デートいや遊びに行きませんか?

 帰りにエピパンに寄ると海老沼さんはいなかった。


「お、おかえり。弟くん」


「海老沼さんは」


「優秀だから必修だけなの」


「そうなんすか」


「でも今日はゼミの子たちとオール」

 嫌な予感、が表に出てしまった。


「手を繋いだり」

 そうしてきた佐原さんを突き放した。


「僕はそういうのは」


「言えば、今度デートに行きませんかって」


「デートっていうか遊びに行くみたいな」


「それでいいじゃん、遊びに誘いなよ。ゆうが考えるでしょう」


 毎日通って、毎日顔を見るのに遊びに行きませんかの一言が出ない。

 いつもおはようございますとか、涼しくも無いのに今日は涼しいですね。

 これだけでもかなり進歩だ。

 体育会部活をしていないからジャージはいらない。

 消耗品も近所の文具店で事足りる。

 ケーキを食べる。正面に座ったら顔を上げることが出来ないだろう。

 今日こそはと思って文芸部の活動の朝に声をかけた。



「海老沼さん」

 開店準備をしていた海老沼さんを捕まえた。土曜日は開店が遅いのだ。


「何? おはよう。表情が固いね」


「その俺とデートに行ってください」

 デート……。デート! 何言ってんだ僕、好意を伝えて、いやまだそういうのではない。デートどうやって取り繕う。


「どこに行く?」

 思った以上に話が進み拍子抜けした。佐原さんの「ゆうが考える」の割にはプランはこちら任せだった。ただ同じ視点で考えてくれるのはますますデートいや遊びに行くのに期待値は高い。


「その駅前のソルフェージュって喫茶店が気になっていて」


「パンも出しているよね。いいね。他は」


「ロフトとか無印見たいです」


「分かった。夜はどうする」


「夜は条例が」

 確かにと言って、僕の背中を叩いて笑った。背中がじんわり温くなった。



 来週の一週間は都合が悪いので次の日になった。ソルフェージュは美味しくて自然に笑えたと思う。

 ソルフェージュを出たあとロフトに向かうのに探り探り左指が空を切る。ほんの数ミリの世界があまりに遠かった。事故でも起きて海老沼さんは僕を抱きしめてくれないか。



「どうした? 緊張している?」


「そんなことないですよ」


「おしっこ日本地図」


「それは言わないでください」


「庭干しで近所で評判に」


「やめてください」

 そういうと海老沼さんはクスクス笑った。


「よかった。いつも通りのユウジで、どうした?」


「ちょっと足がつって」


「手を貸そうか?」


「はい」



 神様僕は嘘をつきました。

 足をつってません。ただ海老沼さんの手を触りたかっただけなんです。


 その罪を償えというなら償います。ごつごつした骨太の手だった。不意に近づいた唇に思わず目を閉じた。後悔したのは目を閉じてからだった。



「そんなに痛かったのか。休憩しよう」

 海老沼さんは靴下を脱がそうとした。


「もう痛くないので」


「そう」

 学校の事を話すべきか、最近の世間話。どうしよう。ソワソワして何を言えばいいのか分からない。



「今日、ユウジ。おかしいよな」


「え、どこが」


「いつもは粗暴に海老沼さんって呼ぶのに、今は遠慮している」


「それは」


「佐原は抱きしめると世界が変わるというが何なのかよく分からない。でもそれで緊張がほぐれるなら」


「ダメです」


「男同士だぜ。何も無いし」

 何も無いか。

 遊びに行くのは同性だから、手は繋がないし、抱きしめたり、体を触ることも無い。



 分かっていたけど、苦しい。



「僕、ちょっと体調が悪いので帰ります」


「待てよ。薬なら持っているぞ」


「ソルフェージュごちそうさまでした」

 僕は勝手だ。期待して叶わなかったら途中で帰って結局逃げて、エピパンに行くこともしばらくはないし、これからもずっと海老沼さんなんだ。





「さすがに高校生は手を出せない。どうしようかね」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

胸からしたたる一滴を ハナビシトモエ @sikasann

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ