祠を壊さないと出られない部屋

カタクチザリガニ

本文

「気が付いたら密室な訳だが」

「はい」

「これを読んだ?」

「『祠を壊さないと出られない部屋』ですね」

「これは本当だと思うか?」

「まずそこの扉を含めて室内を調べてからじゃないですか?」

「それもそうだ。じゃあ手分けしてやろうか」

「じゃあ私は窓側やります」

「分かった」



「これで一通り探索出来たか?」

「そうですね。見落としは無いかと」

「で、祠は見つかったか?」

「多分これじゃないかと」

「これって、冷蔵庫?」

「はい」

「根拠は?」

「他にそれっぽい物が無いからです」

「言いたい事は分かるが、中も確認したよな?」

「当面の食料らしきものが入ってましたね」

「これを壊すのか?」

「他に思いつかないので」

「壊すのが難しいし、もし違った場合、食料を失う事になるが?」

「どこかに避けて置けば良くないですか?」

「冷蔵庫以上に保存に適した物が室内に見当たらない」

「常温でも意外と行けますよ」

「失敗した時の方が怖い。まずは他の可能性を先に検討しよう」

「当てがあるんですか?」

「それを検討するために、お互いに調べたものを発表しよう」

「じゃあ私から。二重ガラスの窓、ベッド二つ、サイドテーブルと照明、クローゼットの中に旅館で見るサイズの金庫、位ですかね」

「僕の方は玄関扉、靴箱、冷蔵庫と二つ口のコンロ付きキッチン、ユニットバス、テレビボードの上に42インチ?の液晶テレビ、で抜けは無いはず」

「一つ気になるんですが」

「何だ?」

「どこで歯を磨けばいいんですか?」

「キッチンじゃないか?」

「キッチンに歯ブラシが置いてあるんですか?」

「シンクの下まで見たが、無かったな」

「つまり、歯磨きは出来ないと」

「それはいいんじゃないか?」

「いえ、つまり本来この部屋内のみで長期滞在は想定されてないんじゃないかと」

「なるほど」

「私よく知らないんですけど、どういう想定なんですかね?」

「僕の経験からだと、あまり高級ではないホテルか旅館の一部で、こんな部屋があったかも知れない」

「それでも、アミューズ位は置きません?」

「すまない、訂正する。かなりリーズナブル、だ」

「要は安宿ですか」

「民宿に分類しそうでしない、位だな」

「それにしてはベッドが二つ置けるとか、室内にキッチンかあるって、かなり特殊ですよね」

「僕も直接知っている訳じゃなくて、経験からの類推だ」

「ここまでで分かる事は、安宿の一室に閉じ込められた、と」

「そうなるな」

「なら簡単ですね」

「そうなのか?」

「安宿の扉が丈夫な訳がないでしょう」

「それもそうか」

「扉に体当たりをお願いします」

「…僕がやるのか?」

「男性の方が力が強いでしょう」

「まあ、道理か」



「開きませんでしたね」

「安っぽい見た目なのにな」

「窓も駄目でしたね」

「どう見ても階数が高過ぎだからな」

「となると、祠の特定からですか」

「だが、手掛かりが無いな」

「そういえば、電気ガス水道は繋がってますよね?」

「そこは確認した」

「支払いはどうなってるんでしょう?」

「口座かコンビニか知らないが、振込じゃないか?」

「つまり、住所に振込用紙が届くなり、口座なりがあると」

「それが?」

「祠は一般に神様や祖先のお社です。これらは土地に所縁がある事が考えられます」

「つまり、住所なり何なりから、何が祀られているかを知ろうと?」

「祀られる者により、祠の場所を類推出来ないかと」

「調査手段があって、広めの場所からなら良いかもな」

「広めの場所ですか?」

「山の上や水の近くなど、条件が分けられる必要がある」

「一部屋の中では条件分けが出来ないと」

「そうなる」

「高い所とか、水回りとか」

「どのみち調べようがない」

「残念」



「ここは発想を変えてみよう」

「発想ですか?」

「祠は神の社、家だ」

「はい」

「日本では八百万やおよろずに神が宿るとされる」

「そうですね」

「つまり、さまざまな物が置かれているこの部屋も、ある意味祠と言っても良いのではないだろうか?」

「それ付喪神つくもがみの事ですか?」

「いや、自然信仰の派生だと思う」

「いまいち納得いかないですね」

「祠が見つからないのだから、仮定だ」

「そうですか」

「この部屋が祠だとするなら、あとは破壊だ」

「暴れるんですか?」

「いや、危ないだろう。ところで古代日本、とりわけ平安時代についての知識は?」

「学校で習った位ですかね」

「帝や平安貴族については?」

「正直うろ覚えです」

「平安貴族達は京の都に住み、帝に仕えた」

「それぐらいは覚えてます」

「貴族達はそれぞれに交流を持ち、その人脈が出世に大きく関わったという」

「コネが大事なんですね」

「貴族達は頻繁に交流を求めて都を行き来したという」

「陽キャなんですね」

「また、当時の政治は陰陽道と呼ばれる、占いの一種が重要視された」

「さすが古代ですね」

「星の運行もだが、方角や道筋も重要視された」

「風水みたいですね」

「そうした中で、割と頻繁に行われたとされる物に、方違えという物がある」

「方違え、ですか」

「これから行く先や道中、自宅などで穢れ《けがれ》があると良くないとされ、行く道筋から、時には日取りまで変更されたという」

「かなり大げさですね」

「それだけ高貴な者に対して悪い影響があると信じられたのだろう」

「相当なことなんですね」

「さて、我々はこの部屋を祠と定め、壊さなければならない」

「そうでした」

「神や祖先は間違いなく高貴と言えるだろう」

「偉いですもんね」

「つまり、この部屋で穢れが起きれば、神に対して悪い影響を与えられる、その度合いによって住めない程であれば破壊になるのではないか!」

「穢れとかあまり良い響きじゃなくて嫌なんですが」

「部屋を出るためだ」

「背に腹は変えられませんか。それで穢れって具体的には?」

「死体、腐敗したもの、血だな」

「全部嫌過ぎます!」

「まあ待て、ひとつだけ比較的穏やかな物がある」

「本当ですか?」

「ああ、陰の者、つまり女性の血は殊更嫌われた」

「私に血を流せと!?」

「穏やかと言っただろう、落ち着け。女性に付きものの血が出る現象が、約一カ月に一度あるだろう?」

「まさか…」

「君の生『ボグァ!!』ガチャ

「あ、開いたみたいです。推理が当たったんですね。良かった」


END

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祠を壊さないと出られない部屋 カタクチザリガニ @katakuchi

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