エピローグ

 鍾乳洞で討伐された白化雨龍の死骸は王国の研究機関が総出で検査、分析されることになった。

 まだ幼龍がどこかに潜んでいるかもしれないと、王国騎士団はもちろん、冒険者にも緊急の依頼が出されている。現在の王国はどの街道も武装した人間ばかりで、治安が逆に向上する皮肉な結果になっていた。


 セラは国家錬金術師ギルド本部、開発部長のカマナックに呼び出されて部長室にいた。


「いきなりの呼び出し理由はなんでしょうか?」


 原因を討伐したとはいえ、白化雨の影響はまだ残っている。白化した農作物の被害が特に顕著で、食糧危機の可能性も囁かれているほどだ。もしもまた、白化雨が降り出そうものなら食糧危機は決定的。

 だからこそ、セラは白化雨を受けた農作物を回復させるポーションの研究を始めていた。


「早く戻って実験したいんですが?」


 臓器治癒ポーションで失明から回復しつつあるカマナックはセラに急かされてため息をつく。


「新しい部署が設置されることになった」

「あぁ、なるほど。また左遷ですか。実験の後でいいですか?」

「なんか、耐性ができてないかね?」


 左遷を嘆くわけでも嫌がるわけでもないセラの反応にカマナックは困惑する。

 セラは肩をすくめた。


「今回の一件で報奨金をもらいましたから、いざとなれば研究所を設立してギルド本部を辞そうかと」

「待ってくれ。最後まで話を聞いてくれ。いまセラさんに退職されると死人が出る。主に過労で」


 セラの研究とは別に、国家錬金術師ギルド本部では国からの要請で様々なポーションの研究開発が進められている。


 特に、ヤニクのコロ海藻を食べ尽くしたパラジアのように白化雨の影響で生態系に狂いが生じているため、様々な代替ポーションの開発が急務となっていた。

 広範な知識と実績を持つセラの元にも次々に代替ポーションの開発依頼や意見を求める声が押し寄せているが、早ければ即日、遅くても一週間で答えを出してくれるセラは本部の救世主だ。


 いまは白化雨の研究でカマナックのように障害を患った国家錬金術師も多く、一線級のセラに退職されると本部は機能不全を起こす。

 カマナックはテーブルの上に紙束を置いた。


「国は白化雨対策部の設置を決定した。今後、代替ポーションの開発も含めて白化雨対策部が行うことになる。事務方も国が派遣してくれるそうだ。錬金術師はどうにもならないが、雑務からは解放される」


 カマナックが置いた紙束を手に取り、セラはぺらぺらとめくる。

 国家錬金術師ギルド本部とは別に、元は貴族の邸宅だったものを改装して新たな部署を作る計画らしい。国からの予算も多く、白化雨対策に本腰を入れるつもりだと分かる。


「今まで通りに本部でやればいいのでは?」

「白化雨の影響で国の予算がカツカツらしくてね。使途の明確化が必要だから、部署を分けてしまうらしい」


 白化雨関連予算として分けることで通常業務の予算と混ざらないようにするのだろう。白化雨関連と銘打てば予算をいくらでも引っ張ってこれる状況なのもあって、国の財政部門が動いたと言ったところか。


「それで、私に何の関係が?」

「対策部長に就任してもらう。おめでとう。出世だよ」

「退職届を書いても?」

「まぁ、待ってくれ」


 新しくできた部署。それも白化雨対策が終わったら閉鎖が確定している部署の部長になっても出世とはいえない。そもそも、部長なんてしていたら研究の時間が取れない。

 こんなもの、左遷と大して変わらない。

 カマナックも同意見なのか、渋い顔をして説明する。


「白化雨龍討伐に参加した唯一の錬金術師で実力も申し分ない。なにより、この件は冒険者ギルドとの連携もあってね」

「冒険者ギルドですか?」


 国による事業のはずで、民間団体かつ国と仲が悪い冒険者ギルドとの連携は考えにくい。

 だが、白化雨での生態系の狂いにより冒険者たちも白化した魔物の対応に追われており、国との連携が必須だと結論が出たらしい。

 カマナックはセラを見る。


「国側の人間で冒険者ギルドと仲介ができるのはセラさんを置いて他にいない。予算もかなりの額が出る。なんとか引き受けてくれないかね?」


 ぺらぺらと紙束をめくっていたセラは最後に冒険者ギルド側の白化雨対策部の部長名を見る。

 そこにはイルルの名があった。


「イルルさんも左遷されてる……」


 休暇を取ると息巻いていたが、各地の白化魔物の討伐の詳細を知っていることもあって抜擢されてしまったのだろう。

 左遷仲間がかわいそうなので、セラは引き受けることにした。


「しばらくは白化雨関連の研究をするつもりでしたし、予算が出るならいいでしょう」

「ありがとう。本当に助かるよ。上にはきちんと文句を言っておく。それから……」


 まだ何かあるのかとカマナックを見ると、外から声が聞こえてきた。


「セラさーん! 早く来てー」


 イルルの声だ。

 カマナックに断りを入れて、セラは窓に歩み寄る。

 開発部の建物の庭にイルル、アウリオ、オースタが立っている。

 カマナックは眩しそうに窓を見て、説明した。


「対策部だからね。現地視察も必要だろう。護衛役に王国騎士団第三部隊と冒険者もついてくるそうだ」

「……やっぱり左遷じゃないですか」


 セラは笑って、窓の外の三人に声をかける。


「すぐに準備をしますので、しばらくお待ちください」


 部長室を出て自身の研究室に向かいながら、セラは足取り軽く呟いた。


「まぁ、左遷も案外、悪いことばかりではありませんからね」

 どうせなら楽しく、あちこちの薬草でもつまみ食いしてみようとセラは笑った。



――――――――――――――――

これにて完結です。

最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。

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左遷の錬金術師の解決薬 氷純 @hisumi

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