久遠の命と不変の肉体を
のーと
宝石の淀み
彼女は─少なくとも人畜生どもにとって─大変強大なものであった。が、その精神性はほとんどただの少女であった。自由であると同時に無責任であった。
彼女は自分が魔女になった過程を覚えていない。ただの少女にそのような覚悟は通常認められて良いはずがないのだ。まあ、みんながやっていたらやるんだろうから、夢見心地で、気がついたらここにいたなどと被害者ズラで吐くのかもしれない。
大人たちにとって有用な力を秘めた彼女は、自由を奪われるまでに3年の猶予が与えられた。
少女は、正直自分の置かれた状況をよく理解していなかったので悲観も達観もせずに、人間がまるで死から目を逸らすかのように、自分を自分でないとして傍観していた。
そんな束の間の自由を何かに追われるように生き急ぎ、消化しようとする彼女は、今日も彼に逢いに行った。
大きな自動ドアの正面玄関から入り、エレベーターに乗って、カードキーがなければ入れない病棟内に、慣れた手つきで侵入し、ある部屋の前でぴたりと立ち止まる。部屋と廊下の境界を犯すことだけは几帳面に避けて、横たわる彼をじっと見つめることが、ここ2ヶ月くらいの彼女の習慣であった。
彼はほとんどベットの上から動かない。彼を訪れる者もない。彼にあるのは独りで過ごすには広すぎる個人用の病室と、不気味な程に綺麗なベッドだけ。あとは絶世の美少年であるというのもひとつの所有なのかもしれない。少なくとも少女はその財産に恋した。
3ヶ月目にやと、魔女は服屋に行って、払わなくとも咎められない金を払って、しかもわざわざ吟味して、自分を飾り立てた。そしていざいざ彼を訪れた。
設定は、同級生。彼女は少女漫画が好きだった。
2ヶ月以上自分を足止めした境界を越えようと右足を踏み出した時、身体中を走る血が、ひとつの塊となって、どこどこと彼女の中で躍動した。普通の緊張では無い。それももちろんあるが、彼と目が合ったので、彼女にとって平静を保つことはその瞬間間違いなく不可能であった。
「……こんにちは。」
魔女には挨拶が分からなかった。「元気? 」は少なくとも違うと思った。
「来てくれたんだ。」
少年は微笑んだ。彫刻のように整然としている。
「こんどさ……もし良かったら一緒にどこか行かない?」
窓が空いていない部屋に風が吹いた、気がした。月並みな表現になるが柔らかく色の薄い彼の髪が舞って、一緒にさらわれて言ってしまうかと思った。一応少女の名誉を想って補足しておくと、この誘いは、あなたの未来について有り得ざる希望の話をしようという提案でもちろん本気では無い。
「うん。君ならきっと、そんなことも出来てしまうね。」
彼は全く様子を変えずに、表情を崩さずにそう少女に突きつけた。少女の背中にはゾゾゾ!と悪寒が走った。
「僕は君の同級生じゃない。だから、行ってもいいよ。」
「あ!!」
少女は思わず感嘆した。魔女の喜悦を知った。少女が彼に随分前からかけてみていた、誤解を恐れずに言えば不老不死に人間を導くような魔法を、少年は今、受け入れたのである。
少年もまた、美しいだけでその精神性は魔性の女に恐怖しつつも魅入られてしまう思春期にありがちな脆い宝石であったのだ。
箒に相乗りして、沢山飛び回った。海を渡ることは許されなかったが、それでも十二分に楽しむことができた。何せ彼らには元々時間がなかったのだから。
彼らが踏破した地はあっという間に荒廃した。
その違和感に気づくのに、そう時間はかからなかった。これは彼が生き残るのを決めた辺りから、避けることはできない運命であったので、元々時間なぞはないも同然であった。
端的に言えば、彼は感染源だった。
脳を食い破るウィルスの感染源は、死ぬべきだった。彼女は生かし、彼は受け入れた。少年少女は過ちた。
一夜越えたと思ったが、よくよく考えてみれば宇宙にそもそも朝はない。終わらない夜はない、なんて、嘘だ。と引き離された彼らはそれぞれ宣ったらしい。
久遠の命と不変の肉体を のーと @rakutya
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
近況ノート
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます