっとまだまだ先だった。



それが、とても嬉しかった。

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